レベルはおいくつ?
放課後のグラウンドでひたすら走っている一人の運動着姿の生徒がいる。
……レンヤである。
「ほら走れ!! 駆け抜けろ!! 地の果てまで走れ!!!」
そんな彼を空中に浮かびながら追いかけまわしているのは彼の召神ゼクロアであった。
別に走っていない彼女もどういうワケだかレンヤと同じ運動着姿で手には竹刀を持っている。
「お前はこの前戦う前から心が折れちゃってたぞ!! ちゃんと普段から身体を鍛えてないからだ!! 肉体が頑丈なら相手がヤバくてもそうそうへこたれたりはしないッッ!!!」
「うおぉぉぉぉッッ!!! ド根性ぉぉぉぉッッッッ!!!!」
中々に前時代的な根性論を口にするゼクロア。
そんな彼女に応えて汗まみれのレンヤが空に向かって咆哮した。
そんな感じでもう一時間以上もただひたすらにグラウンドを周回しているレンヤとそれを追っかけまわして喝を入れているゼクロア。
そして、そんな二人を見物している者たちがいる。
ニコラスとその従神、ハザンである。
日焼けした銀髪の青年はつまらなそうで、虎の獣人は目を輝かせている。
「……ええのう、ああいうの。ワシらもやらんか!!」
「いや俺はいいって。暑苦しいのはキャラじゃねえし……」
台詞の通りに本当にレンヤたちがうらやましそうな虎人に露骨にイヤそうな顔をするニコラスだ。
彼の召神は相当に体育会系なのだがニコラス自身はそういったノリが苦手なのであった。
努力はする。というか、それなくして成績上位者の地位をキープできるはずがない。
ただそれは他人に見せるものではないというのがニコラスのポリシーなのだ。
やがてレンヤたちが戻ってくる。
ふらふらヘロヘロと蛇行しながら走ってくるレンヤの後ろから浮遊しているゼクロアが来る。
「ぜぇ~ッ、ぜぇ~ッ、ぜぇ~ッ……」
全身汗だくのレンヤは目も虚ろ。
一時間近くも本気で走っていれば鍛えている軍人候補生である彼でもキツい。
「ちょっと……俺……着替えて、くっから……」
「おいどこ行くんだよ。ここでいいだろ」
スポーツバッグを持ち上げてどこかへ向かおうとするレンヤを引き留めるゼクロア。
「イヤここで脱ぐのダメだって、外だぜ……ゼクさん」
必死に抵抗するレンヤ。
何しろ運動部でもない彼が放課後グラウンドに出てきて召神を引き連れて急に走っているので変に注目を浴びてしまっている。
そもそも無許可で学園敷地内で召神を出しているので校則違反だ。
それもあってせめて生徒っぽくしてくれと同じ運動着を着せているのに彼女は浮遊していて無意味であった。
それでなくても最近レンヤはベルトリュートと揉めただのファルメイアに告白して撃沈しただのとあれこれ噂の的であり悪目立ちしているのに……。
しかしここからでは寮に戻っても教室に戻っても結構な距離である。
「男のクセにチマチマした事を気にするなぁ……あいつは」
フラフラのまま走っていったレンヤを見送ってゼクロアは渋い表情だ。
「姐さん、走って身体を鍛えりゃ召喚士としてレベルアップできるのか?」
少なくとも学園の教師たちはそんな事は言っていなかったが……。
不思議そうなニコラスの方をゼクロアが半眼で見た。
「そんな事あたしが知るはずないだろ」
断言する浮かんでいる金色の髪の美女に絶句する二枚目。
(よくわからないで走らせてるのか……)
この時ばかりはこの場にいない友人が気の毒に思わないでもないニコラスであった。
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そんな事があって、数日後……。
今日もレンヤは走っている。
ただガムシャラに走り続けている。
ゼクロアは……いない。
初日と次の日くらいまではレンヤのトレーニングに付き合っていた……というかむしろ焚き付けてやらせている側だったはずの彼女。
どうやら飽きてしまったらしく今は寮のレンヤの部屋でダラダラする生活に戻ってしまった。
最初は様子を見に来ていたニコラス主従も来ていない。
そんな訳で……今のレンヤは独りで自主的に鍛錬している。
これでいいのかもわからないが、他に思い付くものもないのでしょうがないのである。
「……ふぃ~っ! キッツいぜ……!!」
気が付けば空は茜色に染まっている。
走り終えてグラウンド脇の植え込みの縁に腰を下ろしたレンヤ。
