七響天 -seven resonance-
軍事国家である「帝国」において、頂点にいる皇帝に次ぐ立場にいる七人の将軍たち。
それが七響天だ。
帝国の強さの、力の象徴であり帝国民たちの畏怖と憧憬の対象。
その実力は正しく一騎当千であり、一人で一軍にも匹敵するといわれているのだが……。
(……そんなもん、多少の誇張が入ってると思うじゃねえかよ)
目の前の将軍を見ながらじわじわと自分の胸の中に広がっていく冷たい焦りを感じているレンヤ。
ギア・メルフィナ。通称『識天のギア』
帝国最高の頭脳を持つといわれている天才研究者でもある彼女。
何かと知識面での功績が強調されがちな彼女であるが。
それでもこうしてゼクロアとユーリを召神を呼んでもいないのに軽くあしらってしまった。
「……ほら!」
パァン! と急に勢いよく手を叩いたギアにレンヤがビクンと肩を跳ねさせる。
「戦るなら戦るでちゃんと集中したまえ、少年! キミの可愛いカノジョたちが全然力を出せていないよ」
窘められてハッとなる。
そうだ、自分の召神である彼女らが真価を発揮できるかどうかは召喚主次第……!
またしても、飲まれそうになっていた。
レンヤは己を奮い立たせ精神を集中する。
ゼクロアを覆っている黄金のオーラが、ユーリを覆っている蒼いオーラが……。
勢いを増して大きくなった。
「……そうそう、それでいいんだよ。死力を振り絞りたまえ」
フフッとギアがそれを見て軽く笑った。
「随分余裕だな、お前」
ギアの前に立ちはだかるように出たゼクロア。
射貫くような黄金の女神の視線を七響天が薄笑みで受け流す。
「ナメているわけではないよ。貴重な神格級のデータ……どうせなら存分に採集させてもらおうと思ってね。……んんっ? ああ、こういうのをナメているというのかな? これは失礼」
肩をすくめるギア。
そして彼女は右手を高く空に向かって上げると人差し指を突き立てた。
「……では本気の七響天をお目にかけるとしようか」
召神が……。
ギアの召神が来る!
曇天を裂いて地上に突き立つ眩い光の柱。
その光の中に無造作に右手を突っ込んだギアが引っこ抜くようにして何かを取り出す。
……剣だ。
鞘に納められた状態の長剣である。
鞘や柄は黒に近い灰色であり、飾り気のない古めかしい造りの剣。
(器魂型だ……!)
授業で学んではいるが、実際に使い手を目にするのは初めてのことだ。
武具や道具の形状をした召神……。
長く使われていて謂れのある物であったり、大本の使用者の魂が宿ったりして召神となった道具たち。
(あれって確か……持ってる召喚主を『同調』状態にするんだったよな)
本体からして強すぎるギアをあの剣がさらに強化するのか……そう思うと首筋に氷の刃を当てられたような気分になるレンヤだ。
しかしもう自分たちは臆してはいられない。
やるか、やられるか……。
未来を勝ち取るために勝つしかないのだ、あの七響天に。
「『名も無き剣』というんだ。とってもシャイな子でねぇ。主の私にも名前を教えてくれないんだよ……哀しいね」
鞘を腰のベルトに取り付けたギアがスラリと剣を抜く。
白手袋を通してもわかる。剣の柄を握る彼女の右手の甲で召喚紋が輝いている。
そして、その光に呼応するかのように白刃が冷たい輝きを放った。
ギアが剣を持っていない左手で一度手招きした。
来い、と。
静けさが舞い降りる。
誰もが……無言。
ただ、いつの間にか止んでいた小雨の湿り気を含んだ風が吹き抜けていく。
「……ッ!!!」
必死に歯を食いしばって声が漏れそうになるのを耐えるレンヤ。
極限の緊迫感。
空気が火花を散らすのではないかと思うほどだ。
息をするのもつらい。
三者の間でお互いの意識同士が目に見えず空中でぶつかり合って放電しているかのような。
交錯する殺意の視線と視線。
導火線をチリチリと進む火種。
臨界点までは……あと……。
………。
『!!!!!』
爆ぜる。
三人同時に動いた。
誰かが吼えた。
だが、その声はレンヤの耳には入っても脳までは届いていない。
目の前の戦いを見届けるということに。
視界に全神経が集中している。
赤が散る。
血だ。
激しい攻防の中で誰かが負傷して出血している。
だがそれは……恐らくギアではない。
三人での攻防が……二対一での激しい攻撃の応酬が拮抗していたと思ったのはほんの僅かな短い間だけで。
すぐに優勢劣勢が明確になり始めた。
ゼクロアとユーリは攻撃を加速させ、ギアが徐々に防戦に追い込まれている。
二人が識天のギアを押し始めている!
