変わらないもの
見上げればそこには黒鉄の巨城。
帝国の栄光の象徴、皇帝のおわすヴァルケンシオンスだ。
超広大な敷地にあるこの城は途中を何重もの堅牢な城壁に囲まれており、最初の城門を潜ってから城に到達するまでには手続きの時間を含めスムーズにいっても半日は掛かると言われている。
その城の前に今、ゼクロアが立っている。
金色の長い髪の無数の尖った跳ねを風になびかせているアルマギアスの制服姿の彼女。
聳え立つ黒き城を前にして口を尖らせている狂える女神はどこか浮かない顔つきだ。
「……飛んでこれないってのは本当に面倒くさいな。空からならあっという間なのにな」
呟いたところで軍用ブーツの足音が近付いてくる。
第Ⅴ軍所属の帝国軍人である。
「お待たせしました。将軍閣下がお会いになられます……こちらへ」
「ハイよ。どーもな……」
鷹揚に肯いて帝国兵の後に付いていくゼクロアであった。
……………。
ラボの中は相変わらず足の踏み場もない有様だ。
一応は靴底を床に付けておくのが礼儀かとは思っていたゼクロアであるが、早々にそれは諦めて浮かび上がることにする。
「やあゼクロア君。久しぶりだね。壮健そうで何よりだ」
「ゼクロア! ゼクロア!!」
来客をデスクの椅子に座って出迎える七響天。
ギアの言葉に反応するかのようにマックスウェルも羽ばたいている。
「随分とすんなり会えるんだな。七響天ってのは」
会いたいと希望してやってきたゼクロアであるがこんなにもあっさり会えるとは思っていなかった。
とりあえず今日のところは門前払いだろうなと思っていたのに。
「通常なら現在の私への面会は半月待ちだよ。私が必要を感じない相手になると更に後回しになる。そもそもが私は気難しい七響天として有名なんだ。今日キミがここへあっさり入れたのは、私がそのように予め部下に申し付けてあったからだよ。キミが来るだろうから、すぐここへ通すようにとね」
「……あたしが来ることがわかっていた?」
眉を顰めるゼクロア。
彼女は誰にも言わずにいきなりやってきたのだ。
ちなみに今日は平日でありレンヤは今は授業を受けている真っ最中である。
何故ギアは自分がやってくる事を予見していたのだ……?
「天才を甘く見てはいけないな。キミが来るであろうこともその要件もとっくに私にはお見通しだ。ほら、というワケでもう準備してある。受け取りたまえ」
結構厚みのある大判の茶封筒を取り出しゼクロアに手渡すギア。
「ダーリ……おほん、レンヤからうちのお爺ちゃんとラーメンを食べに行った時の話を聞かされたキミは私に頭を下げれば自分も帝国民の資格を得られるのかと、それを聞きにきたのだろう。答えはイエスだ。そしてそれが必要書類。ユリアーシア君の分もあるから帰って二人で記入したまえ。提出は街の役場のどこでも構わないが召喚主の同行が必要なのでレンヤと一緒に行きたまえよ」
「……こうまで至れり尽くせりだとちょっと怖くなってくるな。どうしてお前はあたしにここまでしてくれるんだよ?」
言葉の通りに疑念のこもった視線をギアに向けるゼクロア。
識天は涼し気に笑ってそれを受け流す。
「正直なところ、キミの事は特にどうとも思っていないよ。レンヤの召神としかね……。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、私はレンヤの面倒を見ていて保護者を自任している。私がキミにこうする理由はそれでレンヤが喜ぶであろうと推測できるからだ。キミが恩を感じるのも感じないのもキミの自由。好きに受け取ってくれたまえ」
あくまでも絶対的強者の立ち位置から話をするギア。
(……なーんて、本当はダーリンの恋人位階最上位のキミには土下座してでも取り入っておきたい所だがねぇ。しかし私の分析ではキミは自分に対して遜ってくる相手には好感を持たないはず! あくまでも対等か上にいる者として接させてもらおう!!)
