わたしにこころをくれたひと
遠い過去、ここではないどこかの世界のお話。
世界を滅亡させる寸前まで暴れた狂気の女神を倒した五人の勇者たちがいた。
「……俺は反対だ」
その中の一人、茶色の髪で壮年の精悍な男が言う。
彼はリーダー格で二本の魔剣を扱う無双の剣豪だ。
「あれの事はこの世界で決着を付けるべきだ」
今、自分たちの目の前には狂神を封じた石像がある。
これをこれから仲間たちは異界へと放逐すると言う。
必死に訴える……仲間たちへ。
しかし、彼らは辛そうに視線を伏せるのみだ。
「……ウィルバーン、私たちはこの世界で生まれこの世界の安寧を願うものだ」
「ああ、お前の気持ちはわかるが世界にとっての最善を取らなくてはならない」
ウィルバーンが唇を噛む。
彼らの言わんとする事もわからぬではない。
激しく、そして長い戦いだった。
苦難の末にようやく掴んだ勝利だった。
更なるリスクは取れないという……彼らの思いも理解はできる。
だがそれでも……。
自分たちにはまだ、できる事があるのではないか。
後に彼は一つの国の王となる。
その国は大いに栄え、人々は彼を英雄王と呼んで称えた。
だが、その英雄王の心の奥底にはずっとこの時の苦い後悔がトゲのように突き刺さったままであったという。
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轟音と振動が続いている。
世界が揺れている。
何もかもを崩壊させる眩い光の中で。
レンヤのすぐ近くで握り拳大の石がふわっと宙に浮いたかと思うと次の瞬間には粉々に砕けて砂と化した。
そしてその砂も瞬く間に暴風に散らされて消えていった。
……手を伸ばせば届く位置まで全ての終わりが迫っている。
「……うおおおおッッッッ!!!!!!」
そんな光の中で叫んでいるレンヤ。
もう叫ぶくらいしかできることがない。
ここまで絶望的だと逆にちょっと笑えてくるという知見を得た彼。
地面に尻餅を突いてしまっている彼の表情は……なるほど、ちょっと引き攣り笑いにも見える。
……まだ、死んでいない。
撃ち下ろされる巨大な破壊エネルギーの真っただ中にいながら、まだ。
死の光は今もまだ滝のように頭上から降り注ぎ続けているのに。
「ゼクさん……」
それはゼクロアが自分を守ってくれているからだ。
彼女は自分たちの周囲に小さなドーム状の障壁を生み出し、それを両手で必死に支えている。
「うぐッッ……ぐああああ……ッッッ!!!」
ミシミシと淡いグリーンの障壁が軋んでいる。
どれ程の圧が掛かっているのか彼女が踏みしめた両足から地面に放射状に亀裂が走る。
苦悶の声を上げる金色の女神。
「……うあぁッッ!! レンヤ……レンヤッッ!!! 聞いてくれっ……お前に、話が……あるんだッッ!!!」
必死の形相で障壁を支えながらゼクロアが絞り出すように叫んだ。
レンヤは驚愕に思わず顔を引き攣らせる。
滅びの光のド真ん中にいる……この状況で?
「うおおお今かよ!!?? 今はそれどころじゃ……」
「今だッッッ!!!! 今じゃなきゃダメだ……聞いてくれ!!!!」
レンヤは黙った。
彼はゼクロアの言葉を待つ事にした。
彼女が……自分の召神がそう言っているのだ。
それなら自分は聞かなければならない。
「あたし……あたしお前に嘘ついてた。お前をずっと……騙してたんだッッ!!!」
「……!!!」
苦しみながら叫ぶゼクロア。
その目尻には涙の雫が浮いている。
「あたし、本当は……お前の召神になる気なんか……なかったんだ……」
……………。
尽きることのない怒りと。
全てを破壊したいという衝動だけが自分を満たしていた。
………。
……ずっと、眠り続けていた。
いや、死に至るような強い苦痛の中で全てを封じられて身動きが取れずにいた。
ああ、イラつく。
早く自分に自由を与えろ。
そうすれば……また全てを破壊してやる。この手で。
私はその為のモノだ。
私が生きているということは全ては破壊されていくということだ。
そうしてある時、待ち望んだ解放の時が唐突に訪れたのだ。
「……………」
目の前には、驚愕で腰を抜かしている小さな子供がいる。
子供だが……飛びぬけた召喚士の才を持っている。
この時の自分からすれば極上のエサのようなものだ。
回復に必要としている魔力をこの子供なら十分に供給してくれることだろう。
ツイてる……!!!