(……あれっ? ちょっと待て、強くないか?)
コンマ1秒を競る死線の最中にギアが思った。
この思考の間にも何度ゼクロアの拳や蹴りが……ユーリの剣の刃がギアからほんの数ミリの個所を通過していった事だろうか。
生と死を分かつ境界線上で踊る三人。
0,1秒ごとに目の前を死神が姿を現しては消えを繰り返している。
(いや、こんなものなのか。考えてみれば二体の神格級を同時に相手取った事なんて過去に一度もなかったしなぁ)
初めて……ユーリの剣がギアの二の腕を掠っていった。
軍服が切れて血が飛沫く。
(あいたたた!! 怪我をした!! 何年振りだ? ……やっぱりおかしいって。どう考えてもこちらの想定を上回っている。そもそもがもう神格級の階級分けがダメなのか。一定以上の強さをしている召神を一括りにそうしてしまっているが、その中で力量の差異が大きすぎなのだ! 今後はもっと細かく区分けし直して……って、あ~ぁ、ついつい余計なことを考えすぎてしまうな。真剣な戦闘の最中だというのに。でも性分で思考が止まらない! これで少年に集中しろとは我ながら笑ってしまうね! ……えーっと、とりあえずはー)
ユーリの斬撃が鼻先数ミリの所を通過していくのを冷静に見送って。
そして、ギアが目を細めた。
「『暁ヲ断ツ』」
突然のギアの反撃。
鋭く早く、虚空を鋭角に刻んでいく剣閃。
「ユーリッッッ!!!!」
ゼクロアが……悲痛な叫び声を上げた。
ユーリが斬られた。
彼女の銀の胸甲が斜めに裂けている。
「く……ぁ……」
全てがスローモーションで見える中、ユーリが激しく血飛沫を上げながらゆっくりと後方に倒れていく。
「そうそう、まずは冷静にならないとだな。落ち着いて一つ一つ問題を処理していくとしよう」
「……お前ッッッ!!!!」
ごう、と唸りを上げて更に大きなオーラを纏ったゼクロアが猛然とギアに襲い掛かった。
猛攻を軽くいなすギアであったが、ゼクロアのオーラが大きすぎるために捌いたはずの一撃が痣を作った。
オーラが触れているのだ。
それだけで若干だがダメージが入る。
「まだまだ元気いっぱいかな?」
大きな反撃は許しながらも……。
ほんの僅かにだが確実にギアを追い詰め始めているように見えているレンヤ。
それなのに何故彼女は余裕の様子のままなのだろうか。
ユーリも立ち上がってくる。
袈裟懸けにされた傷は浅くはないが、戦闘不能にされるほどではなかったようだ。
だが、即座にあのゼクロアの怒涛のラッシュに割り込めるほど復調はしていない。
「うあぁぁぁッッッ!!!!」
追い詰めているはずのゼクロアは……。
何故か焦っているかのような咆哮を上げて。
追い詰められているはずのギアが、何故か余裕を見せて口の端に笑みを形作っている。
「フフッ、必死だねぇ」
首を傾けてゼクロアの拳をギアが回避する。
それでも頬にオーラが触れていって、その部分は痣になって僅かに血を滲ませていた。
「ここで押し切ってしまわないと大変なことになる、そう考えているのだろう? 流石だよゼクロア。キミのその危惧は正しい。私には……奥の手がある」
「黙れッッッ!!!!!」
叫びながら放たれたゼクロアの拳がギアの胸部の中央に命中した。
バシン!! と大きな炸裂音が周囲に響き渡る。
「……それもね、とびっきりの奥の手さ」
いや……。
当たっていない。
ギアの胸から生えた手が……ゼクロアの拳を掴み止めている。
正しくはギアの胸の前に小さな魔方陣が浮かび上がっていて腕はそこから伸びている。
「では、紹介しよう……と、思ったがその必要はなかったな」
魔法陣が一気に広がった。
そしてその向こう側からゼクロアの拳を掴んだままの何者かが姿を現す。
ガシャン、とその誰かの鎧が鳴った。
赤いマントを翻して姿を現した全身を淡い黄色の金属の鎧で覆った男。
