↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/33

友達以上、恋人未満

 その日、アルマギアス学園の片隅と帝都の郊外で起こった小さな騒動について知っているものはほとんどいない。報道にも載ることはなかった。

 死者はナシ。ケガ人は少々。

 第Ⅲ軍所有の軍用特別仕様車が一台破損廃棄となった為に補充の申請が出た。


 ……………。


 学園の特別会議室には今日もため息が満ちている。

 集まった上位の教師陣の顔には一様に疲労の色が浮かんでいる。


「何とか大事にならないで終わったか……」


「毎回滅茶苦茶言ってきますよね、あの卒業生」


 全員が思い浮かべているのは眼鏡でエルフの七響天(セブンレゾナンス)。

 彼女が在学していたのはもう十年以上も昔のこと。

 学園の様々な悪しき記録を更新した超(スーパー)問題児。


『事情があってね。そちらのレンヤ・クサナギ君だが……ちょっとばかり危ない目に遭ってもらう事になったんだよ。んー……そうだなぁ、どういう流れにしようか。……第Ⅴ軍(わたし)の命令で彼から召神を引き剝がす目的で学園が捕えようとしている、とかそういう感じで行こうか。彼の逃走経路とかはこっちで用意するからそっちはただ追い詰めるだけでいいよ。現実味(リアリティ)が何より大事なんで事実を知る者は最小に留めておいてくれるかな』


 一方的にそんな連絡があったのはよりにもよって実行の前日のこと。


「ハンシャー先生が小指(エンコ)詰めてお詫びするって言ってますけど」


「堂々としてりゃいいのに。あの人生徒が可愛いってだけなんだから」


「照れ臭いんでしょ。コワモテで売ってっから」


 はっはっは、とどことなくヤケクソ気味の明るい笑い語が響く午後の会議室であった。


 ────────────────────────────────


 その最近何かとあちこちで話題のボーイは……今、何だかミイラ男のようになっている。

 全身包帯まみれだ。


「おごごごごごご……」


 一つの動作の度に全身に激痛が走る。

 呻いてなんだか前衛的な創作ダンスみたいな動きをしているレンヤ。

 あれから何日か経ったが体調はあまりよくなっていない。


「……そ、それじゃエルザ姉は、何も聞かされて……なかったの、か、うごごご」


「知らなかったに決まってるでしょう! 知ってたらあの時はもうちょっと余裕のある大人のオンナとして振舞ってたわよ!」


 キイ、としかめっ面で叫んでから出されたマグカップに口を付けるエルザ。


 今は平日の午後一である。

 レンヤは休んでいる。流石にまだ授業に出られる体調ではない。

 そこへあの日以来初めて顔を合わせるエルザが見舞いに訪ねてきたのだった。


「私は……急にギア様に連絡を貰って、帝国軍があなたたちを捕えようとしているんだけど逃がしてやる手段がある、協力するかって……。悩んだけど手を貸すことにしたわ」


 車を破壊され意識を失っていたエルザであったが、その後戦闘に合流する前のウィルバーンによって安全な場所まで退避されられていた為軽傷である。


 何というか……エルザをちょっと甘く見ていたと思わされるレンヤだ。

 彼女をというか、彼女がこっちをどれだけ大事に思ってくれているかという事をだ。

 正直自分の立場を危うくしてまで助けてくれるほどだとは思っていなかった。


「でもね……でも……」


 コーヒーを飲みながらエルザの目にじわっと涙が浮かんでくる。


「よかったねぇ本当に……。誰にも何にもなく事態が収まってくれてねぇ……。ゼクロアもこれからは自由(すき)にさせてくれる事になったし、本当によかったねぇ……ううっ」