その立ち振る舞いは計算されつくされた上でのものであった。
ふふ、と自分を見ながら余裕の笑みを浮かべているギアに複雑そうな視線を向けていたゼクロアだったが……。
「してもらいっぱなしっていうのは落ち着かない。これは借りだ。いずれ返す」
「ご随意に。……またいつでもおいで。歓迎しよう」
こうして、とりあえずギアは最後まで強者としての面目を保つことに成功しゼクロアから一定の感謝を引き出したのであった。
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帝国国民資格取得の申請書類を持ち帰ったゼクロアはレンヤの帰りを待ってその記入に取り掛かった。
書類には召喚主であるレンヤの事柄について記入しなければならない部分も多いのだ。
「うおおおお細けえな!! こんな事まで聞かれるのか!!」
がしがしと乱暴に頭を掻きつつ書類の記入を手伝うレンヤ。
ダイニングのテーブルで書類を記入している二人。
自分自身でもパッと出てこない項目が多いというのにゼクロアはその欄を迷いなく埋めていく。
レンヤと共有している記憶から覚えていたのだろうが改めて彼女の能力の高さを思い知らされる。
「しかしゼクさんがそんなに国民資格取りたかったなんてなぁ。ウィルさんみたいに自分の家でも欲しくなったんか?」
「バッカ!! そうじゃないだろ……!!」
世間話のつもりだったのだが急にキレられてレンヤはビビって仰け反った。
しかし……怒ったゼクロアも即座に自分の中にある感情を言葉にすることができない。
戸惑いながらも彼女は自分の中に浮かんだ気持ちをどうにか手繰り寄せる。
恐らく……自分はレンヤと「同じ」に、対等の立場になりたかったのだ。
召喚主と召神という使役するものされるものではなく。
「あ、あたしは……」
「うんうん」
腕組みをしたレンヤが「聞くぜ」みたいな体勢になっているが……。
「あたしは、その、だな……」
「うんうん……?」
何だか……段々腹が立ってきたゼクロアだ。
(コイツはあたしに何を言わせようとしてるんだよ。そんなものは察しろよ!! 大体がもうここまでで散々言葉にも態度にもしてきてるだろ!! ……なんか、思い出してきたぞ。ギアのこの世の終わりみたいな攻撃食らってる最中にあたしはあそこまで言ったのに。コイツは全部終わったら何もなかったみたいにしれっとしやがって……)
考えれば考えるほど沸々と怒りは湧き上がってくる。
「ちょっと来い」
急にゼクロアが立ち上がった。
なんだか金色の女神は目が据わっている。
「……おぉっ?」
何だなんだとレンヤは彼女に付いていく。
「お前ちょっとここ座れ」
ベッドを指差した彼女にそう言われたので、どっこいせと素直にレンヤは縁に腰を下ろした。
「つまりお前はまだわかってないって事だよな。それならあたしもとことん行くから覚悟しろよ」
低い声でそう言うとゼクロアはレンヤのネクタイをグイッと引っ張っる。
必然的に大きく彼女に向って引き寄せられたレンヤ。
一たまりもなく衝突したのは……お互いの唇同士だった。
「んムッッッ!!!??」
突然のことに口を塞がれたレンヤが目を見開いている。
「ぷはっ……見ろ、鼻血が出てないだろ。あたしだって失敗からちゃんと学んでるんだよ」
ぶつぶつ言いながらゼクロアがレンヤの制服に手を掛ける。
「うおッ、ちょっと……」
「動くなっての! おらッ!!」
真上に引っこ抜くようにして制服を引っぺがすゼクロア。
勢い余って千切れたボタンがパッと周囲にばら撒かれる。
「どわッッ!! ボタン飛んだぜ、ゼクさん……!!」
「そんな事今はどうだっていいだろ!! ボタンよりもっと取り返しのつかないもの飛ばすぞ!!」
彼女も興奮しているらしくなんだか恐ろしいことを言っている。
着ているものを剥かれて上半身裸体になってしまったレンヤ。
そこで一旦動きを止めたゼクロア。
二人が互いに乱れた呼吸で顔を見合わせている。
「……よし、次お前だ。こっち脱がせろ」
レンヤの手首を掴んでゼクロアが自分の胸元に引き寄せる。
「逃げるなよ。……最初っから最後までずーっとやられっぱなしでいいのか? レンヤくん」
揶揄うように言ってゼクロアがニヤリと笑った。
そして、レンヤは気付いた。
自分の手首を握っている彼女の手が僅かに震えているということに。
(ゼクさん……)
あの狂神が……金色の女神が震えている。
それで自分もようやく覚悟が決まった。
「よし、遠慮はしねえからな」
「それでいい。お前があたしに対してこれまで抱えてきたものを……あたしに対する気持ちを全部くれよ。受け止めてやる。こっちだって全部ぶつけてやるけどな」
制服のボタンに手を掛けられながらゼクロアがレンヤの首に両腕を回す。
そして、絡み合うように二人は一緒にベッドに倒れこんだ。
………………。
「…………………」
部屋の扉のノブに手を掛けた状態でユーリは固まってしまっている。
(これは……とてもじゃないが中に入れる状態ではないね……)
戦乙女はほろ苦く微笑する。
帰宅を諦めノブから手を離すと今来た廊下を引き返すユーリ。
「はぁ、やれやれ……私はどのくらい時間を潰してくればいいのかな」
肩を落とし嘆息交じりに呟くユーリであった。
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いつの間にか日は落ちていて。