体格が良く長身で……老人か。彫の深い整った顔立ちに皺を刻み顔の下半分は頭髪と同じ白に近い灰色で短めの髭に覆われている。
穏やかで理知的な目元の男。
額には青い宝石の嵌った金色のサークレットを着けており、赤いマントの上に更に純白の獅子の毛皮を羽織っていて、その獅子の頭部は彼の左肩にあった。
武装しているが戦士というよりかは君主の威厳と見た目を持っている。
……紛れもなし。
召神だ。二神目だ。
ギアの左の手の甲に召喚紋が輝いている。
右の甲にもあったものが、左にも……。
絶望感で思わずレンヤは声なき呻きを発している。
特別は……自分だけではなかったのだ。
識天のギアは、帝国軍内にあってただ一人……二神を従える召喚士。
「……キミたちは旧知か」
「お前は……」
ゼクロアが目を見開いた。
どくん、と一度心臓が大きな鼓動を発し数多の情景が脳内を高速で通り過ぎていく。
炎に包まれた国。
荒れ果てた大地。
そして、自分に挑みかかってきた英雄たち。
この男を……知っている。
あの時はこんなに年老いた姿ではなかったが。
自分と戦った五人のリーダー格だった男だ。
あの中では一番強くて、そして……。
チラリと男の腰を見たゼクロア。
左右どちらにも長剣を帯びている。
そうだ……二本の剣を使う男だった。
「久しぶりだな、狂神ゼクロアよ」
鎧の男が低く穏やかな声で言う。
その視線の先には不機嫌そうに表情を歪めている金色の女神。
「よもや、我らの故郷からは遠く離れた世界でこうして再びまみえることになろうとはな」
「……フン、知ったことじゃない。昔話の相手が欲しいのなら他を当たれ。あたしは付き合う気はない」
舌打ちをして金色の女神はひったくる様に男の手の中から拳を引き戻す。
しかし彼女の表情は苦し気であり、その頬を冷たい汗が伝って落ちた。
自分たちを取り巻く状況が一層絶望的に悪くなったことを彼女はよくわかっている。
「『英雄王』ウィルバーン。……というワケで私の二神目だ」
並び立つ七響天と英雄王。
「彼の強さは……え~っと、私とどっこいか? まあちゃんと戦ったことがあるわけじゃないが、そんな感じだよ。多分ね」
自分が二人になったようなものだとギアは言う。
レンヤたちは沈痛な表情で沈黙している。
「……おや? 静かになってしまったね」
首を傾げるギア。
その隣でウィルバーンが一歩前に出た。
「破壊の化身、狂神ゼクロアよ。世界に終焉をもたらすものよ」
英雄王が二本の剣を鞘から抜き放つ。
一本は刀身がバリバリと青白く輝く電撃を帯びている。
雷神剣ロードオブライトニング。
そしてもう一本は鞘に青い宝玉が埋め込まれており、刀身にも美しい青い紋様が描かれている。
蒼穹剣エターナルブルー。
二振りの魔剣を手にして彼はゼクロアに迫る。
「やはりお前を討つ事こそが我が宿命らしい」
ゼクロアを見る英雄王の瞳が憂いの色を帯びる。
「……あの時も、私はただ一人反対した。封印する事もその状態で異界へと放逐することもだ。お前は我が故郷の災禍だった。どのような反動があろうともあの世界で討ち果たされなければならなかったのだ」
「待て!!!!」
叫んだのはレンヤ。
全員の視線が彼に集まる。
「ゼクさんはもうそんな事はしねえ!!! そんなつもりはないって俺に言ってくれたんだ!!! だから……」
だから彼女を、ゼクロアを殺さないでくれと彼は必死に訴える。
「その彼女の言葉を真に受けたというワケかい? ……純真だねぇ少年」
ハァ、と大袈裟に嘆息してギアは軽く首を横に振った。
「キミが騙されてないって保証がどこにあるのかな? 彼女は悠久の時を生きる魔道の超技術の結晶だ。人生経験の浅い若者一人を手玉に取ることなど容易いんじゃないかと私は考えているんだがね」
その言葉に……ビクンとゼクロアが反応した。
一瞬だけ怯えたような表情を浮かべてレンヤを見た彼女。
なんだ……?
