覗け、白鳥の水かき
何故だか二日続けて学生寮のレンヤの部屋を強襲して酒を飲んで管を巻いたり美味しい晩御飯を作っていったりした謎のクラスメイトの姉、エルザさん。
三日目も来たらどうしようかとレンヤはビクビクしていたがそのような事はなく……。
彼女の来訪はぱったりと止んで何事もなく一週間ほどが過ぎ去った。
「……結局ありゃなんだったんだろうなあ? 今から考えれば年上の美人さんが部屋まで来てご飯作ってくれるとかとんでもなくラッキーな状況だったんじゃねえのか? もうちょいじっくり味わっとくんだったかな」
腕組みをしているレンヤが、うーむと唸った。
ちなみに彼女の作ってくれた料理は想像していたよりは庶民的な献立であり、かつ文句なしに美味しかった。
とはいえ当時の自分は疑念と困惑で落ち着いて舌鼓を打つ余裕もなかったのも事実。
「……なぁ、お酒ないのか? 持ってきてくれよ~。二人でやろうぜ」
……そして、ゼクロアはあの一件ですっかり酒の味を覚えてしまった。
これはあまりよくない傾向である。
寮で酒を飲ませてくれと言われても要求に応えてやる事は難しい。
「ムリだってそりゃ。ガマンしてくれよゼクさん。寮は……っつか学園敷地内は完全飲酒禁止だ」
「そんなのバレなきゃいいだろ。なぁ~、お願いだよ~。お酒飲みたいよ~」
甘えた声ですり寄ってくるゼクロア。
首筋に縋りつかれて彼女のいい匂いがしてレンヤの規律順守の精神がグラグラと揺らいでいる。
「そっ……そうはいかねえんだってば!! ダメなもんはダメなの!! わかってくれよ……俺は人の金で学園に通ってる身なんだからよ。流石にそこまでメチャクチャはできねえよ」
校則違反といえばゼクロアを好きにさせていることもそうなのだが、そっちはなんとかレンヤは自分の中で折り合いを付けた。
しかし流石に飲酒は許容できない。
自分は飲まないからいいだろうという言い訳も自分自身に通らない。
今口に出して言ったようにレンヤは七響天のギア将軍の援助で学園生活を送っている身だ。つまりは彼の莫大な学費は帝国の税金によって賄われているということ。
その辺りを割と堅苦しく考えているレンヤは日ごろから結構模範生として過ごすべく己を律しているのだ。
イグニスに言わせれば「考えすぎよ。もうちょっと楽にしてもいいのに」という事なのだが。
「俺はゼクさんに相応しい召喚士になる為に勉強してるんだからさ。協力してくれよな」
「……む。なんだよ急にちょっと可愛い事を言うな。そういう事なら……しょうがないか……」
どうやら説得は功を奏してくれたようだ。
満更でもない様子で引き下がるゼクロアであった。
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そうして迎えた週末。学園は休みの日。
今日のレンヤは机の住人。朝からテキストと向かい合っている。
このエリートばかりの通うアルマギアスで座学の成績で学年上位三割以内を常にキープしているレンヤ。
その努力も並大抵のものではないのである。
(うおおお脳みそから煙吹きそうだ!! けど最近は色々あってあんま勉強時間取れてねえからなぁ。やれる時にガッツリ進めねえと……)
等と彼がテキストの難問に大いに渋面になっていると……。
「ハァイ♪ レンヤ! 今日もしっかり青春してる?」
「……うおッッッ!!!?? 忘れた頃にまた出たクラスメイトの姉ッッッ!!!!」
突然バーンと開け放たれた部屋の入り口から突入してきた褐色の肌の色っぽいお姉さん。
言うまでもなくそれはエルゼリエル・シュラインゼックなのであった。
「オバケ出たみたいに言わないでよ」
頬を引き攣らせて自分を見ているレンヤにエルザが口を尖らせる。
「あれ……」
そして、彼女の格好を見たレンヤはスッと真顔になった。
今日のエルザは黒い軍服姿……帝国の上位将官の制服だ。
おまけに彼女は一人ではなかった。背後に二人、恐らくは部下であろうやはり黒い軍服姿の男二人が腰の後ろで手を組んで直立姿勢。
「な、なんですかね……これは」
自分の部屋の入口に立つ三人の黒軍服の放つ威圧感にたじろぐレンヤ。
「デートのお誘いよボウヤ。さあ外界の空気を吸いに行きましょう。エスコートは私が務めさせてもらうわ」
エルザはそんな彼に向ってフフッと妖艶な笑みを見せつつ、一枚の白い書類を出してヒラヒラと振って見せた。
それは……学園の外出許可証だ。レンヤの名前が記されている。
どうやら彼女は堂々と規則に則って今日はレンヤをどこかへ連れ出すつもりらしい。
「……ん? なんだなんだ?」
下でガヤガヤやっているので目を覚ましたらしいゼクロアがベッドの上段でムクッと寝ぐせだらけの頭を持ち上げたのだった。
……………。
黒光りする重厚な鋼のボディが滑るように帝都の大通りを過ぎていく。
大型の蒸気式乗用車。
現在レンヤたちはそれに乗って移動中である。
「わははは! おい見ろレンヤ! 凄いぞこんな重たい鉄の塊が勝手に走ってる」
窓の外を流れる街並みを眺めつつゼクロアはすこぶる上機嫌だ。
しかし同じく初めての自動車であるレンヤにそんな余裕はない。
(ヒィィィ速え! 何でこんなスピード出せるんだ意味わからんわ!!! ば、馬車……やっぱ俺は馬車の方がいいかな……お馬さん大好き……!!!)
