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見えすぎる者 ~死が見える俺は、嫌われて見送る~  作者: 浦賀やまみち


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第02話 助ける理由はない




 森は静かだった。

 風もない。鳥の声すら、遠い。


 カイルは、ゆっくりと歩いていた。


 一歩。

 また一歩。


足取りは重い。


頭が、鈍い。

考えるだけで時間がかかる。


言葉も判断も、遅れてしまう。



(ここには、誰もいない。だったら……。)



 小さく息を吐く。

 抑えているからだ。


 解放すれば、楽になる。



(いや、止めだ)



 知りすぎる。

 見えすぎる。


 だから、抑える。

 重いままでいい。


 そのときだった。



「キャっ!?」



 金属音。

 短い悲鳴。


 思わず視線を向ける。

 木々の隙間の先に、少し開けた場所があった。


 震える若い女の声。



「く、来るな! く、来るなってば!」



 その前には、モンスターが三匹。


 四足に、灰色の毛並み。

 牙を剥いて唸り、前傾姿勢で力をためている。


 囲まれていた。


 少女の後ろには、二人。

 どちらも動きが鈍い。負傷している。



(……終わりか)



 見て知るまでもない。

 少女と二人の行く末は分かった。



(……俺には関係ない)



 カイルは足を止める。

 だが、動かない。助ける理由もない。



(それに……。遅い)



 今のままでは、間に合わない。


 判断が。

 体が。

 思考が。


 モンスターが跳ぶ。


 少女は辛うじて避けたが、転んだ。

 剣が手から離れる。


 そこへ別のモンスターが跳ぶ。

 牙が迫る。


 そこで、カイルは思わず舌打ちした。



(……面倒だ)



 駆け出すとともに、感覚を開く。

 世界が一瞬で変わった。


 色が、鮮やかになる。

 音が、分解されて広がる。

 時間が、間延びして遅くなる。


 そして、流れ込む。



 ◆◆◆


《魔物:グレイウルフ》

《数:3》

《行動:飛びかかり(対象:少女)》

《次行動:側面回り込み》


《少女》

《回避成功率:0%》


《最適行動》

・右三歩

・転がる

・剣を拾う

・低く構える


 ◆◆◆



 思考が軽い。

 言葉が出る。

 迷いがない。


 カイルは、口を開いた。



「右に三歩! 転がれ!」



 少女が反応する。

 早い。反射的に動いた。


 牙が空を切る。



「剣を拾え! 低く!」



 少女が拾う。

 その瞬間、横から別の一匹。



「来るぞ!」



 短く告げた。

 少女が構える。


 ぶつかる。

 受ける。

 耐える。



「下がるな! 左、半歩!」



 位置が噛み合う。

 魔物の動きがずれる。



「ふん!」



 カイルがダガーを投げつける。


 それは木々の合間を抜けてゆく。

 少女が受け止めているグレイウルフの側頭部に突き刺さった。



「ギャウッ!?」

「な、なんだっ!?」



 少女に守られていた男が叫ぶ。



「いいから、前に出ろ!」



 カイルは新たなダガーを手に取る。

 全部、見えている。



 ◆◆◆


《男》

《状態:混乱》

《最適:突進》


 ◆◆◆



「お前だ! 今すぐ、突っ込め!」

「は、はい!」



 男が動く。

 遅いが、足りる。


 振り下ろされたメイスがグレイウルフの頭に叩き込まれる。



「ギャウウッ!?」



 頭蓋が砕かれる音と共に、血が飛ぶ。


 残りは、一匹。

 カイルと少女たちを交互に見ながら後退り、逃げようとしていた。



「逃がすな」



 少女が弾かれたように追う。


 一瞬、カイルに視線を向ける。

 カイルは無言で頷いた。


 少女が踏み込み、斬る。



「ギャウウーーーッ!?」



 グレイウルフの断末魔が森に響き渡り、静寂が戻る。

 カイルは、息を吐いた。


 軽い。頭が澄んでいる。

 何もかもが、はっきり見える。



(……楽だな)



 その代わりに、流れ込んでくる。

 余計なものまで。



 ◆◆◆


 《少女:エルザ》

 《感情:安堵、困惑、警戒》

 《状態:興奮》


 《男:ロダン》

 《感情:恐怖、依存》

 《状態:左腕負傷》


 《女:ミーシャ》

 《感情:安堵》

 《状態:右足負傷》


 ◆◆◆



(……うるさい)



 情報が多い。止まらない。

 カイルは、ゆっくりと目を閉じ、瞼を揉む。


 重さが戻る。

 鈍さが戻る。

 思考が、遅くなる。



「……はぁ」



 小さく息を吐いた。


 少女が、こちらを見る。

 まだ剣を握ったまま、息が荒いが、その目はまっすぐだった。



「……なんで」



 声が震えている。

 だが、逃げていない。



「なんで、わかるの?」



 カイルは、答えない。

 答える気もない。



(……面倒だ)



 視線を逸らす。

 関わるつもりはない。



「たまたまだ」



 それだけ言って、歩き出す。

 背中に、少女の声が飛ぶ。



「待って!」



 足は止めない。



「……お、お願い!」



 止まった。


 少女が駆け寄り、羽織っているマントを摘まれた。

 カイルは振り返らないまま、小さく息を吐いた。



「……放せ」



 敢えて低い声を出した。

 少女が肩をビクッと震わせる。



「その……。」



 一拍、二拍、三拍の間。



「……一緒に、来てくれませんか?」



 森の空気が、静かに揺れる。

 カイルは、木々の隙間から見える空を見上げ、目を閉じた。


 重い。思考が遅い。

 だが、久々に解放した先ほどの『軽さ』を味わった。



(……面倒だ)



 同じ言葉を、もう一度。

 目を開けて、視線を下ろす。



「……条件がある」



 振り返らずに、言う。

 少女が息を呑む。



「何ですか?」



 カイルは短く答えた。



「俺の言う通りに動け」



 少女は迷わなかった。



「分かりました……。」



 その声に、嘘はなかった。

 カイルは振り返る。



「なら、来い」



 それだけ言って歩き出す。

 背後で、足音が聞こえた。




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