第05話 見えすぎる世界
湿った石の匂いが、鼻腔に染みつく。
足元の石畳は苔むして滑りやすく、狭い通路の壁は水滴で光る。
このダンジョンこそ、彼らの目的地らしい。
(……いるな)
カイルは眉を小さく跳ねさせ、歩みを止める。
視線を動かさなくても、確信が伝わる。
ミーシャの杖に灯された魔法の明かりが届かない奥の通路で、何かがこちらを伺っていた。
◆◆◆
《敵反応:潜伏》
《数:6》
《種:スケルトン》
《罠:石落とし×2、毒針×1》
◆◆◆
「……敵、ですか?」
スケルトンは雑魚だ。
しかし、油断はできない。
「スケルトンが6匹も!」
肉を持たぬから、痛みに怯まぬ。
痛みを知らぬから、奇抜な動きができる。
「ご指示を!」
何より骨だけの身体は固い。
エルザの剣では、決定打にならない。
(……使える)
カイルは一瞬で戦況を組み立てる。
敵の配置、罠の発動タイミング、味方の攻撃可能範囲。
◆◆◆
《勝率:92%》
《最適行動:先制で右側を抑え、罠回避》
◆◆◆
(……いや、まだ不確定)
このままでも勝てる。
だが、戦闘中に罠の位置を知らすのでは手間だ。
咄嗟の動きで罠を発動させてしまう可能性がある。
「ミーシャ!」
「はい!」
「右に三歩! マジックロー用意!」
「了解!」
スケルトンが骨をカラコロと鳴らしながら近寄ってくる。
「十三目の床を狙え! 今だ!」
「マジックアロー!」
ミーシャは杖を素早く振りかざす。
杖先から淡い光が弾け、空気を切り裂くように進み、スケルトン手前の床に着弾した。
スケルトンたちは思わず立ち止まった。
頭蓋をかしげ、互いにカタカタと骨を鳴らし合う。
その隙に、肉を持たないスケルトンの重さでは発動しない、罠が発動。
「カカッ!?」
天井から落ちてきた石にスケルトン2匹が粉砕される。
◆◆◆
《勝率:93%》
《最適行動:毒針の罠解除》
◆◆◆
「エルザ、そのまま前に出ろ!」
「はい!」
最適行動とは違う行動はとったが、勝率はあがった。
カイルは自信を持って、次の指示を出す。
「いっ!?」
エルザが素肌を出している太ももにチクリとした痛みを覚える。
「ただの神経毒だ! 5秒は保つ!
手前のに一撃を与えて、すぐに戻れ!」
「はい!」
思わず足を止めそうになったが、カイルの声に思いっきり踏み込む。
ポニーテールの長い髪が靡く。
「ロダン、解毒魔法の用意!」
「了解!」
ロダンは神に祈りを捧げる。
数秒後、戻って来るエルザのために。
「ていやっ!」
エルザが一撃を浴びせる。
しかし、先頭のスケルトンは仰け反り、たたら踏んだだけ。
「十分だ!」
◆◆◆
《勝率:100%》
《最適行動:石落としの罠発動》
◆◆◆
カイルがダガーを投げる。
たたら踏んだスケルトンの両足の間を通り、その先の床で跳ね、罠が発動。
「カカカッ!?」
天井から落ちてきた石にスケルトン3匹が次々と粉砕される。
残りは1匹。
罠はなくなり、あとは消化試合に過ぎなかった。
******
「……すごい」
エルザは膝をつきながらも、剣を握った手を緩めない。
額に汗を浮かべ、呼吸を整えつつ、驚きと少しの尊敬が混じった目でカイルを見た。
「まさか、罠まで使って勝つとは……。」
ロダンは肩で息をしながら、メイスを支える手に力を入れる。
淡い光を帯びた瞳は、わずかに揺れていた。
「また、カイルさんのおかげですね」
ミーシャは杖を抱えながら微笑む。
戦闘の緊張が少しだけ解け、ほっとしたような目でカイルを見上げる。
(……面倒だ)
滅多にない称賛を浴び、カイルは軽く眉をひそめる。
視線を逸らし、ぽつりと息を吐く。
「あっ!?」
エルザの声に顔を上げると、ハンカチを差し出された。
「鼻血、出てますよ?」
カイルは受け取らず、右手で鼻元をぬぐう。
(……少し使いすぎたか)
手の甲に伸びる血。
原因は分かっていた。
「……気にするな」
だが、それを説明する必要はない。
どうせ、次の街に帰るまでの付き合いなのだから。




