突然のお引越し
ユリアーシア・リュセルは天界の戦士。
戦うために生を授かったものだ。
数多の戦乙女の中でも特別に勇猛だった彼女は善なる神々の尖兵として数々の武勲を打ち立てた。
そんな彼女を多くの者たちが戦神の化身であると褒め称え敬った。
……ただ、性能がそうであるからといって性質までがそうだとは限らない。
「私は……恋がしてみたいんだ」
戦いの合間によくそんな事を考えていた。
長い聖戦が終わって仲間たちが天へと引き上げていく時に自分が地上へ残ると言ったのには、実の所はそんな浅ましくはしたない本音があった。
だけど、それを恐らくは見抜いていたであろう女神様は笑ってそれをお許しになった。
そしてユーリは眠りに就いた。
自分が目を覚ましたら、その時には……。
自分の瞳には……愛を捧げて共に歩む人の姿が映っているのだと、そう信じて願いながら。
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空中に無数の銀閃が閃き、いくつもの火花と魔力の欠片が散っていく。
ほんの十秒間足らずの間に繰り広げられた常人が目で追うことのできない高速の攻防。
対峙しているのは白銀の鎧の騎士と白銀の鎧の戦乙女。
召神アシュロッドと召神ユリアーシアだ。
鉄壁を誇る白銀の騎士の防御。
破れ得ぬ鋼鉄のカーテンの向こう側をユーリの鋭い剣閃がこじ開け覗き見る。
召神アシュロッド……あれほど上手く剣と盾を使う者をレンヤは見たことがなかった。
だが、そのアシュロッドの不沈の盾捌きをユーリは真正面から技量で超えていく。
……あのアシュロッドが。
防ぎ切れない、捌き切れない。
それほど鋭く速いユーリの剣。
虚空に静けさが戻る。
両者が空中で静止している。
盾を弾かれたアシュロッドの首筋にはユーリの剣の刃が当てられていた。
「……勝負あり、だね」
ウルフボブの青銀の髪を揺らして微笑んだユーリ。
アシュロッドが剣を納め頭を下げ……降参の意を示した。
これでユーリの三連勝だ。
彼女はいずれもアシュロッドの守りを巧みな剣捌きで突破している。
本気の戦闘ではない。
互いの武技を見せ合おうと言う軽い手合わせだ。
だから会場は地下の決闘空間ではなく、地上の修練場である。
お互いにとってはある意味因縁の場所とも言えるこの場に二人の召喚士が並んで立っている。
「大したものだ」
腕組みをして静かな声でそう言ったのは黒い眼帯をしているブロンドの美青年……ベルトリュート。
対戦相手の力量を素直に賞賛する彼の目にはもう以前のような暗い炎はない。
「悪かったな、急に」
付き合ってくれた彼に礼を言うレンヤ。
今日はレンヤから声を掛けた。
ユーリが召喚主に腕前を披露したいのだが適当な相手はいないかと言われたのである。
「構わない。模擬戦からはこちらも得るものがある。……俺もアシュロッドも高みを目指すのを諦めたわけではないからな」
二体の召神に視線を向けたままで言ってからベルトリュートは改めてレンヤの方を向いた。
「あっちの品のないのを捨てて、新しいパートナーに乗り換えたのかと思えば……二体目だと? どういうヤツだ、お前は」
はぁ、と疲れたように言う眼帯の貴公子。
ちなみに「あっちの品のないの」扱いされたゼクロアがちょっと離れた場所から「ああん?」とガラの悪い声を出して彼を睨んでいる。
「いや、それがなぁ……自分でもさっぱりわからん」
結局……レンヤが何故二体目の召神と契約ができたのかは謎のまま。
そもそもが別に「召神は一人一体」とどこかにルールが明記してあるわけでもない。ずっと昔からほぼ全ての召喚士が一体しか契約できなかったからそういうものだと思われているだけで。
つまりは超レアケースというだけで……初めからできる者はできるのかもしれないのだ。
この件に関しては学園を通してレンヤの後援者である帝国軍第Ⅴ軍団へ連絡がいっている。
それに対して第Ⅴ軍からの返答は「静観、現状維持」であったそうだ。
反社みたいな担任は「すぐ軍の研究施設へ連れてこい。解剖すっから! って話になると思ったんだがなぁ」とのたまってレンヤを震え上がらせた。
まあ解剖はこの人の反社ジョークだったらしいが、連れてこいと言われるとは本当に思っていたらしい。
何もないのならそれに越したことはないのだが……。
その静けさが不気味でもある。
「俺もお前に用がある、レンヤ。この後付き合ってもらおう」
「ほえ?」
不意にそんな事を言いだしたベルトリュートに呆気に取られるレンヤ。
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……………。
……広い。凄い広い。
やたらと広い。広すぎでは……?
