図書室のユーリ様と突入する紅い御令嬢
……初めから無理な注文だったのかもしれない。
彼女たちに「あまり目立つな」というのは。
休み時間の図書室がザワついている。
何かのイベントかと思うような生徒の数だ。普段の利用者の数倍はいるだろう。
多くの者たちの目当ては窓際で本を読んでいる一人の女性。
ユリアーシア・リュセル……最近、学園に颯爽と現れて生徒たちの話題をさらっている召神だ。
時折ユーリは自分たちに視線を向けている生徒たちを見て柔らかく微笑む。
すると、その度に抑えた声で黄色い悲鳴が上がるのだった。
……………。
レンヤたちの教室、がやがやと賑やかな朝の風景。
「滅茶苦茶話題になってんじゃん、『図書室のユーリ様』は」
「んだなぁ」
声を掛けてきたニックにレンヤが相槌を打つ。
異界へ戻せない召神が校内にいるという話は第二学年全体に通達されていた。
見かけても節度を持った対応をするようにと。
早い話が、軽く流せないようなちょっかい掛けるなよ! という事だ。
同じ状態の召神がいるのなら同様の扱いとする、とも言われている。
しかしだ……。
「……つったって、いねえだろそんなん」
ニックの言葉に肯くレンヤ。
通常、召喚士と召神は召喚の魔道儀式によって呼び出されて契約を結ぶ。
召神と異界は紐づいた状態で契約され、その時に召喚主は自分の召神を異界から自由に呼び出し、また送り返す事のできる能力を得る。
ところが……レンヤにはこの能力がない。
二神とも既に何らかの方法でこちらの世界に来ておりそこに留まっていた状態で契約を交わしているので異界との接続がないのである。
つまりは……学園側も他にそんな召神はいないのがわかっていて言っているのだ。
不公平だという意見が出るのを先んじて封じ込めているのだろう。
「ブラザーはよかったよなぁ、自分の相方がどっちもキレイなお姉ちゃんでさ。……考えてもみろよ。召神がデケェ虫型だったりした場合の話をさ。共同生活はかなりキツイぜ?」
言われてレンヤが想像してみる。
自分の部屋に……乗れるくらいバカでかいカブトムシがいる画を。
黒光りする硬い表皮に覆われて大きく立派な角を持つ……。
「……結構イイんじゃねえかな?」
「お前は今、すげえ限定された何かを想像しただろ」
何を想像したのか目を輝かせているレンヤに半眼になるニック。
そして、二人は気が付いた。
教室の後ろの入り口の所に他のクラスの女子生徒が二人来ている。
彼女たちは中へ入ってこようとはせずに教室内を窺っており、明らかにレンヤを見ているのだった。
「あの人が……?」
「何だかパッとしないね」
囁き合っている女子生徒。
しかしその声はしっかりレンヤに聞こえてしまっている。
恐らくは……最近有名な「図書室のユーリ様」のファンの娘たちであろう。
ユーリが話題になってからというもの、召喚主は誰なのかを見に来る者がいるのだ。
二人が去っていってからレンヤは何とも言えない表情でニックを見た。
「パッとしない言われてたな、ブラザー」
「まだマシだよ。この前なんて廊下で顔を合わせるなり『ゲッ! この人!?』て言われたぞ。知らん娘に……」
グッタリしてレンヤは項垂れる。
「……くっ」
その時だ。
こらえ切れなかったかのような、抑えた短い笑い声が聞こえた。
そちらを二人が見ると、サッとそっぽを向いたのは黒い眼帯のブロンドの美青年。
「今……笑ったか?」
「知らん。言いがかりをつけるのはやめてもらおうか、レンヤ・クサナギ」
冷たく取り澄ましているベルトリュートだが、よく見てみればその肩が小刻みに揺れている。