彼がタオルで汗を拭っていると誰かがその隣にスッと立った。
「……?」
見上げるレンヤの視界に映ったのは見知らぬ女性。
若いが恐らく学生ではない。もうちょっと大人だ。
大体が制服姿ではない。……かといって教師たちの軍装でもない。
良い出自のお嬢様の私服といった感じの装い。白いブラウスに紺色のタイトな短めのスカートに黒タイツ。
「やあこんにちは少年。精が出るね」
「あ、どうもっす……」
気さくに話しかけてきた女性に若干気後れしつつもレンヤは座ったまま会釈した。
誰なんだこれ……? 学生にも教師にも見えない。
度の強い眼鏡を掛けている美人さんだ。腰まであるストレートの長髪はポニーテールに纏められている。
女性にしては背が高い。170ちょっとあるレンヤと同じくらいの背丈がある。
クールでデキる感じの雰囲気を身に纏っているが……。
そこで気付いたのは彼女の耳だ。尖っていて長い……エルフ種族の特徴である。
希少な亜人種だ。
そうなると見た目では年齢はまったく判別できない。
かの種族は若い姿のままで数百年を過ごすと聞いている。
「あの、お姉さんは、どちらの御方でしょうかね……?」
「ああ、私かい?」
小首を傾げる謎の女性。
そういった一つ一つの細かい仕草もどこか洗練されていて上品に映る。
「私はただの通りすがりの物知りで親切なお姉さんだよ」
「いやここ部外者立ち入り禁止なんで……。通りすがられたら困るんすけど」
どうしようコレ。
警備の人とかに言わなきゃいけないんだろうかとモヤるレンヤだ。
すると……通りすがりの美女は大げさに嘆きのポーズを取った。
舞台役者のように。
「おやおや、頑張る少年に心打たれてエールを送る為に駆け付けた私に対して随分と冷たい事を言うんだねぇ。私は悲しいよ……」
ハンカチを取り出してそっと涙を拭う仕草をする謎の眼鏡女史。
自分を見かけて……? いやいやそんなはずはない。
学園の敷地は広大だ。敷地の外から走っている自分を視認するのは不可能である。
「少年は何故走るのかな? その先に求めるものを私に打ち明けてみるといい」
「へ? ……召喚士としてレベルアップするのが目的っすかね」
呆気に取られつつも正直に答えるレンヤ。
すると眼鏡のエルフ女性は「ふむ」と短く唸ってその形の良い顎に軽く手を当てて何かを考えているようなポーズを取った。
「……では、少年の考える召喚士のレベルアップとはどういう事かな?」
「そっすね……。召喚士と召神は掛け算っていうんで……大きい数字を掛けてやれる召喚士になれたらって」
なるほど、と何度か肯くエルフ女性。
「確かにそのように変わる事ができるのならそれは素敵な事だろうね。……ところがだよ少年。私はそんなキミに残酷な真実を告げなければならない」
「な、なんです……?」
俄かに深刻な空気になるエルフ女性に思わずレンヤが引き気味になった。
「召喚士の素養というものは生まれついて決まっている。×10の召喚士もいれば×20の召喚士もいる。そして、そこの数字を伸ばす方法は……ないのだよ、少年」
「えっ!? ない!!? ないんですか……?」
表情を歪めて驚愕を示すレンヤに「うむ」と重々しくエルフ女性は肯いた。
「そう、ない。皆無。不可能なんだよ少年。×10の召喚士は何をしようが生涯×10のままだ。そこを上昇させる事はできない。生まれた時点で定められていて変動はしないんだ」
「それは……なんちゅうか……夢が、ない、ような……」
召喚士の才能は生まれた時点で固定であり、努力しても伸ばすことはできない。
どれだけ望んでも夢見ても叶わない。
それは……酷く残酷な事ではないかとレンヤは思った。
「そうかな? 例えばの話だが、筋力や瞬発力など身体的な能力は鍛えれば上昇する。しかし、上限はあるだろう? 鍛え続ければ無限に上がっていくものではなくいつかは頭打ちになりそれ以上にはならない。そこには個人差があるはずだ。それと同じだよ。
身体能力は限界まで鍛えてみなければ上限はわからないが、召喚士の能力は最初から上限が見えている。自分の才能について過信する心配もなく過小評価もする事がなくなるだろう。実際に世の中には才能のない事に打ち込んで時間を浪費し、結果として大した成果を得られずに終わる……そんな人が結構いるんじゃないかな?
