私が先だったなら
──遥か遠い昔のお話。
現代には記録さえ満足に残されてはいない太古の時代の物語。
地上界に侵略してきた悪神とその眷属たちと、地上界を守ろうとした女神とその眷属たちの間で天地を揺るがす激しい戦いがあった。
戦いは気が遠くなる程長い間続いた。
そして遂に悪神たちは地上界から追い払われ、女神たちもまた地上界を去る時がきた。
その時一人の女神の眷属がこう告げたのだ。
「大いなる母よ。私はまだこの地上界で為さねばならない事があるように思うのです。どうか自分がこの地に留まる事をお許しください」
女神は愛娘の訴えにこう答えた。
「愛しき我が娘よ。ならばそなたはいつか剣を預けるのに相応しい主が現れるその時まで眠りに就くのです。どうか、そなたの行く道を善き光が照らさんことを」
こうして一人の戦乙女ユリアーシアは己の身を石像に変えて……いつか来るまだ見ぬ主君との出会いの日を夢見て永い眠りに就いたのだった。
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それで、現在。
……どうしてこんな事になっているのだろうか?
そう疑問に思わずにはいられないレンヤ。
自分はただ清掃のバイトをしていただけのはずだ。
状況を端的に説明するならば……。
『掃除してたら石像の人(?)が実体化しちゃったんですけど』
ということになるか。
当事者の立場で経験したのではなく伝聞なら相手の正気を疑いたくなるような話である。
ともかく……自分だけでどうにも話を丸く収められそうもないのですぐに教師たちに助けを求めた。
初めは「何言ってんだコイツ」みたいな顔で聞いていた教師たち。
しかしレンヤが実際にユリアーシアを紹介すると徐々に「どうもコイツがイカれたって訳ではないらしい」という空気に変わっていく。
そうなると校内は俄かに騒がしくなった。
休日なのにかき集められる数十人の先生がた。
レンヤとユリアーシアはそれぞれ別々の部屋で、またも聴取やら色々な検査やらを受けて……。
なんとか解放されたのは日も傾き始める頃であった。
半ば途方に暮れながら寮へ向かっているレンヤ。
その斜め後ろにカシャンカシャンと鎧の鳴る音が続く。
……ユリアーシアだ。
付いてきている。
……………。
「……彼女なぁ、お前と契約した状態になっているぞ」
色々と魔術的な調査を行った結果、教師にそう告げられたレンヤ。
瘦せた神経質そうな彼は休日なのに駆り出された召喚システムに詳しい先生だ。
「でぇッ!!? いや、そんなん……だって俺、召神いますよ!!?」
驚愕して大口を開けたレンヤ。
契約できる召神は一人一体。
それはもう、この世界では子供でも知っている常識である。
より強い召神と契約するために前の召神と泣く泣くお別れする悲劇は絵本でも演劇の演目としても巷に溢れ返っている。
たまに結局前の召神と別れられず乗り換えをナシにするという王道のパターンを外した話もある。
「そうは言ったって実際そうなっちゃってんだからしょうがないだろ。……ああ、ホラあったぞ」
上を脱がされて調べられているレンヤの、その左腕の上腕部に召喚紋が浮かび上がっていた。
広げた一対の翼に見えるような紋章だ。
ゼクロアとの契約の召喚紋は右肩にあるので、これで二つ目の召喚紋ということになる。
自分に新たな紋章が浮かび上がったことに驚きつつも、ちょっと「パンツまで脱がされる前に見つかってよかった」とレンヤは胸を撫で下ろす。
「どうなっているんだお前の身体は」
「……いや、ホント……どうなってんすかね」
それを今世界で一番知りたいのはレンヤ自身である。
「詳しいことは後日だな。今日の所はとりあえず彼女を連れて帰れ」
「えっ、いいんですか?」
学園の地下で長期保存(?)されていた女性だ。
学園職員みたいなものではないのだろうか、とそう思うレンヤであった。
「いいも悪いもないだろ。学園は生徒が契約した召神を取り上げるような事はしない」
外したメガネのレンズを布で拭きながら気怠そうに言う先生であった。
……………。
そんなワケで、レンヤは今ユリアーシアを連れて寮に戻るところなのだ。
追従する彼女の背にはあの白い翼はない。
どうやら出したり消したりは自由にできるらしい。
「御寝所に案内して頂けるのだね。光栄だよ、我が主君」
ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せるユリアーシア。
最初は何となくクール系なのかと思っていたが、こうして見ると結構感情表現豊かな女性なのかもしれない。
「……あー、あの、ユリアーシアさん」
「どうかユーリと呼んでくれるかな、我が主君。親しき人たちは皆私のことはそのように。親愛の証として貴方からもそう呼んでもらえるのなら、これに勝る喜びはない」