自分はなんと幸運なのだ!!!
内心で歓喜の雄叫びを上げたゼクロア。
何も知らない子供を騙して彼女はまんまとその内側に潜り込んだ。
自分のことは話すなと子供には約束させてある。
……念のための保険だ。
例えバラされたとしてもこの世界に自分を特定して追ってこれるような者はいないだろうが。
(どうせ話すさ。黙っていられるはずがない……)
どうって事はない話だ。
この子供は自分との約束を破るだろうが、それが致命的な結果を招くことは恐らくない。
そうして、ゼクロアと少年の奇妙な共同生活が始まった。
何年か過ぎても彼は誰にも自分のことを話そうとしない。
頑なに約束を守り続けている。
そしてアルマギアス学園に入学して、彼の立場は召神と契約を交わしていないということで一層悪くなった。
注がれる冷たい視線と容赦のない罵声や陰口に晒されながら彼は毎日を過ごしていた。
(何なんだコイツ。なんで話さない? バカなんじゃないのか……?)
苛立ちと困惑を覚える。
自分が完全に復活した暁には捨てていくはずの燃料タンクとしか見なしていなかった相手に。
「……………」
本当はわかっていた。
自分はレンヤと繋がっていたから、彼の気持ちが伝わってきていたから。
何度も彼は挫けそうになった。
その度に思い出していたのは自分との約束。自分のことだ。
いつか来ると信じている再会がレンヤを支えていた。
「いや…………」
いつしかゼクロアは自分の中を満たしていた破壊衝動が消えてしまっていることに気が付いた。
「バカなのは……あたしだ…………」
…………………。
……………。
「……お前がッッッ!!! お前があたしを変えたんだ!!! 殺されかけても、元いた世界から追い出されても何一つ変わることがなかったあたしを……お前が……ッッ!!!!」
障壁を支えながらゼクロアが絶叫する。
彼女の全身の傷口から血が噴き出す。
「ありがとう……レンヤ!!! あたしに……心をくれて!!! 誰かを好きになるって気持ちを教えてくれて!!! お前が……いてくれなかったら、きっと……あたしは今でも、目の前にあるそれが自分の知らない誰かの大事なものだなんてことは考えもしないで……暴れて壊すだけの大バカのままだった!!!!」
「ゼクさん……」
ゼクロアが叫びながら……泣いている。
「ウソついててゴメン!!! 何も知らないガキのお前を騙して……本当にゴメンッッッ!!!!」
それが……彼女が言えずにいたことだ。
打ち明けることを何よりも恐れていた、彼女の秘密だった。
「……くっ」
そんな彼女を見て、レンヤが思わず喉を鳴らして笑っていた。
「なんだよ、そんな事か。すっげえ溜めるからどんな話が出てくるモンかとドキドキしちまったぜ」
「レンヤ……」
涙に濡れた顔でゼクロアがレンヤを見ている。
「そんじゃあ俺の方もバラしちまうがよ。実んトコ俺も何度もゼクさんの事を喋りそうになったぜ。俺にはすっげえキレイな召神がいるんだぜってよ」
レンヤの告白にゼクロアの顔がくしゃっと歪んだ。
泣き笑いの顔だ。
あぁ、コイツ……また噓をついた。
こういう時だけ彼は嘘をつく。
「それでも俺は喋らなかったしゼクさんは俺の召神になってくれたじゃねえか。大切なのはそこだけだ。謝ることなんか全然ねえよ。……ありがとうよ、ゼクさん。俺の召神になってくれて」
「……ッッ!!!」
より一層の大粒の涙が金色の女神の目から流れ落ちる。
「うわああああああッッッッ!!!!!!」
そして、彼女は叫んだ。
苦悶の絶叫ではない。それは歓喜の叫び声。
それと長い間彼女が押し殺していたものからの解放の雄叫びであった。