明かりも付けない室内は今は窓から差し込む月光だけが光源で。
気怠い空気の漂う中、そこはまるで海の中のようだ。
あれから何時間も過ぎているのにほんの一瞬だったような。夢を見ているかのような不思議な心地で二人は横たわっている。
レンヤは全力疾走した後のように疲弊しきっていた。
何しろ二人で取っ組み合ったように上になったり下になったり。
格闘技を延々やっていたような感覚だ。
「なんか……」
仰向けに寝転がっているゼクロアが口を開いた。
一糸まとわぬ彼女の美しい肢体を青白い月光が照らし出している。
その内腿には確かに純潔の証が伝った跡があった。
「いざやってみたら、そんなに大騒ぎするようなものでもないな」
「いや大騒ぎするようなもんだろこりゃ。今俺の人生観はえらい事になっとるわ」
レンヤが万感の思いを込めて長く深い息を吐きだす。
「あたしに対する見方は何か変わったか?」
「いや変わらん。なんも変わらん」
そこは即答するレンヤ。
「こっちはずっと前から大好きが振り切れてる状態だからな。変わりようがねえわ」
「……ふふっ」
優しい目で笑ってからゼクロアが自分の右の前腕部を見てふと気が付く。
「あっ、歯形だ。ケダモノだなぁレンヤくんはよ~」
「いや……それ言ったら俺はどうなるんだよ……」
レンヤは全身爪痕と歯形だらけ。一部からは血が滲んでいる。
「しょうがないだろ。加減がよくわからなかったんだから……次は上手くやるよ」
わざと爪痕の一つをペチンと叩いたゼクロア。
傷みにレンヤが思いっきり顔を顰める。
「さーって、汗やら色々流してこようぜ。背中流してやるよ」
「お手柔らかに頼むぞオイ。セッケン染みて風呂場で叫ぶことになりそうだぜ……」
わちゃわちゃとじゃれ合いながら浴室へ消えていく二人であった。
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……そうして、またいつもと同じ朝がやってくる。
というわけでもなく。
「勘違いしてもらいたくないんだけど。私は別にそういう事をするなと言ってるのではないんだよ」
「ハイ……」
ダイニングの椅子に座って足と腕を組んでいるユーリ。
そしてその前で正座させられているレンヤとゼクロア。
結局、いつまで時間を潰せばよいのかわからなかったユーリが帰ってきたのは明け方であった。
そして当然彼女はキレ気味であった。
「だけど私たちは一部屋で共同生活を営む身だ。同室の者に対する配慮はあって然るべきではないのかな?」
「おっしゃる通りです……」
流石のゼクロアも今日はしおらしい。
正座で肩を落とす二人を見下ろしながらも実際のところユーリはそこまで腹を立てているというわけではなかった。
(まあ、これで私もレンヤに対して遠慮する必要がなくなったという事だからね……)
頭の中で冷静に女の計算を働かせているユーリ。
と、思いかけてふと浮かんできたのは真紅の髪の美少女だ。
(……いいや、もう一人分順番待ちかぁ。三番手は辛いね)
……………。
で、その真紅の髪のイグニスはといえば……。
「ちょっと待って。あなたたち何があったの?」
いきなり……バレた。
問答すらなく、見ただけでバレた。
週末、いつものようにやってきたイグニスはレンヤとゼクロアを交互に見たあとでそう言い放ったのだ。
二人の様子はいつもとまったく変わらぬ風であったというのに。
「……別に。する事しただけだ。そんなのお前に許可もらわなきゃいけない事じゃないだろ」
拗ねたように言いつつもどこか歯切れの悪いゼクロア。
イグニスに対して多少の後ろめたさを感じているらしい。
「そう。へぇ~……ふぅん。そういうこと」
イグニスの言葉は凍えそうなほどの冷気を孕んでいてレンヤは震え上がった。
「……まあ、そこはもたもたしていた私も悪かったから割り切るわ」
一転さっぱりとした口調で言い放ったイグニスにホッと安堵するも……。
「あーよかったみたいな顔してるんじゃない。あんたを許したわけではないからね」
殺し屋のような目で睨んでくるイグニス。
ギアとウィルバーンを一緒に敵に回した時と同じかそれ以上に怖い。
「私を甘く見るんじゃないわよ。先手を取られた時のことなんて何十通りの想定してあると思っているの。どうせ初めて同士でワケもわかんない内にお互い生傷だらけになったんでしょう」
(まるで見てきたようにッッ!!!)
異様に事態の解像度が高いイグニスにレンヤが戦慄する。
「……別にお前だってしたきゃすればいいだろ。あたしは止めはしないぞ」
腕組みしてそっぽを向いているゼクロアが言う。
「そんなライバルにハイどうぞとか言われて私がワーイって飛び付くとでも思ってるわけ? 順番で負けたからには内容で勝負よ。一生忘れられないような体験させてこんがり脳を焼いてあげるわ。今後あんたが誰とする時でもイグニスとした時ほどの感動はないなって思ってしまうようにね」
なんて自信だ……とその場にいる全員が思った。
彼女も経験がないはずなのに。
「せいぜい楽しみにしていなさい」
優雅に手櫛で髪を後方へ梳き流すイグニス。
(なんて……実際はそんな方法なんてまったく思い浮かばないけど。まあいいわ。口にしてから現実にするのもイグニス・ファルメイアよ。見てなさいよこのスットコドッコイ。私がいるのに何で先に別の女に手を出すのよ!)
自信ありげに堂々と振舞いながらも内心では色々と複雑な紅蓮のファルメイアなのであった。