レンヤが席を立つ。そしてベルトリュートのすぐ近くまでいって耳打ちをするかのように彼に顔を寄せる。
「ゲ!! この人!!? って言われたんだが……」
「ぼブッッッッ!!!!!」
囁くようにネットリと言うレンヤに遂にベルトリュートは思い切り噴き出した。
「ホラみろ笑ってんじゃねえかオメエ!!!」
「咳き込んだだけだ!! 知らんと言っているだろうが!!!」
ぎゃあぎゃあと喚き始める男子二名。
そんな彼らを「またやっとる」という目で見ているクラスメイトたち。
そろそろこの二人のこの関係もクラスの当たり前の光景になりつつある。
「……俺の知らんトコで仲良くなっちまいやがって。ジェラシー感じちゃうぜ」
揉みあう二人を眺めてヘヘッと軽く笑うニックであった。
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放課後……NEW自室に戻ってきているレンヤ。
とっても広い。
「……いや~、部屋にシャワーが付いてるってのは本当に便利だよなあ」
汗を流したレンヤの身体を甲斐甲斐しくタオルで拭っているユーリ。
気恥ずかしいからやめてくれと言っても彼女はやめてくれないのだった。
「まーた今日クラスまでユーリのファンが俺を見に来たぜ」
「おやおや、私はただ本を読んでいるだけなのだが……。どうしてそのような事になってしまうのだろうね」
ふふ、と少しだけ困った顔で笑いながらユーリはレンヤの頭をタオルでわしゃわしゃしている。
鏡越しにそのユーリを改めて見てみるレンヤ。
彼女はクールな雰囲気の美女なのだが、それと同時に凛々しい王子様的な雰囲気も兼ね備えている。
どうやら、そこが特定の方々にブッ刺さっているらしい。
「貴方の素敵な所が多くの人々に知れ渡ってくれるのなら、それは喜ばしくもあるが……。同時に少し寂しさと嫉妬を感じてしまうかな」
「ははっ……」
やや引き攣った渇いた笑いを浮かべるレンヤだ。
「ゲッ」とか「パッとしねえ」とか言われている事はわざわざ伝えなくてもいいだろう。
「そういや、ゼクさんの話は全然聞かないな」
「……ん?」
部屋着に着替えて戻ってきたレンヤをソファに寝そべってお菓子をつまみつつ雑誌を広げていたゼクロアが見る。
制服姿でだらけている彼女。
ちゃんと着ていたのは1日か2日くらいで、今はネクタイは取っちゃっているし胸元のボタンは開けちゃっているしで青少年のアレコレにちょっとよろしくない。
「あたしは静かな場所を見つけて寝てばっかだからな」
「フフッ、猫ちゃんだね……まるで」
涼やかに笑ったユーリは別にゼクロアを馬鹿にしたわけではないのだろうが、それでも金色の女神はちょっとムッとなる。
「あたしはもう学園なんてレンヤを通して散々味わってるから飽き飽きしてるんだよ。今更見に行きたい場所なんてない」
イヤそうな顔で口を尖らせているゼクロア。
「それなら君も私と一緒に本を読もうよ。あの図書室は素晴らしいんだ。素敵な恋のお話が沢山あるんだよ」
うっとりしているユーリ。
彼女は芸術というか、創作物全般を愛しているのだ。
書物を愛し音楽を愛し絵画を愛し演劇を愛している。
中でも特に愛や恋を題材としたものを好み、図書室ではそう言った物語を読み漁っているようだ。
「字ばっかだと眠くなるんだよ。あそこ漫画は置いてないしな……」
そんな彼女に何とも言えない表情で反応するゼクロアである。
その時、部屋の扉がトントンとノックされた。
「お、ベルトか?」
対応するべくレンヤがドアを開けると……。
まず目に飛び込んでくるのは、真紅の美しい長い髪。
「来たわよ、レン」