しかし召喚士の能力の話についてはそういったリスクを事前に回避できるんだ。人々はより適切に人生を送る事ができるだろう。それは素晴らしい事だと思うがどうかな?」
「な、なるほど……」
徒労に終わるとわかっていてそれに時間を掛ける者は確かにほとんどいないだろう。
そう考えればその事が最初にわかっているのはメリットではあるのかもしれない。
しかしだ……。
「じゃあ俺、授業とかでも色々召喚士としての訓練を受けてますけど……それって意味ない?」
「いいや、そんな事はないよ」
気取った仕草で首を横に振る見知らぬ部外者。
「本来の能力を毎回MAXの状態で発揮できる者はいない。その時の状況や体調や、精神状態によって召喚士の数字は変動する。君たちが受けている訓練はそこを安定させる為のものだ。なるべくいつもMAXに近い性能を発揮できるようにとね」
彼女の言っている事はまさしく先日のイグニスとの戦いの時の自分に突き刺さる。
あの時のレンヤは圧倒されてしまって召喚士としても全然能力を発揮できていなかった。その前ベルトリュートの白銀の騎士と戦った時と比較してゼクロアに供給されていた魔力は激減していて彼女も本来の実力を発揮できなかった事だろう。
あれがもしMAXに近い状態だったなら……。
その事をレンヤは何度も悔しく思い出している。
「だから少年が走る事にも意味はある。鍛えた肉体は自信に繋がり君の召喚士としての状態の安定に繋がるだろうからね」
謎の眼鏡女性はそう言うとレンヤから離れ歩いていく。
肩越しにひらひらと手を振って。
「大いに悩み、大いに励みたまえ少年。若者の特権だねぇ……青春だ」
颯爽と去っていく彼女の後姿を何と声を掛けてよいのかもわからず黙って見送るレンヤ。
「結局……ありゃ誰だったんだ……」
眉を顰め首を傾げる悩める若人であった。
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夕食時。
学生寮では夕食を食堂で取るのか自室で取るのかを自由に選ぶことができる。
二人分のトレイを受け取って自室に向かうのがここの所のレンヤの日課。
自分とゼクロアの分である。
……流石は超一流貴族や大商人など御大尽の子女ばかりが通うアルマギアス学園。
二人分の食事を寄越せと要求しても食堂のスタッフたちにその理由を聞かれる事すらない。
「ゼクさんおまたせ。晩飯だぜ」
「おう。……それじゃあ食べるとするか」
ベッドの上からふわりと飛び立って降りてくるゼクロア。
今夜も二人の夕食の時間が始まる。
ゼクロアの食べ方は……なんというか「普通」だ。
イメージ程乱暴ではないが、かといってお上品と言う訳でもない。
レンヤ同様に庶民的でこれといって特徴のない作法で食べている。
「相変わらず美味い。お前らはいいもの食ってるなぁ」
満足げにゼクロアが寮の食事を褒めている。
食堂のスタッフたちは超一流どころだ。前身は一流ホテルやレストランに勤めていた者たちばかり。
当然、出てくる毎日の食事もその経歴に恥じない美食である。
「ゼクさんは前はどんなもん食ってたんだ?」
ふと気になってレンヤはそんな事を尋ねてみた。
そういえば石像にINする前の彼女について自分は何も知らないな、と。
「どうって事もない。その日その日で口に入れられる物を入れるだけだ。味の記憶なんかまったくないな。きっと前のあたしは食事って行為に興味がなかったんだろ」
まるで……他人事のようだ。
その話をする時にほんの一瞬だけフッと彼女の表情が陰った事にレンヤは気が付いていた。
(……なんか、過去の話にはあんま触れん方がいい感じかな、これ)
そう思い、それ以上この話題を深堀りする事を避けるレンヤであった。
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帝国城ヴァルケンシオンスの一角、第V軍研究施設。
コツコツと軍用ブーツを鳴らして颯爽と廊下を行く一人の女性。
黒い軍服姿で、同じく黒い軍用ロングコートに袖は通さず肩に羽織っている彼女はここの主人。
帝国最強の七人『七響天』の一人ギア・メルフィナ。
通称、識天のギア。
「おかえりなさいませ、ギア様」
戻って来た主を一礼して出迎える初老の副官。
そんな片腕に向かって眼鏡のエルフ軍人は軽く片手を上げた。
「ただいま。いやいい休暇だった。久しぶりにすっかりリフレッシュできたよ」
「それはようございました」
再び頭を下げた副官の脇を通り過ぎて彼女は自分の部屋に入った。
こうなったら呼ばれるまでは出来得る限り彼女に用事を持ち込まないのがここのルールである。
「オカエリ! オカエリ!」
「いい子だねマックスウェル。ただいま」
ペットのオウムにエサをやりながらギアが微笑んだ。
そうして彼女はロングコートを脱ぐと雑にソファに放ってからデスクに着く。
「……ん~、ついでに顔を見てきたかったが、流石にその余裕はなかったな」
言いながら彼女がデスクから取り上げた一枚の書類。
それは学園に通う一人の生徒に付いての詳細なデータである。
イグニス・ファルメイア……測定された召喚士レベルは『107』
その数値を見てフッとギアは苦笑する。
「やれやれだよ。七響天たちを基準にして最高値を100と設定していたのにね」
それは生まれついて固定であり、変動する事のない召喚士の適正を数値化したものだ。
つまりイグニスは七響天たちよりも召喚士適性が高いという事になる。
「私はレベル88だからなぁ。あぁ、哀しい……若者たちが追い抜いていってしまう」
そう言いながらもギアは笑っている。
怜悧な光を放つレンズの奥の瞳。彼女は非常に楽しそうだ。
イグニスの書類の下にはもう一枚……レンヤに付いての書類があった。
そして、そこに記されている彼の召喚士レベルは……75。
このレベルはもう増減しない。
これはつまり、レンヤ・クサナギは召喚士としてレベルでこの先もイグニス・ファルメイアには及ばないと言う事を表しているのであった。