宴会場か? とその部屋を見たレンヤの最初の感想はそれである。
「……何なんだよこの部屋は! 俺の二人部屋が十個くらい入るぞ!! いや、もっとか!!?」
けしからん、と背後のベルトリュートを振り返ってしかめっ面になるレンヤだ。
……ここは、レンヤも暮らしている学生寮の三階。
三階へはここに部屋を持つ生徒しか上がってはいけない事になっている。
こうして実際に部屋を目にすればその規則にも納得せざるを得ない。
こんな部屋見たら二階までで生活している学生たちが嫉妬で怒り狂う。
「だから、その『俺の部屋』が今日からここになる。荷物を移してこい、レンヤ」
言われたレンヤの表情が「無」になった。
無表情、無感情、無理解。全てが白く抜け落ちてしまって彼は停止した。
「……いや、気持ちはありがたいけどよ」
どう言ったものかと言葉を考えながらようやく再起動したレンヤが口を開く。
「ゼクさんがよく全裸でうろつくし、酒飲んで騒ぐから……俺ら置いたらお前も落ち着かねえぜ?」
「全裸!!!??」
一瞬ベルトリュートが物凄い目を剥いた。
前にナイフで襲われた時より迫力があったな……とレンヤは思った。
「おい、なんであたしの事ばっか言うんだよ」
興味深げに部屋の中を見回っていたゼクロアが不服げである。
そうは言われても部屋の中のあれこれを乱しているのは彼女だけだからしょうがない。
「……勘違いしているようだが、俺の部屋はここじゃない」
ようやく全裸ショックから立ち直ったらしいやや顔を赤らめたベルトリュート。
「俺の部屋はこの階の別の部屋だ。ここはお前たちの為に用意された部屋で、学園の許可も下りている」
「意味わからん。何でそれをお前がご案内してくれるんだ」
教師やら学園職員やらに言われるのならわかるが……。
同級生から来るような話ではないだろう。
「俺から話をするという事になっているからだ。ここを借りるにあたって我が家が……父が金を出している。卒業まで問題なく使えるだけの寄付金を学園に入れた。お前たちは何の遠慮もする事無くこの部屋を使えばいい」
「うおッッ!!? 何でだよ!!!??」
普通に通っても一年間の学費がレンヤの父親の一年間の稼ぎと同等のこのアルマギアス。
そこで更にこのブッ飛んだ大部屋を卒業まで大手を振って使えるようになる寄付金となると……ちょっと金額が想像もつかない。
ベルトリュートがやや視線を伏せる。
「お前たちには俺の事で随分と迷惑を掛けた。……その詫びだそうだ」
そう言って彼は口元をほろ苦く薄笑みの形に変える。
「迷惑? 別に掛けられてねえよ」
「それなら、俺のナイフの件の口止め料だとでも受け取ってくれ」
そう言われても元々喋る気ないしなぁ、とレンヤは口をへの字にする。
「……遠慮すんなよ。くれるって言ってるんだから貰っておけばいいだろ」
いつの間にか近くに来ていたゼクロアが言う。
「その通りだよ、レンヤ。あの部屋も趣はあったけど、貴方が時折窮屈そうにしていたのはわかっている。ここは彼らのご厚意に甘えるべきではないかな」
ユーリも肯いてゼクロアの言葉に同意している。
……確かに、今のあの部屋の生活にはもう限界は来ているのだ。
「わかった。そういう事ならありがたく使わせて貰うぜ。親父さんにもよぉーっくお礼言っておいてくれ。会ってもらえるなら直接行くんだが」
「いずれ機会があればな。家具はこちらで適当に揃えておいたがいるものがあるのなら言ってくれ」
言われてレンヤは改めて室内を見回す。
書斎机やダイニングセット……ソファや棚。なるほどいりそうなものは一通り揃っている。
「家具は姉が選んだ。お前たちはあまり華美なものは好まないだろうと言ってな」
「エルザ姉が……」
彼女の事を思い出すと胸がほんの僅かにチクリと痛んでいたレンヤであったが、最近はようやくその痛みを感じる事もなくなってきている。
言われてみれば部屋の家具はシックに統一されていて、華美さはないが趣味がいい。
貴族的にゴージャスかつエレガントな家具を並べられても落ち着かなかっただろうからエルザの見立てには流石の慧眼と言わざるを得ない。
最も、華美さがないからといってもお値段はしっかりゴージャスかつエレガントな家具なのであろうが。
ともあれ、こうしてシュラインゼック家の厚意によりレンヤのお住いの問題は解決した。
そして更に好転したものはそれだけではなかったのである。
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……………。
後日の事だ。
新たなレンヤの寮の自室(広い)にて……。
「……へへっ、どうだよ。レンヤ」
「正直な感想を言ってもらえるかな。貴方の目にどう映っているのかを正しく知っておきたいんだ」
ゼクロアとユーリ、二人の召神は新しい装束のお披露目にも堂々としたものだ。
今の二人はなんとアルマギアスの制服を身に纏っている。
ブレザータイプで女子もネクタイを締めるのが学園のスタイル。