後部座席で全身を強張らせカチカチになっている彼は自分たちを連れ出したエルザに行き先を尋ねる余裕もないのだった。
特別仕様車であるこの車は後部座席がとても広く二列のシートは前後で向かい合う形に配置されていた。
レンヤたちの前にはエルザが座って短めのスカートから伸びた黒タイツの長い足を優雅に組んでいる。
「ふふ……」
そんな彼女は思い思いの様子で初めての自動車を満喫……? している様子の二人を眺めて満足げに柔らかく微笑んだ。
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ドーン、という効果音が聞こえてくるかのようだ。
「……………」
初めての自動車に圧倒され、降りたら降りたで今度は着いた先に圧倒されているレンヤ。
目の前に聳え立っているのは黒鉄の巨大施設。帝国城の一角をそのまま取り外して持ってきたかのような建物だ。
そして敷地自体もかなり広い。
(……帝国軍第Ⅲ軍)
施設の各所にはためいている赤い旗。
記されているのは黒い帝国の紋章と白い「Ⅲ」の数字。
「ここは本部よ。第Ⅲ軍のね」
ポカンと建物を見上げて動かないレンヤに後ろからエルザが声をかけた。
「いや……いいんですかね」
自分みたいのをこんな所に連れてきて……という意味だ。
その辺りの規約についてレンヤはまったく知らないが、ここが部外者を軽々しく迎え入れていいような場所ではない事は物々しすぎる雰囲気で嫌というほど感じられる。
「見学の許可は得ているけど、連れてきたのがあなただとわかったらほんの少しだけ面倒な事になるかもしれないわね」
エルザは人差し指を立てて自分の唇に当てる「お静かに」の仕草。
「ゼクさん、静かにしろって」
「あたしはいつも静かだろうが」
何故か腕組みして自信満々のゼクロア。
堂々と噓をついているのかそもそも自分が騒々しいという自覚がないのか……。
………………。
施設内の廊下を行く一行。
先導はエルザでレンヤとゼクロアが続き、後ろからエルザの部下二人が付いてきている。
背後の二人は護衛と、それから二人がおかしな事をしないかという見張りも兼ねているのだろう。
エルザの手配というよりかは、恐らくはそうしなければならない規則なのだ。
「第Ⅲ軍とシュラインゼック家は縁深いのよ。パパもここの出で後援者の一人だから」
施設内だからかいつもよりも若干抑え目の声で話すエルザ。
「だから私は第Ⅲ軍以外でって配属希望を出したんだけど、結局忖度されてこうなってしまったわ。私はそういう家のしがらみから離れて仕事がしたかったのに」
「そ、それは……なんと言やいいんでしょうかね……」
そのしがらみの本拠地でする話ではない気がするし、部外者である自分に聞かせる話でもない気がする。
愛想笑いをしつつちょっと目が虚ろのレンヤだが……。
「?」
その時、彼の耳にある音が急に飛び込んできた。
ちょっと音は遠かった気もするが……。何かが、金属質の固いものがぶつかったような「ガン!」という音だ。
一度で終わりではない。音は不規則に何度か続いて聞こえてきている。
「……………」
同じ音を聞いているであろうエルザが再度人差し指を立てて「静かにね」と視線で語った。
どうやら……目的地はもうすぐらしい。
……………。
広く長い通路。
この廊下の壁の向こう側は相当に広い空間なのか。
やがて見えてくる大きな両開きの鉄扉。
無骨な濃い灰色のそれには四角い小窓が取り付けてあった。
その小窓をエルザは指さしてレンヤを見る。
どうぞ、と言った様子で。
覗いてみろ、という事か。
「…………おっ」
小窓を覗いたレンヤ。
その視界に映ったものが何であるか、それを悟った時に思わず彼の口から小さな声が漏れ出ていた。
扉の向こう側は学園の修練場に似た、近代的ながらも無骨な空間。
そこで二人のトレーニングウェア姿の召喚士が互いに召神を出して模擬戦闘を行っている。
その内一体は黄銅色の重装甲で全身を覆った馬の頭の獣神型召神。両手で斧槍を構えそれを小枝のように軽々と振り回している。
そして、もう一体が……。
(アシュロッド……)
そう、それは白銀の騎士……英霊型召神アシュロッド。
となればその使い手は当然……。
「……くッッ!! お願いします!!!」
汗まみれで呼吸を乱しているのは……ベルトリュートだ。
対する馬頭の戦士の召喚主はどう見ても成人している男性。こちらは恐らく第Ⅲ軍の軍人なのだろう。顔付や所作がプロフェッショナルな軍属である事を感じさせる。
