内通者? 通い妻??
帰ったら部屋に知らない酔っ払いの女がいた……。
オマケにその女は自分のことをあの因縁のクラスメイト、ベルトリュート・シュラインゼックの姉だと名乗るではないか。
うちの弟に何してくれとんじゃ! と文句でも言いに来たのかと一瞬考えるレンヤ。
だがそれだと自分が戻る前にへべれけになっているのが意味不明である。
自分の名前を知っているという事は何もわからずこの部屋に来ているわけでもないだろう。
もしかしてクラスメイトだから弟の友人だと思われてる?
だとしたら早めにその誤解は解いておかないと後々厄介なことになりそうだ。
「あのですな。お姉さん、言いたかねえんですけど俺お宅の弟サンとあんま仲良くねえんですよ」
「そーだってねぇ。知ってるわよ~」
仲良くないどころか非常に殺伐としていて剣呑な間柄であると言わざるを得ない。
ところが、そこをすんなりとエルゼリエルは認めるのだった。
酔っていて目元が赤い美女の流し目が異様に色っぽくてレンヤは何やら緊張してくる。
「この学園のセンセー方にはね……うちの家と繋がってる人がいるの。スパイっていう程大げさなものじゃないわ。うちの子の事をなるべく細かく教えてくださいって特別に頼んでいる人ね。それでパパのとこに来てた報告書を私も見せてもらったんだけど……。うちのがあなたとトラブルになった原因に付いては不明ってなってるのよ。どちらもトレーニングをしていたら熱が入ってやりすぎたって言ってるってね」
言いながらエルゼリエルは手酌でグラスに酒を追加してまたクイッと呷った。
確かにレンヤはあの時教師に聞かれてそのように答えたような気がする。
すぐに話題がゼクロアの存在を隠していた事に移ってそっちでこってり絞られたので正直その辺の記憶は曖昧だ。
詳細を省いているだけで嘘を付いたという認識は無い。
恐らくベルトリュートの方も似たような感じでお説教を切り抜けたのではなかろうか?
「あいつ割と普段優等生チャンでしょう? そんなとこで羽目外す子ではないのだけど……」
「まー……なんでしょうかね。俺はその時まで召神がいなかったんで、やる気がねえならとっとと消えろみたいにムカつかせてたんでしょうかね。ぶっちゃけよくわかんねえっす」
退学しろと言っていたので自分を学園から追い出したかったようだが……。
その理由は今をもって不明である。
長らく召神はいなかったが、それ以外ではレンヤは努力して割と上位の成績をキープしてきた。
となると召神がいないという一点がそこまでお気に召さなかったのか。
それにしても私闘じみた真似までしてそれをなそうというのが普段の彼のキャラと合致しないのだ。
言われて改めて不可解さと疑問が蘇ってきて腕組みして唸っているレンヤだ。
そんな彼を見てエルゼリエルはフフッと小さく笑う。
どことなく……寂しい微笑だった。
「……でもさ、私たちは一緒ね。私も、弟には良く思われていないから。小さい頃はお姉ちゃんお姉ちゃんってどこへ行くにも付いてきていたのにね。成長するにつれて私たちは疎遠になっていったわ」
「…………………」
なんか……コメントを発しにくい話題になってしまった。
「私たち姉弟はパパは一緒だけどママが別なのよ。私のママはパパの正式な奥さんではないの。パパが家の外で生ませた娘というワケね。……それで、私のママが死んでしまった時にシュラインゼック家に引き取られたのだけど、奥様からしたら旦那が急に他所で産ませた子を引き取るって言い出したのだから面白くないわよね。弟も成長してその辺の私の微妙な立ち位置を察したのかしらね」
(重い!!! ひたすらに重い!!!!)
