リベンジの季節
……最強の狂神が。
レンヤの召神が。
……見事なまで酔ってダメにされている。
「ふふっ、諦めなさいレンヤ。ゼクロアは助けてはくれないわ」
「……ッ!!」
反射的に立ち上がろうとしたレンヤであったが、その身体がガクンと大きく揺れただけで四肢は上手く言うことを聞いてくれない。
いつの間にか自分の右手に重ねられたエルザの手に異様な力が入っている。
片手の甲を押さえつけられているだけだというのに……全身の動きが封じられている。
一体……どんな武術を使っているのか。
「……着いたら彼女にはじゃんじゃかお酒を出すように私が予め指示をしておいたから!!」
「策士!!!!!!」
空瓶転がりまくってるからなぁ、と周囲をチラリと見て思うレンヤである。
さっきメニュー見たときに思ったがここのお酒ってどれも一瓶とんでもなく高かったような……?
ゼクロアがいくら分飲んだのかは怖くて考えたくない。いくら払いが自分ではないのだとしても。
「あなたは今日私と一緒に大人の階段を上るの。大丈夫よ、怖がらないで。優しく手を引いて導いてあげるから!!」
「いやああああッッッ!!! 俺が……俺が17年間守り続けてきた割とどうでもいいものが今、無残に刈り取られようとしているッッッ!!!!」
午後のお高いレストランの貸切ったフロアで、テーブルので手と手を重ね合わせ。
繰り広げられているのは緊迫した大人の恋の駆け引きなのかどうなのか。
「……少将閣下」
張り詰めた空気を破ったものは三人目の声。
見れば先ほど施設で同行していたエルザの部下がいつの間にかテーブル脇にいる。
彼らは別フロアで食事をとるように指示されていたはずだが……。
「どんな連絡もお前の所で留めておけと言ったはずよね……?」
レンヤの手を取ったままの体勢でその部下のほうを向いたエルザ。
その時の彼女はどんな表情をしていたのか。
それはレンヤからは見えなかったが、少なくとも部下の人が恐怖で顔を引き攣らせたのはわかった。
「で、で、ですがッ……ミラ様が……!!」
「!」
部下の人は喘ぐように言う。
その名前を聞いたエルザがクッと口惜し気に歯噛みする。
「ミラ様が、閣下にすぐお戻りになるようにと……!!」
「………………」
エルザが手を放す。
その瞬間、レンヤを押さえつけていた目に見えない重さが消える。
目を閉じて軽く首を振ってエルザが席を立った。
「彼らを学園に送ってあげて。ご婦人は丁重に」
彼女の指令に敬礼して御意を示す部下の人。
そうして……立ち上がったエルザはレンヤを見た。
「残念ね……。また会いましょう、レンヤ」
寂し気な微笑みを一つ残してフロアを出ていくエルザであった。
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かくして……死地を脱したレンヤ(大袈裟)
学園に送り届けられた彼は複雑な思いを胸中に抱きながら自室へと戻ってくる。
「ただいま~。戻ってきたぜ、ゼクさん」
スルリと幽体離脱させるかのようにレンヤは自分の身体からゼクロアを引っこ抜く。
ベロンベロンの状態の彼女を駐車場からここまで出したままで連れてくるわけにはいかずに同化していたのだ。
お陰で自分まで何だか酔ったような気分になる。
「ン……何だ? ここは。えらく狭くて殺風景な部屋だな……」
「そりゃすまんかったな。学生寮にそこまでのモンを求めねえでくれ」
まだトロンとした目で周囲を見回しているゼクロアにやれやれとレンヤは肩を竦めた。
どうやら自室に戻ってきたこともまだ認識できていないらしい。
噂では一部の生徒には特別な個室が宛がわれているという。
高級ホテルのスィート並みの部屋なのだとか……。
親が特別な権力者であったりとか、そういった生徒の話だ。
ベルトリュートも該当しているが、彼は豪華な個室暮らしなのだろうか……。
そんな事をふと考えるレンヤだ。
…………。
同時刻、帝国軍第Ⅲ軍本部……将軍執務室。