 ボロボロ泣きながら笑顔のエルザ。

 ここしばらくのあれこれで彼女が結構涙脆いことを知ったレンヤであった。


 ────────────────────────


 翌日、激痛に苛まれる身体に鞭打ってレンヤは帝国軍第Ⅴ軍のギアのオフィスに来ていた。

 色々と事後の打ち合わせがあるのだそうだ。

 本題に入る前にレンヤはギアに、エルザがレンヤの逃走を手助けするように誘導したのはギアである事を聞かされたのだが……。


「……ちっと、そりゃ酷すぎねえか? いででで……」


「仕方がないさ。必然性、能力、人格、立場を考慮した結果あの役をできるのはエルゼリエル・シュラインゼック少将しかいないという結論になった。不満ならもうちょっとオトモダチを増やしたまえ。そうすれば次は候補が増えて彼女に回る可能性は減るよ」


「オトモダチ! オトモダチ!」


 軍服の上に白衣を羽織ってレンヤが見ても全然全く理解のできない複雑な魔術式の記されている書類に目を通しているギア。

 彼女のセリフに合わせてオウムのマックスウェルが羽ばたいている。


 次回があってたまるか、と顔をしかめるレンヤ。


「人道的な手段を悠長に選んでいられるほど私にも余裕がなくってねえ。ゼクロアの話が第Ⅴ軍の外に漏れるのは時間の問題だった。そうなれば私よりももっと苛烈な処置を主張する者が必ず現れるよ。そうなる前に彼女の危険性に付いて見極め、ある程度の決着を付けてしまいたかった」


「う~む……いでで……」


 詰まるところ……。

 ギアもゼクロアが危険でないなら自分がそれを保証し彼女を自由にさせてやりたいと思って色々と暗躍していたわけなのだ。

 もちろんそれは純粋な善意のみからくる行動ではないが。

 恐らくは彼女の相方(パートナー)であるウィルバーンの意向が働いているのではなかろうか。


「私の目論見の通りに彼女は自分の本当の気持ちを吐露してキミとの絆もさらに強固なものとなった! まさしく天才の仕事だねぇ……。私は自分の才能がちょっと怖くなってしまうよ」


「………………」


 滅茶苦茶自画自賛しとる。

 しかもかなり恩着せがましい感じで……。


 ゼクロアの本音を引き出すためには彼女をギリギリまで追い込む必要があったのだろうが、それにしてもその手段が七響天(じぶん)と戦えと言うのは無茶振りが過ぎる。

 こっちは何度死にかかったか。


 あれこれ酷い目に遭ったレンヤであるが結果としては落着気味なので文句も言い辛い。

 将来的なゼクロアに関わる問題についても結構フォローしてくれるらしいし。


「そして私個人としてはシュラインゼック少将が信頼に値する好人物であるという事もわかった。これも収穫だ。第Ⅲの『轟天(ごうてん)』殿と私は犬猿の仲ではあるがね」


 ふふ、とどこかほろ苦い感じでギアが笑っている。

 ……聞いた事はある。

 帝国軍第Ⅲ軍司令官、七響天(セブンレゾナンス)『轟天のミラ・メティス』


「さて、今日来てもらったのは他でもない。この一件がキミの中でもまだ印象に強く、私に関しても大きな恩を感じているであろうこのタイミングだからこそしておきたい話がある」


 なんか決めつけられとる。

 ……確かに一部感謝している部分もないではないが。


「実はね、私とお付き合いして欲しいんだ」


「……ハイ?」


 よくわからん、という感じで首を傾げるレンヤ。

 要求がざっくりし過ぎている。


「お付き合いというのは男女のあれだよ。私とキミは恋人(ステディ)になる。キミにより馴染みのある感じで言うのであればカレシとカノジョかな。先日の一件で私はキミの事が異性として好きになってしまってね。年甲斐もないという批判は勘弁してくれたまえ。愛だ恋だというものはそもそもが唐突で無軌道なものさ」