そこにはファルメイアのご令嬢が堂々と仁王立ちしていたのだった。
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……イグニス・ファルメイアがやってきた。
日中の男子寮に堂々と。
以前は深夜に窓からこっそりやって来たのに。
「イグニス!? おい、いいのかよ……。ここは」
「あんたは知らないでしょうけど、男女どっちも寮の三階は割と治外法権よ。かなりの事をやらかさない限りは見て見ぬフリをされるわ。助かったわ、あんたが移ってくれて。コソコソしなくてよくなったからね」
そう言いながらファルメイアが室内に踏み込んでくる。
なるほど、道理で三階は階段からして下の階とは別々になっているわけだ……と、納得させられつつ彼女を迎え入れるレンヤ。
む、と入ってきたイグニスを警戒するかのように口をへの字にするゼクロア。
しかしイグニスはそんなゼクロアの前を素通りしてユーリの真正面に立つ。
「こんにちは、初めまして。私はイグニス・ファルメイアよ」
「これはご丁寧に。私の名はユリアーシア・リュセル。召喚主共々よしなにお願いしたいね」
爽やかに微笑みあって互いに自己紹介をしている両者ではあるが……。
何故だろうか、レンヤは場の空気にどこかひんやりとした緊張感を感じるのだった。
「あなたに言われなくても、あるじクンの方はもう十分すぎるほどよしなにしているわ」
「そうだったのか。では私も負けてはいられないな……より一層励まなければ」
ふふふ、と笑ったイグニスとユーリ。
だけど二人とも目が笑っていない。
「君の事はレンヤを通して知識としては知ってはいたけれど……。こうして実際に会ってみると可愛らしい『親分さん』だね」
ん? と怪訝そうな顔になるイグニス。
知識としてしか自分を知らないはずのユーリが言う自分の呼び名。つまりは……。
「……あんたは私の事をそんなふうに思ってるってワケね」
「そっ、そのような事は……決して!!」
ないとも言い切れません! と続くのだがレンヤはそこを言葉にはしない。
どっちにしろ言わなくてももうバレている。
「まあいいわ。面倒見がよくて頼りがいがあるという意味なのでしょうし」
はぁ、と嘆息しつつイグニスは納得してくれた。
メチャクチャポジティブな解釈であるが大体あってもいる。
「とりあえず今日はじっくり話を聞かせてもらうから。学期末戦の辺りからの話ね。……何をどうしたらこういう事になるわけ?」
部屋を見回し、そしてユーリの上で視線を留めるイグニス。
「お紅茶をお願い」
そしてソファに優雅に座った彼女はナチュラルに飲み物を要求する。
すると無言で一礼したユーリがお茶を淹れにいくのだった。
………………。
学期末戦からは……本当にあれやこれやと色々な事があった。
かいつまんで話す事も許されなかったので一々詳細に語ったレンヤ。
「……なるほどね。どうして二体目の召神と契約できたのかはあんた自身にもわからないと」
「気が付いたらそうなってたからな」
ふむ、と小さく唸ったイグニス。
この時彼女の脳内には「Ⅴ」の数字の記された帝国の赤い旗が翻っている。
帝国軍第Ⅴ軍、七響天ギア・メルフィナ。
帝国でも最高の頭脳を持つとされる女。
彼女がレンヤに早くから目を付けていたのは、その内側にゼクロアが眠っている事に気付いていたからだと思っていたが……。
しかし、レンヤが二体目の召神と契約を果たしてもギアは目立ったアクションはしていない。
そこは想定内だとでもいうかのように。
こうなるとわからなくなってくる。
彼女の目当ては召神か? 召喚主か?