「失礼致します。ミラ閣下、御呼びとのことで参上致しました」
カツン、とブーツの踵を鳴らして敬礼したエルザ。
「……おお、来たかエルザ。待っていたぞ!」
ソファの後ろからひょっこりと顔を出したのは……ピンク色のボリュームのあるツインテールの美少女だ。
美少女? というよりは美童女かもしれない。
どう見てもお子様。
ちょっと目尻が吊り上がり気味で勝気で可愛らしい顔立ち。
……しかし彼女は将軍の身に纏う黒の軍服姿。当然サイズは特注。
子供に見えても実際はエルザよりも年上だ。
帝国軍第Ⅲ軍司令官ミラ・メティス・グリモワール。
「見てくれエルザ!!」
言いながらミラが取り出したものは……男の子が好むであろうロボットの玩具。
あちこち稼働するだけではなく、戦車状態に変形もするちょっとお高い玩具である。
ちゃんとスプリングでロケットパンチも飛ぶ。
「ボクの大事なグレートジュウロクモンのツノが取れて落っこってどっかいっちゃったのだ!! お前も探すの手伝ってほしいのだ」
「……………」
敬礼の姿勢のまま……エルザは白目を剥いていた。
それだけではなく彼女は小刻みに震えている。
「……オイ、七響天」
そしてその半開きの口からビブラートのかかったかすれ声が漏れたのだった。
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激動の週末は過ぎ去り新しい一週間が始まる。
登校しながらレンヤがぼんやり頭に思い浮かべているのはクラスメイトの姉弟の事だ。
姉も弟も自分に強烈な印象を残している。
密かに必死の鍛錬を積んでいたベルトリュートと、なにやら姦計を巡らせて自分と深い関係になろうとしたエルゼリエル。
(しっかし、なんつー姉弟だ。どっちも別方向から人の心に傷跡みてーモンを残していきおって……)
そこまで考えてレンヤは首を傾げた。
そもそも自分は姉の方はどう思っているのだろうかと。
とりあえず昨日は必死に抵抗したが……。
(めっちゃ美人だし色っぽいしな。オマケに料理も上手いし……んん? なんかそんな人に言い寄られてるのか俺は。もしかして人生でそうそう何度も来ねえラッキーなモテ期が来ちゃってるんじゃねえのか?)
弟と自分の関係を考えて最初は近づくべきじゃないとちょっと距離を取ろうとしてみたりはしたが、その事を考えなければ拒む理由はない気がしてきた。
拒む理由がないどころか……。
(う~む……)
そんなレンヤの脳裏をゼクロアとイグニスの横顔が過っていく。
どちらも自分にとっては大事な女性だ。
そして方向性は違うもののどちらも自分にとっては距離が近すぎる。
ほぼ家族のような存在なのだ。
イグニスだってキスは交わしたものの、「好きです」だの「付き合いましょう」という感じではなかった。
彼女はレンヤを自分の所有物だとみているフシがある。
(お前の就職先はワシが面倒見てやる心配すんな!! ガハハハ!! って感じだもんなぁイグニスは)
なんだか幼馴染に剛腕のワンマン社長のオッサンみたいなイメージを持っているレンヤである。
ファーストキスも、なんか知らん奴に取られるのもモヤるしこっちで取っとくか、みたいな感じなのかもしれない。
(イグニスだってゼクさんだって、俺にカノジョができたってなったら喜んでくれるじゃねえのか? いや喜びはしねえか。だから何だ、みたいな感じかね……)
どうもその辺の反応は予想し辛い。
そもそも自分は恋の駆け引きや機微など何もわからぬ……超童貞ゆえに。
朝から悶々としつつ校舎に入るレンヤであった。
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朝のHRになった。
担任のパンチパーマでコワモテで反社みたいな外見の担任教師が入ってくる。
起立礼を終え、本日の連絡事項。
「あ~、今日から学期末選抜の申し込み期間に入る。そのつもりがある奴は俺ンとこ言ってくるように」
学期末選抜戦……!!