二人の制服は第Ⅴ軍の指示で学園が用意してくれたものだ。
「すげえな! めっちゃ似合ってるぜ二人とも」
二人と同様にいつもより少しテンションが上がっているレンヤ。
普段生活を共にしている二人だが、それがこうして同じ学園の制服姿でいるのを目にすると新鮮な感動がある。
「二人とも大人の女の人って感じで見てたが、いざ制服を着てみれば十分学生で通用するなぁ」
女性の年齢など、とても見ただけで判別できるような目は持っていないレンヤであるがゼクロアとユーリはどちらも二十歳をちょっと超えたくらいかと思ってこれまで見ていた。
しかし、今口にした通りに二人とも制服姿になると十代後半でも十分に通用する。
ある時、学園に二神を連れてこいと言われて素直に従ったレンヤ。
待っていたのは女性職員たちによるゼクロアとユーリの採寸であった。
それはこの制服を用意する為のものだったらしい。
「……まあ、そういうワケでこれからは校内をウロつくんならその格好で頼むってよ」
ゼクロアとユーリを特異な召神たらしめている要素の一つが二人とも異界に戻せないという点である。
二人とも「元いた世界」との接続が途切れてしまっている状態なので現界からの一時的な退去ができない。
なので姿を消していて欲しい時は召喚主であるレンヤとの同化しかないが、これも二神同時は不可能。片方が同化している状態ではもう片方はレンヤの中に入れないのだ。
この「授業中は自由に活動できない実体化している召神を持て余している」というレンヤの事情は第Ⅴ軍を通して学園と共有され……。
その結果特例措置として他の学生の邪魔にならないのならという条件で、二神は学園敷地内での自由行動を許されたのである。
「……残念だよ。授業に参加できるわけではないのだね」
「まあ、流石にそこはなぁ」
残念そうなユーリにレンヤも困り笑顔だ。
学園の本音としては、軟禁はできないけどなるべくなら大人しくしててほしいと言った所ではあるまいか。
それが許されるなら自分の召神も出しておきたいと言う生徒も出てくるだろう。
これはあくまでも召神を異界に戻せないと言うレンヤの事情と彼の背後に第Ⅴ軍のギア将軍がいるという二つの要素がかみ合ってこその特例措置なのだ。
「あんなのわざわざ出たくて出るようなもんじゃないだろ……。あたしは来いって言われても絶対行かないぞ」
残念がっている様子のユーリを、なんだかおかしなものを見るような目で見ているゼクロアであった。
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黒鉄の帝国城ヴァルケンシオンス、帝国軍第Ⅴ軍研究室。
今日もレンヤに付いての報告書にデスクで目を通しているのは眼鏡のエルフ女性。
七響天、識天のギア。
「あっはっはっはっはっは!!」
今日の彼女は大喜び……というか、膝を叩いて大爆笑している。
一頻り笑った後で彼女は眼鏡を外し、ハンカチを取り出して目の端の涙を拭った。
「……はーっ、いやいや、畏れ入ったよ。それとも私は自分の先見の明を誇ればいいのかな? 実に難しい問題だ」
彼女が見ていた書類にはレンヤの近況と、そして彼が新たに召神として迎えた者……戦乙女ユリアーシア・リュセルのデータが記されている。
「二人目も『神格級』だよ。なんたる引きの強さ……!! いや、キミの言葉を借りるのならばこれは運命か!」
「ウンメイ! ウンメイ!」
大層テンションの高い主の言葉を受けてマックスウェルがバサバサと止まり木の上で羽ばたいている。
「……………」
振り返らず背後に何者かに書類を肩越しに手渡すギア。
大柄なシルエットがそれを受け取って無言で目を通している。
神格級とは……召神の性能による階級分けの最上位に位置する存在。
元いた世界で「神様」やそれに類する存在として扱われていた超強力な個体である事を意味している。
世の名のある召喚士たちが喉から手が出るほど欲している召神、それが神格級なのだ。
「レベル75の召喚士が扱う二体……。だが、もしもだよ。この二体が巧みに連携などしてみた日には、その脅威は足して150どころの騒ぎではないな!」
「ギア」
背後からシルエットが書類を彼女に返しながら呼び掛ける。
聞く者に不思議な安心感を感じさせる力強くも低く穏やかな男性の声だ。
「件の少年にもう一度会っておくべきではないか、ギア。そろそろ知らせるべき事は知らせておくべきだろう」
「ふむー……」
書類を受け取り小さく唸ったエルフ女性。
先程までの上機嫌さとは変わって彼女の表情がやや曇る。
「まぁ~、いきなり新情報をドバドバ与えてその場で決断しろというのも酷かぁ。……でも、私の口から聞かせるっていうのもなぁ。どうなんだろうねえ」
「それならば、少年にその件であれと話すように促すべきだ」
背後の何者かが虚空を見上げる様に顎を上げる。
「……それができなければ、どの道彼らに未来はあるまい」
憂うように、案ずるように……静かに声は告げるのであった。