自分の胸に右手を当てて涼やかに微笑むユリアーシア。
仕草が一々芝居がかっていて、それがなんとも華がある。
足を止めたレンヤがユリアーシアを振り返る。
「それじゃユーリ、俺のこともレンヤで頼む。どうもそのマイ道路ってのはムズムズして落ち着かんわ」
「お望みのままに、レンヤ」
柔らかく微笑んで優雅に一礼するユリアーシアであった。
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寮の自室に戻ってきたレンヤたち。
当然のように出迎えるのは金色の女神だが……。
「よう、遅かったじゃないか。……て、何だよ、ソレ」
レンヤが連れてきたユリアーシアを見ると露骨に顔をしかめるゼクロアである。
「なっ……」
そして、ユリアーシアはユリアーシアでゼクロアを見て酷くショックを受けている様子。
彼女は右の手の甲を額に当て、クラッとよろめく。
一瞬スポットライトが当たるかと思った、そのくらい画になっている驚きの仕草。
「レンヤ? これは……」
驚愕の相のままレンヤを見るとガバッと詰め寄るユリアーシア。
「これは重婚というのではないかな!? レンヤ!!!」
「コンて……」
それを言うのなら二重契約ではないのか。召喚の世界にそういうものがあるのかは知らないが。
悲壮感を漂わせて必死に訴える彼女に困ったなぁという感じで眉をハの字にしているレンヤ。
連れて帰る前になんとなく予想はできていたが、やはり不穏な空気になってきてしまった。
「……ふん、ここに自分の居場所がないって理解できたか? わかったんならさっさとどこかへ行ってしまえ。あたしとレンヤは忙しいんだよ。お前みたいのに構ってるヒマはない」
徹底してユリアーシアにはトゲトゲした態度を取るゼクさん。
自分の領域を侵されそうになっているという危機感からだろうか?
「おや、それは聞き捨てならないね」
金色の女神に向けてスッと目を細めたユーリ。
「私とレンヤは先程、互いに命果てるその時まで共に在ろうと誓い合ったのだ。その私が彼の傍に控える以上は君こそ不要! 今すぐに荷物をまとめて東の果ての海岸沿いの寂れた漁村へ旅立つがいい!」
「えらい具体的に行き先を指定してきた!」
そんなん誓ったっけ? と首を傾げる余裕すらない。
ゼクロアを放逐しようとしているユーリにビビらされているレンヤ。
「……ククッ、面白い」
ブワッと金色のオーラを噴き出す狂える女神。
肉食獣の笑みを見せてゼクロアがベッドの上段からふわりと降り立つ。
それだけで室内がミシミシと音を立てて軋み始める。
「お前、中々遊べそうだな。運動不足解消を兼ねてズタボロにしてやるよ」
「……へえ? それは素敵なご提案だけど」
ビリビリと肌で感じるゼクロアからの圧を涼やかに笑ってユーリが受け流す。
「ただ、そう思い通りにいくかな? ズタボロになるのは果たしてどちらだろうね?」
そして彼女も青白いオーラを噴出した。
「……ストォーップ!!!!!」
一触即発の状況になった二人の召神の間に全力で割り込んだレンヤ。
「喧嘩ダメ!! 絶対!! 二人が戦う……学園壊れる!!! 俺退学なる!! 追い出される!! 困る!!!」
「……なんでカタコトなんだよ」
必死の説得を試みるレンヤに半眼になるゼクロアであった。
というわけでどうにか二大召神の激突は回避されたのだが……。
問題はそこだけには留まらない。
「俺は床で寝るから、ユーリはベッド使ってくれよ」
……という訳だ。
流石にこの部屋で三人での生活はキツい。
就寝時間になってレンヤは誰がどこで眠るかで頭を悩ませている。
ちなみに、ゼクロアはいつものようにベッドの上段で既に寝息を立てている。
「そういう訳にはいかないよ、レンヤ。私と一緒に寝よう。少々手狭かもしれないが二人で身を寄せ合えばどうにかなるさ」
艶っぽく微笑しながら大胆にも同衾を提案してくる蒼の戦乙女にレンヤはドギマギしてしまう。
そんなもの刺激が強すぎて寝不足になる。
……結局、ああだこうだとやりとりがなされ、ユーリはレンヤに同化しその上でレンヤがベッドの下段を使うことになった。
……………。
その夜、レンヤは夢を見た。
ゼクロアとの再会を夢見つつ、召神のいない召喚士として雌伏の日々を送っていた頃の夢だ。
いつになるかわからないゼクロアの目覚めを待ちながら耐えていた毎日。
(この頃に比べりゃ今の俺の悩みなんかあってないようなもんだよな……)
そんな事を夢の中で思うレンヤであった。
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朝が来た。休暇の二日目がやってきた。
初日からなんだか激動の一日になってしまったものの、それでレンヤがするべき事が変わったというわけではない。