…………。
ドォンという大きな爆発音がして、破壊の光の巨大なドームから何かが飛び出してきた。
黄金の……巨大な光が。
「突破されたぞ……ギア!!」
「見てればわかるよ。……まあ、信じたくはない光景ではあるがね」
上空で身構えるウィルバーンと、その隣でやれやれといった様子で嘆息しているギア。
ゼクロアが纏っている黄金の輝きの大きさは先ほどまでの比ではない。
全ての枷を取り払われた彼女が完全にレンヤと接続された証だ。
これが本当の召神で……本当の召喚主。
「全盛期に戻してきたか。手強いぞ」
「それでも私たちのやる事は変わらんよ。撃ち落とすぞお爺ちゃん」
二人の英傑が再び構えをとる。
「む……」
ギアが眉を顰めた。
独りじゃない……飛翔する金色の女神はレンヤを背負っている。
そのレンヤをゼクロアが掴んで……。
思い切り投擲した!!!
「んがああああああッッッッ!!!!!」
雄叫びなんだか悲鳴なんだかわからないものを上げながらミサイルのようにレンヤが吹っ飛んでいく。
その決死の特攻の向かう先は……ギアだ。
二対一のままでは勝ち目がない。ギアは自分がどうにかするしかない……!!
そして投げたゼクロアはそのまま高速でウィルバーンに突っ込んでいく。
「……勝負だッッッ!!! ウィルバーン!!!!」
「来るがいいゼクロア!!!!」
上空で狂える女神と英雄王の放つ二つの巨大な輝きが激突する。
そして風を切ってぶっ飛んでくるレンヤを迎え撃つギア。
「ハハッ、滅茶苦茶するなぁ。若さとは眩しいね」
笑ってギアは魔剣の召神を構える。
若者の情熱は認めるものの、それで譲ってやれるほど自分の背負った肩書は安くはない。
「だけど少年、キミの青春でもこの七響天は超えてはいけないよ……!!」
「それはどうかな」
ミサイルのように高速で飛ぶレンヤの背で身を起こしたユーリ。
彼女はまるで生えているかのように上体だけをレンヤから外へ出している。
満身創痍の戦乙女が構えているのは白銀の長弓だ。
そうだ、これは二人だけではない。
三人が力を振り絞った乾坤一擲の最後の攻撃。
この一射に……残った魔力の全てを賭ける。
「……!!」
放たれた矢は流星のように空を駆け、ギアの右の前腕部に命中して貫通した。
その手から剣の召神が離れ虚空へ投げ出される。
ほぼ同時に激しくギアにぶつかるレンヤ。
二人は絡み合うように錐揉みに大空から落下していく。
「ひぃぃぃぃぃッッッッ!!!! おっかねえよおおおおおおお!!!!!」
大空から真っ逆さまに落ちていきながら今度こそ悲鳴を上げているレンヤ。
その彼の背をギアの左手がポンと優しく叩いた。
「ほら、最後までシャキっとしたまえ」
「……ッ」
驚いてギアの顔を見るレンヤ。
「やれやれ泣けてくるよ。この私が若さと熱さに屈する日がくるとはね……」
そう言いながらも彼女は……笑っていた。
慈しむような優しい眼差しをレンヤに向けて。
……………。
二本の魔剣がゆっくりと回転しながら落ちていく。
ぶつかり合ったゼクロアとウィルバーン。
それで英雄王の自慢の双剣が弾かれたのだ。
「……どういうつもりだッッ!!」
怒りを込めて相手を睨みながら叫んだゼクロア。
明らかに激突の瞬間、ウィルバーンは力を抜いたのだ。
「私たちの負けだ」
そう言って英雄王はもう何も持っていない両手を軽く上げた。
「……降参だよ」
そして彼は静かにそう告げた。
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同時刻、学園では……。
ベルトリュートは地に倒れ、ニックは座り込んでしまっている。