イグニスが無言で考え込んでしまったので部屋はなんとなく静かになった。
「とりあえず……」
数分間の長考の後、ようやく彼女は口を開く。
「今日私泊まっていくから。よろしくね」
「ぶおッッッ!!!???」
大層ビビったレンヤが中腰になっている。
見れば向こう側でゼクロアとユーリも驚愕の表情で固まっている。
「何よ……?」
「い、いや、泊まるって……。べべ、ベッドがございませぬし……」
たどたどしく必死に訴えるレンヤであるが、イグニスは意に介さない。
この部屋には三台のベッドがある。
壁際にレンヤの使っている大型ベッド。それに離れた場所にゼクロアたちが使っている普通サイズのベッド。
「二人だって十分過ぎるでしょう。あんたの寝台」
「おなッッッ!!!!??」
同じベッドで? という声が絶叫と混ざってヘンな鳴き声になった。
「今更恥ずかしがるような事ではないでしょ? 前だってよく一緒に眠っていたんだし」
はん、と鼻を鳴らしたイグニスが肩をすくめている。
「そんなんおしゃぶり咥えてウンコ漏らしてた頃の話だろ!!!」
「そこまで前の話でもないでしょ! どれだけ過去にしたいのよ!!」
慌てるレンヤに眉を吊り上げるイグニス。
実際は初等部に通っている頃までよく一緒に眠っていた二人。
「……イヤだっていうの?」
ジロッと睨まれたレンヤが心の中で白旗を上げる。
こうなるともう自分は彼女には勝てないのだ。
「あるじクンにはご納得頂いたのだけど、まさかあなたたちがダメとは言わないわよね?」
振り返ったイグニス。
二人して驚愕の表情で大口を開けて、はわわわわと硬直している召神たちは何も言えないのであった。
……………。
目と鼻の先にイグニスが……いる。
それはまあ、今までのレンヤの人生においてもそこまでレアなイベントというわけではない。
問題なのはここが同じベッドの中という事と。
……彼女は下着姿であるという点である。
いざ眠ろうという時になって、上着を貸すというレンヤに対して彼女はこう言った。
「必要ないでしょ。眠るだけなんだから」
何でもない事のように言うとイグニスはソファに向かってポイポイと制服を脱ぎ捨てていって……。
そして下着姿でベッドに入ってしまったのである。
明かりは落としたが眠りに入れるはずも無く……。
暗闇の中でレンヤの目は冴えきってしまっている。
「……ね、こっち向きなさいよ」
背後でイグニスの声がする。
まあ、どうせ振り返っても見えんかと壁を向いていたレンヤが身体の向きを変えた。
きっと、この闇の中……すぐ近く、ほんの間近にイグニスはいて。
彼女もきっと、こっちを見ているのだろう。
「触って、レン」
「!! それはッ……それは、もう、アカン。アカンです……イグニスさん……」
囁きかけてくるイグニス。吐息が鼻先に掛かる。思った以上に近い……!
必死に首を横に振って抵抗するレンヤ。
布団がもぞもぞと蠢く。
「何で敬語になってるのよ。……はぁっ、もう」
「!!」
布団の中で手首を掴まれた。
そして……引き寄せられたレンヤの手が何かに触れる。
これは、二の腕か。
(ひぃぃぃ、温けぇ! 柔らけぇよお!!)
手触りに全神経を持っていかれて頭の中が感触のみに埋め尽くされる。
これから自分はどうなってしまうのか……!!
臆してみたり期待してみたりでレンヤの脳内はもうグチャグチャだ。
しかし、それ以降のイグニスからのアクションがない。
おや? とレンヤが思ったところで再度自分の鼻先にイグニスの吐息が触れる。
さっきよりも若干熱を帯びた吐息……そういえば、触れている彼女の肌も若干体温がお高めのような?
(もしかして、これ……)
その時になって、ようやくレンヤは思い至った。
(イグニスも……恥ずかしい、のでは)
そう思った瞬間に冷静になった。
翻弄されるだけだったレンヤが落ち着いた思考を取り戻す。
そして、そんな彼の変化を幼馴染は敏感に感じ取っていた。
ふふ、と暗闇でイグニスが笑った。
見えてはいないがきっと優しい微笑だ。レンヤにはそれがわかった。
「……最近のあんたは、ちょっと生意気」
微笑を含んだ声でイグニスが囁く。
「この紅蓮のファルメイアに『焦り』なんていう気持ちを思い出させるなんてね」
その言葉の終わりに唇に柔らかい何かが接触していく。
これが二人の二度目のキスだ。
「今度はあんたからしなさいよ。……それじゃ、おやすみ、レン」
やがて、彼女のいる方から穏やかな寝息が聞こえ始める。
「……寝れん」
独り取り残された現実世界で、ギンギンに冴えた目で呟くレンヤなのであった。