そういえばもうそんな時期か、とレンヤは思った。
学期末選抜とはクラス単位の希望者による召神同士の模擬戦である。
希望者たちが勝負して、勝ち残った者が学期末のクラス代表生徒になる。
そして学期の代表生徒になった者たちによる最終決戦が学年末の年度代表生選抜戦。
年度代表生徒が「その学年での最強」とされるワケだ。
去年の……一年生時のこの年度代表生徒がベルトリュート・シュラインゼック。
そのまま進級してきているので彼に対する現時点での「学年最強」の認識はまだ揺らいでいない。
そして、二年生の一学期のこのクラスの代表生徒も当然ベルトリュートだ。
彼はニコラスの挑戦を退けて一学期の代表となった。
通例として一度代表になった者は他の学期の代表戦には参戦しない。
二回学期末代表になるメリットは特にないどころか、無駄に学年末戦の出場者を削られるので良い顔はされないからだ。
なのでベルトリュートは今回は出場しない。
……誰もがそう考えていた。
ガタッと椅子がなってクラスの視線がそこへ集まる。
ベルトリュートが起立していた。
ん? と担任が怪訝そうな顔をする。
「……学期末戦に出ます」
そしてブロンドの貴公子ははっきりとそう宣言をする。
えっ? とクラス全体に困惑した空気が広がる。
スマートさが身上であるはずの彼が何故無駄な戦いを望むのか。
「レンヤ・クサナギ」
立ち上がったままベルトリュートはレンヤを見た。
「俺の挑戦を受けろ。学期末戦でな」
「ぶおッ!!!?」
驚いて噴き出したレンヤが思わず腰を浮かせかけた中途半端な姿勢で固まる。
クラスがざわつく。困惑した空気を衝撃が上書きした。
「……なんでクサナギ?」
「あのウワサってマジだったのかよ」
周囲で囁くクラスメイト。
「いや、待てよ。俺は出る気は……」
慌てて言いかけて……そしてレンヤの言葉が途中で途切れた。
ベルトリュートの目を、その視線をまともに浴びたからだ。
執念を感じさせる強く鋭い眼光を。
現役の帝国軍人たちを相手に激しいトレーニングを重ねていた彼の姿を思い出す。
(……いや、出ませんですじゃねえだろ。俺はなんのために学園にいるんだ?)
行けと言われたから? 逆らえない相手から。
……そうではないはずだ。
今の自分にはゼクロアがいる。
それなのにまだなるべく注目を浴びないように、ひっそりと学園生活を送るのか?
『俺はゼクさんに相応しい召喚士になる為に勉強してるんだからさ』
先日口にした自分自身の言葉が耳の奥に木霊している。
イグニスと勝負して……そして敗れた日の事を思い出す。
悔しさも悲しみも通り越して心が麻痺してしまったようになったあの時のことを。
『あんたはあんたのペースで強くなりなさい』
イグニスはそう言っていた。
臆病に、慎重に立ち回れという意味ではあるまい。
時と相手をよく見極めろと言いたかったのだろう。
この男は……。
ベルトリュート・シュラインゼックは。
レンヤにとって避けて通れない相手だと思った。
「よし……」
ガタン、と椅子を鳴らしてレンヤも立ち上がる。
そうして改めてベルトリュートの鋭い眼光を真正面から受け止める。
「いいぜ。戦ったろうじゃねえか」
おおっ、というどよめきがクラスに広がった。
学年最強の男の挑戦を……よりにもよってつい最近まで召神もいないでクラスのお荷物だったはずの男が受けたのだ。
「オ~ィ、ちょっと待ってくれよな。勝手に二人だけで盛り上がってくれちゃってよぉ」
うんざりした様子でそう言いながら軽く挙手をしているのはニコラスだ。
「俺だって出るつもりだぜ?」
雪辱を果たす機会を狙っていたのは何もベルトリュートだけではないのだ。
