第04話 最適解の代償
森の空気が、わずかに重い。
湿り気を帯びた土の匂い。
そよ風に揺れて擦れる葉の音。
カイルは歩きながら、眉を小さく跳ねさせた。
(……いるな)
視線は動かさない。
だが、感覚が確信を伝えてくる。
◆◆◆
《敵反応:あり》
《数:3》
《種:オーガ》
◆◆◆
エルザたちは、まだ気づいていない。
「どうかしましたか?」
ロダンが声をかける。
カイルは、短く言った。
「来るぞ」
その一言で、空気が変わる。
三人の表情を引き締め、各々の武器を構えた次の瞬間だった。
「ブガアアアアアッ!」
木々を薙ぎ倒しながら、『それ』が現れた。
灰色の肌。
人の倍以上の体躯。
歪んだ筋肉と丸太の棍棒。
「お、オーガっ!?」
エルザの声が強張った。
「さ、三体もっ!?」
ミーシャが息を呑む。
ロダンが低く呟く。
「……勝てません」
当然の判断だった。
駆け出しを抜けたばかりの彼らでは、到底届かない。
(意外と……。高い)
だが、カイルは静かに目を細めた。
◆◆◆
《勝率:87%》
◆◆◆
(……いや、足りない)
低い。
このままでは、『不確定』が残る。
(上げる)
そのために、何を使うか。
カイルは、三人を見た。
(……使える)
結論は、すぐに出た。
「エルザ」
名前を呼ぶ。
「前に出ろ」
「えっ!?」
一瞬の戸惑い。
だが、次の瞬間には頷いていた。
「……はい!」
エルザは心を奮い立たせて前に出た。
剣を振りかぶって構える。
「ブガガッ!」
オーガの咆哮に森が震え、その突進に大地も震える。
まずは小手調べというわけか。
残りの二体は歩を止め、ニヤニヤとした笑みを張り付けていた。
「こ、こんなのっ……。」
「今だ! 右に踏み込め!」
「は、はい!」
エルザが動く。
だが、わずかに遅い。
オーガの腕が、振り抜かれる。
丸太の棍棒が鈍い音を響かす。
「ぐぅっ!?」
エルザの体が大きく弾き飛ばされる。
「エルザ!」
ロダンが叫ぶ。
ミーシャの顔が歪む。
カイルは、動かない。
(……これでいい)
◆◆◆
《勝率:96%》
◆◆◆
上がった。
位置がズレた。
敵の重心が崩れた。
(……続ける)
「ロダン!」
「は、はい!」
「前! 叩け!」
「ですが!」
「いいから行け!」
押し切る。
ロダンが歯を食いしばり、走る。
「加護を!」
光が宿る。
メイスが振り下ろされる。
しかし、浅い。
オーガの巨体は倒れない。
(……まだ足りない)
カイルは、目を細める。
「ミーシャ!」
「はい!」
「詠唱短縮! 左目を狙え!」
「分かりました!」
迷いが、消えていた。
ミーシャは、もう理解していた。
従えば、生きる。
魔法が放たれる。
光の矢がオーガの顔面に、突き刺さる。
「ブガッ!?」
巨体が、揺らぐ。
オーガは左手で顔を覆った。
(……あと一手)
カイルは、息を吐いた。
「エルザ!」
地面に倒れたままの彼女に、声をかける。
「立て!」
「うくっ……。」
エルザは痛みに顔を歪めながら、立ち上がった。
腕が震えている。
だが、剣は落とさない。
「そのまま、突っ込め!」
「……はい!」
迷いはない。
殴打と衝突の激痛を感じつつも走る。
跳んで、剣を振るう。
「ブブガガガアアアアアッ!」
オーガの喉に、深く食い込む。
崩れる。
一体、沈黙。
残り二体。
負けるはずのない小物に仲間をやられ、動揺が走っていた。
(……確定)
◆◆◆
《勝率:100%》
◆◆◆
カイルにとって、ここからは作業だった。
短い指示で三人が動く。
噛み合う。
崩れる。
倒れる。
終わる。
静寂を再び取り戻した森。
「……や、やりました」
「わ、我々だけで、オーガを三体も……。」
「し、信じられない……。」
三人の切れ切れの呼吸を耳にしながら、カイルは目を閉じる。
重さが戻る。
鈍さが戻る。
思考が、沈む。
「はぁ……。」
小さく息を吐く。
目を開けると、三人がこちらを見ていた。
違う目だ。
尊敬ではない。
信頼でもない。
理解した目だった。
「最初のは……。」
ロダンが震える声で言う。
「……わざと、ですね?」
カイルは答えない。
「やっぱり……。」
ミーシャが小さく呟く。
だが、そこに非難はない。
「でも……。また、勝てました」
エルザは剣を鞘に収めると、左肩を右手に持った。
微笑もうとして、痛みに顔を顰める。
「……理解しました」
ロダンが慌てて駆け寄る。
両手に淡い光を灯し、それをエルザの左肩にかざす。
すぐにエルザの眉間から皺が解けてゆき、強張りは微笑みへと変わる。
カイルは、目を細めた。
(……面倒だ)
しかし、口元がわずかに歪む。
(……楽だな)
そして、歩き出す。
「行くぞ」
誰も、何も言わない。
一拍遅れて、足音が揃った。