その軍人は汗一つかかず涼しい顔。
両者の実力にそんなに差があるのかと思えば、そうではない。
壁際に一人、座っている別の軍人がいる。
こちらは汗をかいており若干肩が上下していた。呼吸が乱れている証拠。
つまり、馬頭の召神の主人は交代直後だったということだ。
互いに礼をしてから召神をぶつけ合わせる両者。
鳴り響く打撃音。まるで嵐のような馬頭の召神の猛攻をアシュロッドが盾で捌いている。
先ほどから聞こえてきていたのはこの音か。
……そうして、少しの間実戦さながらの訓練を行った後に馬頭召神の主人は一礼してから次の軍人と交代した。座っていた人ではないまた別の、三人目の軍人。
この状況から推測するに、どうもベルトリュートは本職の軍人たちを相手にして鍛錬しているようだ。
軍人は複数いてどんどん交代しているのにベルトリュートはずっと戦っている。
「どう? 弟も頑張っているでしょう?」
小声でそう言われてエルザを見るレンヤ。
セリフにしては姉は嬉しそうでも誇らしげでもない……淡々とした調子であった。
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エルザが見せたかったものは、弟が第Ⅲ軍の正規の軍人たちを相手にして過酷な鍛錬を積んでいる所だったらしい。
その後、そっと現場を離れたレンヤたち。
施設を出るとエルザは今度は彼らをレストランへと連れていく。
非常にお高そうなお店である。
メニューからして意味不明だったのでレンヤたちは注文からエルザに丸投げするのであった。
……………。
「……あいつ、俺にやり返したくて、あそこまでやってんですかね」
食事を終えて一息付いた頃になってレンヤがぽつりと呟く。
食べている間もその事がちらちらと頭に浮かび続けていた。
……まあ、それでも出てきた名前も知らない数々の料理は凄く美味しかったが。
「どうかしらね。そうかもしれないし、単に不甲斐ない自分を鍛え直したかっただけかもしれない。……私が聞いた所で弟は答えてくれないでしょうからね」
聞けばベルトリュートが父親に働きかけて週末の度に第Ⅲ軍で軍人相手に修練を行うようになったのはレンヤに敗れた直後からだという。
同機はともかくとして、開始の理由は間違いなく自分だろうとレンヤは思った。
「なんで修練を見せようと……?」
「そうするべきだと思ったから、かしらね。……案外それは口実で、今のこの時間が本命かもしれないわよ」
どことなく潤んだ瞳で自分を見つめながら微笑むエルザにドキッとして鼓動が早くなるレンヤ。
何とも言えないぞくっとした甘い痺れのようなものを感じる。
これが大人の色気というやつなのか……?
(これは煙に巻かれている……? んだよな?)
慌てて自分にそう言い聞かせるが、それにしては……何だか、こう。
(色っぽ過ぎやしませんかねお姉さん! 青少年の育成に悪いですぞ!)
慌ててコーヒーをがぶ飲みして気を落ち着ける。
苦すぎてあんまり美味しくない。
コーヒーの味がわかるにはまだ若いレンヤである。
「私ね、これまで二人の男性とお付き合いしてきたわ。どちらも同じ第Ⅲ軍の軍人で、どちらも年上だった……」
あ、またこれ自分が聞いていいかすごい疑問に感じる話題だ。
ここまでくるともう流れが読めるレンヤであった。
「最初の男は私に軍を辞めて家庭に入れと要求してきたの。それが受け入れられなくて破局したわ。二人目は私の方が昇進してしまったら気分を害したらしくて、疎遠になってそのまま」
物憂げに目を閉じてハァと湿った吐息を漏らしたエルザ。
「もう年上には懲り懲りかな。……それで、次に誰かとお付き合いするなら年下がいいかなって思っているの」
「いや、同い年なんてのは……」
言いかけて……言葉が途中で止まる。
いつの間にか机の上の自分の手に伸ばしてきたエルザの手が重ねられている。
暖かい。
柔らかい。
「……ふふっ、ダメよ。お姉さんに意地悪を言っちゃ」
(……アカン!! ピンチだ!! 助けてくれゼクさん!! そういやどうしてさっきから何も言ってくれないんだよゼクさん!!!)
必死に脳内で救援信号を送るレンヤ。
レンヤの召神であるゼクロアには確実にSOSが届いているはずなのだが……。
そう思って隣を見てみると。
「うっひ~……なんっか、屋内なのに星が見える~。そして全てが揺れてる~」
そこには大量の空瓶に囲まれてへべれけになっているゼクロアの姿があったのだった。