「……イヤっス」


 ……即答であった。

 フッた。思いっきり。


 研究室が一瞬静まり返る。ついでにギアも無表情。

 ……かと思うと彼女がフッフッフと苦笑している。


「……フフ、人生初の失恋をプレゼントしてくれてどうもありがとう」


「いや、ありえねえでしょうが。天下の七響天(セブンレゾナンス)様が、俺みてえな学生のガキに……」


 困ってしまって嘆息してしまうレンヤである。

 それに対して七響天も大いに嘆息している。

 ため息の応酬だ。


「キミはつまらない事を気にするんだねえ。……そこは『七響天(セブンレゾナンス)を俺のオンナにしてやったぜ!!』とか言って上着を脱ぎ棄てながら荒々しく私を抱き締めてキスをする所だろう」


 勝手に人をヘンなキャラにしないで欲しいと思うレンヤ。


「まあいいさ。我ながら告白がちょっと性急すぎたようだ。経緯を丁寧に説明していくことにしよう」


 断ったのに諦めてない!?

 何やら解説モードに入ってしまった七響天。白衣でそれをやられると何だか教師のようだ。


「まず恥ずかしながら私は160年とちょっと生きてきてこれまで異性とお付き合いというものをさせてもらったことがない。当然あ(・)っ(・)ち(・)の方もピッチピチの新品だ」


「ウァー」


 急になんてことを言い出すのだろうか。

 思わずレンヤはヘンな声を出して天井を見上げてしまった。


 それにしても……恋愛経験がない?

 外見だ(・)け(・)なら相当に良い方に入ると思うのだが。

 あくまでも外見だ(・)け(・)なら。


「何度か愛の告白はされた事がある。その中には世間的な基準で見て恐らくは『良物件』とされる人もいた。しかし、残念ながらいずれの相手もピンとこなくてね。私はこういう事は直感を大事にしているんだ。胸が高鳴らない相手とはお試しでもお付き合いはしたくない。それでいつかはいい出会いがあるさと呑気に構えていたら気付けばこんな状態だ」


 ハハッと乾いた笑いを浮かべて肩をすくめるカレシいない歴160ウン年……つまり年齢。


「それで先日、キミに押し倒されたときに物凄いドキドキしたんだよ。未だかつてない経験だ。……これだ、と確信したよ。私はキミをずっと待っていたんだ。キミとの出会いを」


「押し倒したっつーか……」


 一緒に空の高い所から真っ逆さまに落ちて、落下した時に彼女が下だったというだけだ。

 だというのに彼女はピンピンしていて、自分はバキバキである。


 それ吊り橋効果っていうんじゃないの? と思うレンヤであったがそれに相当する危機感を彼女があの時に感じていたと思うのは己惚れだろうか。


「見た目によらず結構乙女な私の一面を知ってそろそろ気持ちが傾いてきたかな? 続いて私を恋人にした時のキミのメリットをご説明しよう。地位の話はイヤらしいだろうからそこ以外でね。……何といっても私はキミの女性関係について一切干渉するつもりがない。結婚を強いることもない。君は一方で私と交際しながら大手を振って可愛い召神(デュナミス)たちや例の紅蓮のお嬢さんやシュラインゼック少将とも男女の関係を結ぶことができる……!!」


「ウワァアアアアアアアアアア!!!!!」


 驚愕というよりはもはやほぼ恐怖の表情で絶叫するレンヤ。


 ……何を言ってんだろうかこの人は。

 付き合ってくれと言った相手に対して最初にアピールするのがそこなのか。

 そしてこちらの異性の交友関係を詳細に把握している所も恐怖ポイントだ。


「実にささやかでいじらしいとは思わないか! キミを取り巻く華やかな異性関係のほんの端っこの席を貰えるだけでいいと言っているんだよ。勿論私は一途だ。他の男になど目もくれない事お約束しよう」