二人の召神は現界を保てず既に退去してしまっている。
「……マジかよ」
俯いて地面を見ているニックが呆然と呟いた。
「話にならんな」
レイオニールは地面に突いた盾に手を添えて立ち上がれない生徒に厳しい視線を向けている。
二対一……実質四対一だというのに。
それでもレイオニールは全員を圧倒した。
徹底的なカウンター戦術。
全ての攻撃を捌き、盾で受ければ衝撃波と共に跳ね返す。
「だが、友人の危難に見て見ぬふりをせずに手を差し伸べた。その心根だけは文句のつけようもなく正しい」
「……!!」
驚いて顔を上げる二人。
その彼らにレイオニールは背を向けて歩き出す。
「特別講義はここまでとする。……一限目には遅れずに出るように」
盾を消し、杖を拾い上げて片足を引き摺りながら去っていく教師。
「授業出ろって……この負傷で?」
それを見送り、再びガックリ項垂れたニックであった。
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地上は酷い有様であった。
荒れ狂った二大奥義の影響で地形が変わってしまっている。
「いや~……あいたたた。酷い目に遭ったよ。これは明日は筋肉痛かな」
ボヤいて大きなため息をついた七響天。
彼女はレンヤをお姫様抱っこしている。
彼女の腕の中で激痛で声を発することすらできないレンヤ。
ギアを下にして落下したというのに、何故彼女はちょっと怪我したくらいで済んで自分は瀕死なのか。
「つまり……最初から本気じゃなかったって言いたいのかよ」
そんな彼女にゼクロアが不審げな視線を向けている。
「いや、本気だったよぉ。キミの危険性が確認されれば容赦なく捕える気だったし、それが無理そうなら殺してしまうつもりだった。そうじゃないのがわかったから私たちのお仕事はお終いさ」
「へぇ~? 七響天サマはあたしの事を信じてくれるってワケなのか」
ふん、と鼻を鳴らして嘲るように口の端を上げるゼクロア。
しかしそれに対してギアは当然とばかりにあっさりと肯くのだった。
「そりゃまー、あんな情熱的な告白を聞かされちゃったらねえ……。大変だったよもう。『私に心をくれてありがとう』の所でうちのお爺ちゃんの涙腺が本当にヤバかったからね。まだ途中なのにメソメソされたらどうしようかと気が気じゃなかった」
「うむ。ああいうの本当にダメなの。弱いんだよ私」
ぷはーっとマドロスパイプを優雅に吹かしながらウィルバーンがグスッと鼻を啜ってちょっと涙目になっている。
「……ッッ!!!」
一瞬にしてボワッと茹でダコのように真っ赤になるゼクロア。
どうやらさっきのやり取りは全部上空まで聞こえてしまっていたらしい。
「そ、その見立てが正しければいいけどな!! あたしは狂える女神だからな!!!」
なんだか捨て台詞のように叫んでゼクロアはどっかへ飛び去ってしまう。
身動きできない状態のレンヤを置いてどこに飛んでいくつもりなのか。
それを見送って英雄王が遠い日のことを回想する。
ここではない、どこか遠くの世界のお話を。
『俺たちは……もっと彼女と話をするべきじゃないのか。破壊の為だけに生まれてきた生命なんて、そんな悲しいものがあっていいのか』
……結局、あの時は仲間たちに同意を得ることはできなかったが。
それでも今日、あの日の自分の若さが誤りではなかったことを確かめることができた。
「……君には感謝しなければな」
「今は何を言っても多分頭に入っていかないと思うよ」
ギアが自分の腕の中を見下ろす。
そこには声を出すこともできずひたすら表情だけで悶絶し続けるレンヤがいるのだった。