むしろ扶養家族が増えてしまったっぽい現在、お小遣い稼ぎはより喫緊の課題になってしまったといえるだろう。
「……じゃあ、掃除行ってくっから。頼むぜ二人とも」
昨日のように運動着に着替えたレンヤが出かけようとしている。
「ああ」
「行ってらっしゃい、レンヤ。どうかお気をつけて」
ゼクロアはぶっきらぼうに、ユーリは涼やかな笑顔でそれぞれ見送ってくれる。
(なんかミョーに素直だったな、二人とも)
自分は清掃に行く、二人は留守番をするというのはレンヤの提案であったがどちらの召神も素直に従ってくれた。
悶着があるものと身構えていたレンヤはちょっと拍子抜けしてしまう。
とはいえこの先のことを考えれば二人でいる事に慣れてもらわなければ……。
それができなければ自分の学園生活は破綻するだろう。
……………。
レンヤが行ってしまうと室内は微妙な空気に包まれる。
互いに時折相手をチラチラと窺っているゼクロアとユーリ。
いや、よく見てみれば相手の方を窺っているのはユーリか。
ゼクロアはその視線に気が付いてから煩わしそうにしている。
そうして、お互いの視線が何度目かのぶつかり合いを果たした時にとうとうゼクロアの方が我慢の限界を迎えた。
「……あぁ、もう! 何なんだよさっきから! 昨晩の続きがやりたいのか!!?」
「……………」
昨夜同様に金色のオーラを噴き上げたゼクロア。
しかし……ユーリの反応が薄い。
ゼクロアの啖呵に応じることなく彼女は冷めた視線を向ける。
冷たく乾いているようで……その実、深い部分にはじっとりとした湿度を感じる、そんな情念を感じさせる視線。
それにはさしもの狂える女神も思わず怯まざるを得ない。
そんな異様な迫力があった。
「……やらないよ、私は」
「あぁ?」
淡々と言うユーリにゼクロアが怪訝そうに表情を歪める。
昨日は結構勝負に乗り気だったはずの彼女が一晩で何故気が変わったのだろうか。
「昨日、レンヤの内部で眠って彼の思い出の一部を共有したよ」
ゼクロアと視線は合わさず、窓から遠くの景色を眺めながらユーリがぽつりぽつりと語り出す。
「彼が君のことをどれ程大切に思っているのかよくわかった。私は……大切な人が大事にしているものは、同じように大事にすることができるんだ。君はどうかな? そのくらい大人になってもらえるのかな?」
「……………」
無感情な語り口だが、それだけに胸を打つものがある。
そして、僅かな重苦しい沈黙の時間を挟んで……。
「……っ」
不意に、ユーリの目から涙が零れ落ちた。
耐えきれなかった感情が堰を切ったかのように。
「……本当はッ! 本当は……憎たらしいよ!!」
握った拳を震わせるユーリ。
「……悔しい! わたっ……私のほうが、先に……先に、出会えていたら……ッ!! やっと……ようやく、会えたのに……私の、大切なひと……」
俯いて大粒の涙を零しながらユーリは嗚咽を漏らし続けている。
「あー……」
その場の空気に耐え切れなくなったかのように気まずそうに視線を宙へ泳がせるゼクロア。
「泣かれたら……何もできなくなるだろうが」
やがて、はぁっと大きなため息をついた後で気まずそうにボヤく金色の女神であった。
…………………。
……………。
………。
時刻は間もなく夕刻。
予定していた清掃作業を無事に終えることができたレンヤが寮に戻ってくる。
流石に二日続けてとんでもイベントは発生せずに心地よい労働の疲れと安堵感を伴ったお帰りであった。
「はぁ~くたびれたぜ。ただいま~……」
寮の自室のドアを開くレンヤ。
すると、ぶわっと外へ漏れ出てきたある匂い。
「ぐあッッ!!!? 酒臭ええ!!!! ……ゼクさん飲んだのかよ!!!」
壮絶に顔をしかめながらレンヤは自分の部屋へ踏み込んでいく。
そう、今のレンヤの部屋には酒があるのである。
お礼のつもりか、学期末戦のちょっと後でエルザが送ってきてくれたのだ。
ゼクロアが特に好んだ銘柄の酒が何ケースも。
放っておくと一気に飲んでしまうのでレンヤがコントロールして少しずつ飲むようにさせていたのだが……。
「……どうしたこっちゃ、こりゃ」
部屋の中の様子を見て首を傾げるレンヤ。
周囲に無数に転がっている空の酒瓶。
そして彼の目の前ではゼクロアとユーリが肩を組んで仲良く酔い潰れている。
「ぃよお~っし、もっとだ~。じゃんじゃん持ってこい~………」
「わたしにはっ! まだ! 未来が……ある……むにゃむにゃ」
二人とも何やら幸せそうな寝顔でもごもご言っている。
見た感じ……そんなに荒れた酒宴でもなさそうだ。
「何をやってんだかな二人して……うおっ! 危ね!!」
転がっている酒瓶を踏みそうになりながらレンヤが二人に掛布団をかけてやる。
「まあ、ちっとでも仲良くなれたんなら、これでいいのか」
そうして……酒臭い空気の中で苦笑するレンヤなのであった。




