第06話 壊れかけ
「ミーシャ、まだ平気ですか?」
「うん……でも、もう少しで空っぽになりそう」
ロダンとミーシャは棺の両脇に立ち、淡く輝く両手を水晶球に翳す。
ダンジョンの最奥。
元々は祭壇だったと思しき部屋の中心にある棺。
その上に置かれた水晶球に魔力を注ぎ、封印を強化する。
それが冒険者ギルドから請け負った、エルザたちの仕事だった。
「ふぅ……。これは、ここで一晩を明かしたほうが良さそうですね」
「多分、それが正解。封印しきれない」
俗に言う、ダンジョンボス。
この部屋で待ち構えていたのは、スケルトンウォーロードだった。
しかし、冒険者ギルドから告知されていたのは、スケルトンウォーリアー。
ウォーロードは一段どころか、二段も三段も格が上の強敵である。
「そうだね。私も少し疲れちゃった」
「幸い、ここは扉を閉めれば安全だし……。」
「少し節約する必要があるけど、食料もあるよ」
本来、エルザたちでは絶対に勝てないモンスター。
その不可能を可能にしたのが、カイルがここにいたからこそだった。
それでも、カイルの目が示した最終勝率は67%。
まさに綱渡りの勝利。
カイルが一秒一秒、姿勢を制御するような細かい選択を一つでも誤れば、即座に全滅がありえた。そんな辛勝だった。
「水はさっきの……。カイルさん?」
そして、その代償も大きかった。
カイルは先ほどから口と鼻を右手で覆っていた。
鼻血は止まらず、口の中は血の味で満ちている。
そして、知覚する情報が止まらない。
普段のように目を閉じ、精度を落とそうと何度も試みているが、逆に鮮度はどんどん上がってゆく。
「ゆ、カイルさん、目から血がっ!?」
意識が霞む。
鼓動が早くなる。
ありとあらゆる情報が次々と頭の中に入ってくる。
まるで、自分がダンジョンそのものになったかのような感覚。
水晶球に注がれる魔力と結界を通し、この部屋のみならず、ダンジョン全体の様子が手に取るように分かる。
(何だ、これは……。)
エリザの声に思わず視線を向ける。
女性なら絶対に隠したいプライベートですら、カイルの目には明らかになってしまう。
「こんなの……。初めてだ」
情報の渦に溺れ、カイルは意識を手放した。
「ロダン、治癒を! カイルさんが!」
目の焦点が合わなくなる前、カイルが最後に見た情報は、泣きながら慌てて自分を抱きとめるエルザだった。
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「んっ……。」
ふと目が覚めた。
目の前には船を漕ぐエリザの顔。
どうやら膝枕をされていたらしい。
◆◆◆
《エルザ:寝不足、空腹、肌荒れ》
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情報の精度が普段通りに戻っていた。
カイルはほっと胸を撫で下ろす。
同時に気づいた。
やけに頭がすっきりして、いつもの鈍さがない。
足先まで感覚が通り、エルザの息遣いや遠くの滴の音まで鮮明に感じられる。
爽快といってもよかった。
(あれから、どれくらい経ったんだ?)
◆◆◆
《過負荷より69時間24分経過》
◆◆◆
「み、三日っ!?」
たちどころに告げてきた数字に、カイルは目を見開いた。
思わず上半身を跳ね起こす。
「えっ!? ……あっ!?」
その揺れに反応して、エルザが目を覚ます。
「カイルさん!」
「うおっ!?」
その瞬間、カイルが振り向くと、柔らかい体が自分にぶつかり、抱き寄せられた。
鎧を脱いでいる、彼女の温もりと柔らかさが、カイルの頬に触れる。
(……意外とあるな。こいつ)
◆◆◆
《エルザ:82センチ(Cカップ)》
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(要らん! 余計な仕事をするな!)
思わず顔を引きつらせる。
目の前で無防備に抱き寄せられた状態で、数字が勝手に頭に入ってくる。
カイルにとっては有り難くないコンボだった。
しかし、離れられなかった。
エルザが胸にカイルの顔をより強く抱きしめる。
「心配……。心配したんですよ……。
カイルさん、全然目を覚まそうとしないから……。」
エルザの声は涙に震えていた。
カイルはぼんやりとその温もりを感じ、胸の奥がじんと熱くなった。
カイルの能力を知れば、誰もが距離を置いた。
隠そうとしても、相手の目に映るのは畏怖と軽蔑。
その疎みを巧みに隠し、媚びを売りつつ利用しようとする者もいた。
嘘の笑みの裏に潜む、計算された欲望があった。
◆◆◆
《エルザ:心配、怒り》
◆◆◆
だが、カイルの目は嘘を見抜く。
間近に感じる鼓動と、わずかに震える肩の動きから、エルザが本気で自分を心配しているのが分かった。
過去、こうも理解し、心配してくれたのは、ただ一人。
密かに想いを抱いていたが、今は別れ、勇者と共に旅立った幼馴染の神官だけだった。
「私……。カイルさんを頼りにしすぎました。
だから……。カイルさんも、私を頼ってください」
その事実を見ないことにしていた自分の寂しさを、同時に嬉しさとしても感じた。
胸の奥で湧き上がる温かさが、エルザを女性として意識させる。
「それとも……。私じゃ、頼りないですか?」
思わず両手が、彼女の背に回ろうとした、その瞬間だった。
「……あっ!?」
グーーーッと盛大にエルザの腹が鳴った。
カイルは思わず吹き出す。
同時に、エルザの力がふっと緩み、その隙に身を離した。
「くっくっくっ……。
……そうだな、少し頼りないな」
肩を震わせ、笑いをこらえきれない。
「ゆ、カイルさん……。ひ、酷い」
エルザはぷるぷると肩を震わせ、上目遣いでカイルを睨む。
下唇を噛み、潤んだ瞳。
涙が今にも零れ落ちそうに溜まっているが、先ほどまでの哀しみはない。
◆◆◆
《エルザ:羞恥、大心外》
◆◆◆
それを、カイルの目も裏付けていた。
「くっくっ……。はっはっはっはっはっ!」
とうとうカイルはこらえきれず、喉の奥が見えるほど大笑いした。
こんなに笑うのは、いつ以来だろうかと思いながら。