エルゼリエルの近くに腰を下ろして話の聞き手になっていたレンヤであるがあまりにヘビーな話題にノックアウト寸前である。
……ていうか、初対面の年下に聞かせる話か、これ。
「少し……喋りすぎてしまったわ。不思議ね。こんな話を家の外でした事はないのだけど」
それは酒のせいでは、と思いつつも空気を呼んで口には出さないレンヤであった。
「それじゃあ失礼しようかしら。……弟のこと、よろしくね」
「仲良くしてくれって話ですか?」
立ち上がって出口に向かいかけていたエルゼリエルが足を止めてレンヤを振り返る。
そして彼女は軽く微笑んで首を横に振った。
「……いいえ、その逆。また何かあったら、その時は遠慮なくぶちのめしてあげて」
「んがっ……」
バカでけえ口を開けて固まってしまったレンヤ。
何なのだこの姉弟は……。
実は弟がキライで、その敵っぽい奴を焚きつける為にやってきた?? ……と、そうとも思えない所が一層彼の困惑を深める。
固まったままのレンヤの瞳に最後まで艶めいた微笑を残して去っていくエルゼリエルであった。
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……途中から話に加わってこなかったので気にする余裕もなかったがゼクロアは寝落ちしてしまっていた。
「う~ん……酒ってのはあんなに美味いものだったんだな。知らなかったぜ」
目を覚ました彼女はしきりに感心している様子である。飲んだ事がこれまでにあったのかなかったのか……。この前の事もあり、レンヤはそこを聞くのはやめておいた。
いずれにせよ「酔っ払って寝た」という経験は初めてだったらしい。
それは値段もあるのでは? とレンヤは思った。自分も全然知識はないがシュラインゼック姉の持ってきた酒はとても高級そうな瓶であったからだ。
「あの人さ、どうやってこの部屋に来たんだ?」
「エルザか? どうって、普通にノックして来たぞ」
彼女を愛称で呼んでいるゼクロア。
どうやらレンヤが帰ってくるまでに相当打ち解けた様子である。
………………。
部屋のドアがノックされたのでゼクロアは開けて応対した。
警戒心ゼロである。本当はこんな生活をする事が許されていない存在であるという自覚がまったくない。
数千の学生たちがいるこのアルマギアスの学園で、自室に召神を出しっぱなしで共同生活を送っている者などレンヤくらいであろう。
ドアを開けるとそこに立ってたのは褐色の肌の美女である。
「こんにちはゼクロアさん。私はエルゼリエル・シュラインゼック……エルザと呼んでちょうだいね」
「ん? なんだお前は……どうして私の名前を知ってる?」
訝しむゼクロアに対して自分が学園教師と繋がりがあってそこから情報を得ているのだと説明するエルザ。
それだけではなく彼女はゼクロアが目を覚ました日に戦った白い鎧の召神使いの姉なのだと自己紹介した。
ゼクロアとしてはどうでもいい話であった。
彼女にとってはベルトリュートは敵とも因縁の相手とも認識されていない。
「お土産があるのよ。よかったらあなたのご主人様が帰るまでいかが?」
酒瓶を取り出すエルザに何となく敵対者の雰囲気は感じないと読み取るゼクロア。
「ふーん、殊勝な心がけだな」
入れ、と顎で軽くしゃくる金色の女神であった。
………………。
つまり、酒は最初からゼクロアに飲ませるつもりで持参したわけか。
それって……日中普通にゼクロアが自分の部屋で生活をしているというのがバレているという事なのか。
「どうなんだそりゃ。ヤベえ気もするが……」
学園では平時に召神を出したまま自由にさせておく事は校則違反である。
本来の世界に戻しておくか、それとも召喚主と一体化させておくかどちらかだ。
ところがゼクロアはこの世界で石像から出てきた召神。
戻すべき元の世界がない。
いや、あるのかもしれないが少なくともレンヤにはそこへ彼女を送り込む術がない。
では同化しておかなければいけないのだが……。
「授業はもう十分味わった。しばらくは自由にするぞ」
……という感じで拒まれてしまう。
自分の中で眠っている間にも授業の情報が彼女へは送り込まれ続けていたので食傷気味のようだ。
それではもうしょうがないと違反行為である事は承知でレンヤはゼクロアを自由にさせている。
「エルゼリエルがその気ならチクられたら俺らは結構マズい事になるよな……。でもその気なら来る前にそうするか? うお~わからん! 謎過ぎる!!」
そういう人ではない気もするが、何しろ彼女は自分に学園から出ていけと迫ったベルトリュートの姉である。
味方だと判断するには色々と不安な要素がある。
「考えなきゃいかん事ばっか増えていくぜ……」
「大変そうだな。何か知らんけど、まあ頑張れよ」
悩むレンヤにまるっきり他人事のゼクロアであった。
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そして翌日……。
登校したレンヤに対してベルトリュートは相変わらず黙殺したまま。
二人の間には冷たい静寂が横たわっているのであった。
(こいつ、昨日自分とこの姉ちゃんが俺を訪ねてきた事とか知ってんのかね? いや、多分知らんよな……。仲良くないとか言ってたしな)
何かあれば遠慮なく倒せ、とそうエルザは言っていた。
あくまでも何かあればだ。
流石に前回のような事はもうあるまい。向こうもできないだろう。
同じことがまたあれば今度は流石に行き過ぎた鍛錬という言い訳は通らず私闘と解釈される。
実家の力で処分は跳ね除けるかもしれないがそれでもベルトリュートの経歴には大きな傷が付く。
……大体が次はもう顔を貸せと言われても自分も素直に首を縦に振る気は無い。
自分が拒めば流石に闇討ちはしてこないだろう。
となると、もし次にベルトリュートが自分を狙うとなればそれは公の場しかないわけで。
(一番デケえ舞台は学年末の代表生徒選抜戦か……。それ以外にはなんかあるんだったかな。余りにも縁遠い世界だったんでわかんねえや)
などと考えながら岐路に就くレンヤ。
昨日はとんだ来客があったのでトレーニングもできなかった。
今日は荷物を置いたら己を鍛えに行かなくては……!!