ニコラス・J・マクドゥーガル……彼もまたベルトリュートへのリベンジを誓い、そのチャンスを虎視眈々と窺っていた。
どちらにせよ出る気ではあったが、今回はその再戦は望めないと諦めていたのに相手が出てくるという。
がぜん燃えているニコラス。
チャラい二枚目として過ごしているが、この男の本質も戦士なのだ。
成り行きを見守っていた反社みたいな見た目の担任がやれやれと嘆息する。
「まあ、まだ申請期間中だがよ。このまま他に誰も出てこないようなら、クサナギとマクドゥーガルが戦って勝者がシュラインゼックと戦うって事でいいか?」
「いえ、待ってください先生。最初に自分とクサナギが戦います。勝者がマクドゥーガルと戦えばいい」
担任の言葉を首を横に振ってベルトリュートが拒否する。
えぇ……といよいよ担任は反社みたいな顔を困惑に歪める。
「だってよ……どうする?」
レンヤたちに担任が確認を取ってくる。
黙って肯くレンヤ。彼にしてみればベルトリュートと戦うために出るわけで、代表生徒云々は現時点ではどうでもいい。
「俺もそれで構わねえっす。勝手にシードが転がり込んできたようなもんだ。クレバーに利用させてもらうぜ」
ニッと笑ってウィンクし、親指を立てるニコラスであった。
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放課後、寮の自室に戻ったレンヤは早速ゼクロアに学期末代表戦の事を報告する。
二人で戦うのだ。意識と呼吸を合わせておく必要がある。
「へぇ、あいつとねえ……? まあいいんじゃないのか。相手としちゃお手頃だ」
お手頃扱いされている……。
寝そべって漫画雑誌を読みながらレンヤの話を聞いているゼクロアには、その話題は大した衝撃は与えられなかったようだ。
一度圧勝しているしそういう意識になるのかな、とレンヤは思った。
ただ今のベルトリュートはこの前ほど楽にはいかないはずだ。
「あいつ、前戦った時は大分ガタガタだったからな。ま、だからあたしもお前に直に殴らせてやろうと思ったんだけどな。次やるとなればああいう感じでパパッと片付けるってわけにはいかないだろ」
……やはりそうだったのか。
自分が召神を出したことがそんなにショックだったのか、あの時のベルトリュートはメンタル面で崩れかかっていたようだ。イグニス戦の時の自分のような感じか。
それを見抜いてゼクロアは「同調」でレンヤ自身に戦わせることを選択したというわけだ。
そしてふと気が付くレンヤ。
いつの間にか雑誌を閉じていたゼクロアが身を起こして胡坐をかいてこっちを覗き込んでいる。
「あ、あのさ」
「ん?」
何やら言おうとしているゼクロア。
微妙に視線が泳いでいる。
「あいつに勝てたらさ。あたしもなんかお前にご褒美をあげたほうがいいかなー、なんて思ってるんだけどさ」
「え? いいよそんなん。水臭いな」
怪訝そうな顔で拒否するレンヤ。
自分たちはそんな他人行儀な間柄ではないと彼は思っているのだが……。
「なんで拒否するんだよお前はッッッ!!!!! 元の形わかんなくなるくらいまでめこめこにされたいのかッッッ!!!!」
「すいません頂きます!!!!!」
突然ゼクロアに見たこともないようなレベルでブチ切れられて必死に謝罪する羽目になった。
「……で、何をそこまでして下さろうと?」
「い、いや、何ってお前……それは……」
何故だか見る間に茹でダコのようにゼクロアの顔が真っ赤に染まっていく。
「そんなもんあたしの口から言えるわけないだろ!!!!! このどスケベ!!!!!」
「すいませんスケベで!!!!!」
またもブチ切れられて土下座で平伏するレンヤであった。




