第03話 役立たずの使い方
焚き火の炎が、小さく揺れていた。
風はなくとも、森の夜は冷える。
ぱち、と薪が弾ける音だけが、静かに響く。
カイルは、少し離れた場所に座っていた。
何もしていない。
ただ、いるだけだ。
(……面倒だ)
いつも以上に重い。思考が鈍い。
昼間の反動だ。
少し開いただけで、これだ。
「あの……。」
声がかかる。
顔を上げると、エルザが立っていた。
「これ、どうぞ」
差し出されたのは、硬いパンと干し肉。
カイルは一瞬だけ見て、受け取る。
礼は言わない。
ただ、食べる。
「……助かりました」
小さく頭を下げるエルザ。
その声には、まだ少し緊張が混じっている。
カイルは答えない。
一瞥だけし、齧った干し肉の塩辛さに、水筒の水を飲んだ。
(……長居する気はない)
明日には離れる。
それでいい。そう思っていた。
「……少し、よろしいですか」
落ち着いた声だった。
男『ロダン』だ。
腕に包帯を巻きながら、こちらを見ていた。
カイルは視線だけを返す。
「失礼を承知で伺います」
一拍置いて、言葉を選ぶ。
「なぜ、あそこまで正確な指示が出せるのですか」
薪の一つがぱきりと大きく爆ぜる。
薪組みの一部が崩れ、焚き火が一瞬だけ盛んに張った。
エルザが小さく息を呑む。
ミーシャは黙って聞いている。
カイルは答えない。
「偶然、とは思えません」
ロダンは続ける。
声は静かだが、視線は逸らさない。
「説明していただけますか」
カイルは、パンを齧る。
美味くも、不味くもない、腹を膨らませるだけの味。
「……答える気は、ありませんか」
わずかに息を吐くロダン。
「でしたら……。」
そこで言葉を切る。
そして、少しだけ声を低くした。
「あれは、経験や指揮などという生ぬるいものではなかった」
「もっと超越した『何か』……。なのでは?」
一瞬、空気が凍った。
エルザが、息を止める。
ミーシャの視線が、わずかに鋭くなる。
カイルは、ゆっくりと顔を上げた。
「……気に入らないなら、従うな」
短く言う。
ロダンが、わずかに目を細める。
「……それは」
「死ぬだけだ」
被せる。
言葉そのものを絶った。
否定も、反論もできない。
ロダンは、しばらく黙ったままだった。
「……ありえない」
しかし、呟くように小さく、それでいて引き下がらない声
女『ミーシャ』だった。
息を整えながら、こちらを見ている。
「あの時……」
言葉を探すように、ゆっくりと。
「先に全部、分かってるみたいでした」
ミーシャは首を振る。
「ううん、違う。『みたい』じゃない」
少し迷ってから。
「……分かってますよね?」
まっすぐな視線。逃げない目。
食事を終えたカイルは、三人に背を向けた。
(……面倒だ)
右腕を枕に寝転び、答えない。
それで終わりだった。
******
「……行こうか」
霧が薄く立ち込める朝。
清々しくも冷たい空気の中。エルザの声で動き出す。
カイルは最後尾を歩く。
何もしない。
ただ、ついていくだけ。
ロダンが、何度かこちらを見る。
昨日とは違う。
測っている目だった。
ミーシャは、さらに違う。
観察し、分析している。
(……うるさい)
カイルは視線を外す。
小一時間ほど進み、森の奥。
少し開けた場所に出た。
違和感を覚えたカイルの足が、止まる。
思考は鈍い。
だが、見えてしまう。
◆◆◆
《地形:罠地帯》
《発動条件:侵入》
《結果:包囲》
《敵:ゴブリン》
《数:8》
《配置:包囲》
◆◆◆
(……そういうことか)
エルザたちは、まだ気づいていない。
そのまま進もうとしている。
(……間に合うか)
一瞬、迷う。
関係ない。
助ける理由もない。
(……面倒だ)
だが、結論は同じだった。
カイルは、小さく息を吐いた。
(少しだけだ……。)
世界が、クリアになった。
全部、見える。
配置も、動きも、結果も。
◆◆◆
《最適行動》
・右へ二歩
・木の陰へ
・先制攻撃
◆◆◆
カイルは、口を開いた。
「止まれ」
短く。
三人が振り向く。
「右に二歩、木の陰に入れ」
ロダンが眉をひそめる。
「……根拠は?」
「死ぬぞ」
被せる。
ロダンが、息を止める。
一瞬の葛藤。
だが、短く言って、動いた。
「……従います」
エルザが続く。ミーシャも走る。
その瞬間、地面が崩れた。
同時に、茂みが揺れ、ゴブリンたちが飛び出す。
誰もそこにはいない。
ゴブリンたちは戸惑い、獲物を探す。
「これはっ……。」
ロダンの息が詰まる。
理解した。
カイルは、動かない。
全部、見えている。
「前、三」
「はい!」
エルザが踏み込み、ロングソードを振るう。
「左、ちょい手前」
「わ、分かりました!」
ミーシャが即座に魔法の矢を放つ。
「後ろ」
「加護を!」
ロダンが振り向く。
淡い光がメイスに宿る。
その一撃で、叩き潰した。
まるで、パズルを完成させるような一方的な戦いだった。
「ゴブゴブーーーーッ!?」
最後の一匹が倒れる。
静寂を取り戻した森に、荒い呼吸だけが残る。
カイルは、目を閉じた。
重さと鈍さが戻り、思考も遅くなる
「はぁ……。」
小さく息を吐く。
再び目を開けると、三人がこちらを見ていた。
違う目だ。
昨日とは違う。恐怖でも、警戒でもない。
「……分かりません」
ロダンが、静かに言う。
その声は、震えていた。
「あなたは……。何を見ているのですか」
カイルは答えない。
「何を見ているか……。じゃない」
「……従えば、生き残れる」
だが、ミーシャが代わりに断言した。
エルザは安堵の溜息を漏らしながら、剣を鞘に戻す。
そして、カイルを真っ直ぐに見た。
「ありがとうございます」
微笑んだ。
ロダンが短く溜息をつき、苦笑した。
「……失礼しました」
短く、頭を下げる。
それは、問いではなく、『受け入れ』だった。
カイルは、三人を眩しそうに目を細める。
(……面倒だ)
カイルは歩き出す。
「行くぞ」
もう、誰も文句は言わない。
一拍遅れて、足音が揃う。