 いじらしいというか、そこまでいくと卑屈にも感じる。

 何で恋愛関連だけはこんなに腰が低くなっちゃってるのだろうか。

 態度はデカいのに。


「アルマギアス学園で青春を過ごした私が、同じ学園に通う後輩であるキミにときめいているという点も運命を感じさせるじゃないか。学園生活で浮いた話の一つもなかった私に青春を取り戻せと天が言っているに違いない!」


 ……だとすれば天が酔狂すぎる。


「いや、その……ご遠慮させていただきたく……」


「まだ私を拒むのか! 結構強情だなキミは!」


 どん、と自分のデスクに拳を落とすギア。

 そして彼女はやれやれとこめかみに指先を当てて軽く頭を振った。


「……まあいいさ。焦るまいよ。予言しておくがキミは80年後までには必ず私を恋人にしている事だろう」


「流石にそんな先まで含まれちゃうと絶対ねえとは言い切れなくなるなぁ」


 ……80年後にOKしてもその時自分は100も目前のヨボヨボ爺さんだが。

 ううむ、と腕組みをして唸るレンヤであった。


 ────────────────────────


 軍用車が街道を走る。

 窓の外へぼんやりと視線を向けているレンヤ。

 相変わらず全身をビシビシと激痛が苛んでいるものの今だけはそれも気にならない。


「……たまげたな。そして疲れた」


 その口から誰にも聞こえないくらいの小さな声で言葉が漏れた。


 ……七響天(セブンレゾナンス)から愛の告白をされてしまった。

 あの感じからすると罠とか冗談ではないだろう。あっちもそこまでヒマではないだろうし。

 大事な話があるからと呼び出されたので痛む身体で無理して出向いたらとんでもない話だった。


 正直な話、あんな美人で天才と称される大将軍から好きですと言われたことについて喜びや優越感を感じぬでもない。

 しかし、ではお付き合いするかと言われればどうしても脳裏に思い浮かぶ面影がある。


 ゼクロアとイグニスだ。


(二人ともそういう目で見ちゃいなかったんだが……)


 物思いに耽るレンヤ。

 二人とも大事な存在だからこそ、今までは異性として見ないように気を付けて生きてきた。


『ありがとう……レンヤ!!! あたしに……心をくれて!!! 誰かを好きになるって気持ちを教えてくれて!!!』


 先日のゼクロアの言葉を思い出す。


(流石にありゃ、俺の事だよな……。ここまできて『お前とくっ付いてたら担任のパンチパーマのオヤジの事が好きになってたんだ』とか言われたら泣き崩れるぞ、俺は)


 ぐぬぬぬ、と勝手にそんなシーンを想像してレンヤは頭を抱えている。

 そして運転席ではミラー越しに後部座席で一人で悶える彼を見て知らない軍人さんが怯えていた。


 そして……イグニスだ。

 幼少時から一緒だった完全無欠の才媛。

 家族のようであり親友でもあったが、それと同時に彼女は異性としてはとんでもなく高嶺過ぎる花でもあった。


(なんか、あいつはある日突然俺の前にすげぇイケメンを連れてきて『彼、私の恋人なのだけど今度結婚する事にしたから』とか言われるもんだと思ってたが……)


 しかしそのイグニスがここしばらくで明らかに男女のあれこれな感じで自分に対して急速に距離を詰めてきている。

 男としてなんとも思っていない相手にあの行動はしないだろう。

 あそこまでやられればこちらとしても意識せずにはいられない。


(つまりはあれだ!! 俺は今、複数の婦女子といわゆる一つの『友達以上恋人未満』という状態になっているって事か!!?? うおおおお甘酸っぱいいいいい!!!!!)


 フシューッ!! フシューッ!! と凄まじい勢いで鼻息を荒くし始めた後部座席の男に一層怯える運転席の見知らぬ軍人さん(第Ⅴ軍)


「ぐおおおおっ!!! 顔から火が出そうだッッッ!!!!」


「ひぃぃぃ……!!!!??」


 突如後ろで吼え始めた学生に怯えてハンドル操作を誤りそうになる軍人さんなのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。