と、意気込んで寮の自室に戻ってきたレンヤであったが……。
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
「また居るッッッ!!!??」
そんな彼を出迎えたのはどういうワケだかエプロン姿のエルザであった。
そういうスタイルでいると彼女はまるで若奥様だ。
「お夕食を作りに来たの。……トレーニング? 偉いわね、行ってらっしゃい」
「いや、そうじゃなくて。なんなんすかエルゼリエルさん、昨日の今日で……」
じっとりとした目でエルザをねめつけるレンヤ。
昨日来たという事だけでも十分ミステリーなのに、続けてとなるともはやホラーだ。
彼女の意図が読め無さ過ぎて怖い。
「エルザと呼びなさい。そうじゃないと返事はしないわ」
つん、とそっぽを向いたエルザさん。
そんな可愛い感じで拗ねられても……とレンヤが疲れた感じで嘆息する。
「……んじゃ遠慮なくそう呼ばせてもらうけどよ。エルザ姉、あんたがどういうつもりで俺に近付いてきてるのかわかんなくてよ。こっちとしちゃ落ち着かねえんすよ」
「まー、別にそんなカリカリしなくてもいいだろ」
意外なことにそんなエルザに助け舟を出したのはゼクロアであった。
二段ベッドの下段、つまりレンヤの布団に寝転がって漫画雑誌を広げている彼女。
「お前が昨日言ってたろ。こいつがその気ならもっと直接的にこっちにダメージ入れてきてるよ。それがなくてメシ作りに来たって言うならやらせてやればいい。追い出すのは出てきたモンが不味かったらでも遅くないだろ」
「……え、そりゃひでえ」
フォローしたいのかと思えば結構ひどい事を言っているゼクロアにレンヤは思わず真顔になってしまった。
「ふふ……そういう事なら私はお料理に専念させてもらうわ。お腹を空かせて帰ってきてね」
「うん? ……はい? それじゃあ、お願いします……???」
何度も首を傾げつつ運動着に着替えたレンヤが部屋を出て行く。
そうして……エルザは自分の言葉の通りに料理に戻って寝転がるゼクロアは漫画雑誌に視線を戻すのだった。
「………………」
寮の部屋の簡素なキッチンで料理するエルザ。
台所は清掃はされているもののまったく使われていた痕跡がなかった。
それは昨日の内に確認していたので調理器具から食材調味料、果ては食器に至るまでエルザは全て持参してきた。
お陰で大荷物であり部屋へ持ってくるのに軍の部下を動員する始末である。
実は、今日は来る気はなかった。
昨日引き上げてからふと思ったのだ。
……明日も行こうと。
自分は軍の休暇を利用してここへ来ている。
いつでも好きな時に顔を出せるわけではない。
そう思ったら行ける内に行っておこうと思ったのだ。
(何か……どういうわけか惹かれるのよね)
レンヤと……彼だけではない。
彼の不思議な召神ゼクロア。
料理は顔を出す口実であるが、彼らの為に何かしてあげたいと思ったのも事実である。
何故自分がそのような心境に至ったのかはエルザ自身よくわかっていない。
初めは弟がそこまで敵意を向ける相手とはどのようなものかと調べてみた。
……が、よくわからない。
調べてわからないのなら自分の目で見てみようと思ってやってきた。
会ってみても結局はよくわからなかったのだが……。
(その結果が、男の部屋に通って甲斐甲斐しく食事の支度とは……このシュラインゼック少将がね。ふふ、滑稽だわ)
自嘲気味に笑うエルザだが、その表情には負の感情の表出はない。
名門シュラインゼック家の当主がどこの誰かもわからない女に産ませた娘。
自分がどこへ行ってもその評判は付いて回る。
煩わしいが士官や配属にも実家の権威は影響した。
望んだわけではないがコネである。仕方がないと言えば仕方がない。
コネなど必要がないほどエルザは優秀だったが周囲はそう見てはくれないのだ。
居場所のない実家に張り詰めた職場。
気の休まる場所のなかった自分にとってレンヤとゼクロアの存在は新鮮だった。
俗世の面倒なルール、しがらみやお約束に縛られていない独特の空気を持つ主従。
それが奇妙に眩しく思えて自分を惹きつけるのかもしれない。
などとあれこれ考えながら……作っている子羊のシチューの味見をしてみて満足げに肯くエルザであった。