どうして、そんな反応をするんだ。
ソイツの言う通りだって、胸を張って笑ってくれないんだ。
その目が、表情が……意識に焼き付いてレンヤは続くはずだった擁護の言葉を失ってしまう。
「キミにとって私たちが悪役である事は自覚しているよ。正直言って大喜びでやりたいような任務ではないが……まあしょうがない」
名も無き剣を構える七響天。
二本の魔剣を構える英雄王。
「この状態の彼らを長く苦しめるのも心苦しいし……一気に決めるよ、ウィル。腰をいわさないように」
「ほざくでない、ギア」
軽口を叩いている二人だが……。
構えをとる二人の英傑はまさしく形を持った死に至る事象。
(……あー、ダメだ、こりゃぁ)
レンヤは……そう思ってしまった。
もう絶望感すら感じない。
心にぽっかりと穴が開いてしまったかのように。
あれは自分たちでどうにかできる相手ではない。
……当然といえば当然か。
彼女は七響天。
世界最大の大陸の大部分を支配している帝国で最強の称号を持つ者なんだから。
「死」が動き出す。襲ってくる。
二人が前に出る。ただ殺意のみで満ちた二人の狩人が獲物に向かって刃を振るう。
その斬撃は雨あられの如く……というよりも最早それは怒涛の奔流。
一気にゼクロアを飲み込んだ圧倒的な暴力の塊。
「うッッ……ぐあああぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」
苦悶の叫びが響き渡り、レンヤの心を抉った。
為すすべもない。
先ほどまですべて攻撃に回していたオーラを使って防いではいるが……二人の猛攻が容赦なくその上からゼクロアを傷付けていく。
次々に刻まれていく新たな傷。
吹き出す鮮血が金色の女神を赤く染め上げていく。
「何をやってるんだ、だらしがないッッ!!!」
その時だ。
割って入ったユーリが激しく身体をぶつけてゼクロアを脇へ弾き飛ばした。
それによりゼクロアは攻撃の範囲外に逃れたが……。
「……ッッ!!!!」
代わって全ての攻撃をユーリが浴びることとなった。
一瞬にして全身傷だらけになり鮮血に染まって倒れる戦乙女。
そしてもう、ピクリとも彼女は動かない。
「うわっ、随分と思い切ったことをするもんだ……」
ギアとウィルバーンが攻撃を止めた。
「アイツ……」
庇われたゼクロアが呆然としている。
何故、どうして。
我が身を顧みずに自分を庇うのか。
その脳裏に蘇るいつかのやり取り。
『大切な人が大事にしているものは、私も同じように大事にすることができるんだ』
ユーリはそう言っていた。
あの時、自分が言った言葉を……彼女は守ったのだ。
「ふんがああああッッッッ!!!!!」
吠えながら猛然とダッシュしてくるレンヤ。
ユーリの自己犠牲が……彼女の気高さが。
麻痺していた彼の心を蘇らせたのだ。
「ユーリッッッ!!!」
走りこんできたレンヤは倒れているユーリに触れて自分の内側へ収納する。
……間に合った。
これで彼女は死ぬことはない。
自分の中で、以前眠っていたゼクロアのようにレンヤの魔力を使って修復が始まるはず。
このまま外側のレンヤに何もなければだが……。
「アイツらは……!!?」
周囲を見回すレンヤ。
ギアたちがいない。倒れているユーリに気を取られている間にいなくなってしまっている。
……上だ。
二人は上空からレンヤたちを見下ろしているのだ。
飛翔して空の一点に留まっている。
まるで足場がそこにあるかのように虚空に立って。
「終わりにしようか。せめて全員仲良く一緒に光に還りたまえ」
それぞれの武器を振り上げるギアとウィルバーン。
そこに眩い魔力が収束し、まるで太陽のように強い輝きを放っている。
「レンヤ……!!!」
ゼクロアがレンヤに駆け寄った。
「『天ヲ灼ク』」
「『交差剣崩裂斬』」
英傑二人の奥義が……輝く巨大な破壊エネルギーとなって撃ち下ろされる。
そして次の瞬間、地上に発生した巨大な光のドームが何もかもを飲み込んでいくのだった。




