第01話 呪われたスカウト、追放される
《死亡まで:あと72分》
その数字が、視界に浮かんだ。
森の中。木の根元に倒れているのは、ラーナ。
カイルは、はっと目を見開く。
視界が切り替わる。
雨に濡れた木々の匂いは消え、代わりに豆の香りが鼻をついた。
(……気のせいか)
胸の奥が、妙にざわついていた。
右斜前の少女に視線を向ける。
ラーナは、何事もなかったように、豆のスープを啜っていた。
******
「カイル、お前はもういらない」
その一言で、すべてが終わった。
朝食を済ませ、宿屋前に皆が揃ったところだった。
活気が溢れる前の路地の空気は、まだ新鮮で冷えきっている。
「理由はわかるな?」
カイルは、すぐに答えられなかった。
一拍、遅れる。
(……少しだけ)
頭の奥に、靄がかかったような感覚。
思考が鈍る。
言葉を選ぶだけで、時間がかかる。
◆◆◆
《――1%》
《――失敗》
◆◆◆
拒みたくても拒めない断片が頭の中に滲む。
振り払っても、消えない。
昨夜よりガクンと下がっている数字。
理解した。
自分が外れるからだ。
パーティから自分が抜けたための数字だ。
結果、沈黙になる。
「……やっぱりな」
男が吐き捨てる。
最近、『勇者』と呼ばれているらしい。
「お前は反応が遅い」
「……俺の報告が、気に入らないから、ですか」
ようやく出た声は、平坦だった。
勇者は首を振り、溜息をついた。
「違う。役に立たないんだ」
「スカウトに必要なのは『今』の情報だ。
敵の位置、数、罠、経路。それだけでいい」
正論だった。
カイルも理解している。
「だけど、お前のは違う」
勇者の声が低くなった。
「この先で失敗する、だの……。
成功率が低い、だの……。
そんな曖昧な話は判断の邪魔だ」
◆◆◆
《成功率:1%》
《結果:敗北(回避不能)》
◆◆◆
(……曖昧、か)
口の中の苦さを飲み込む。
(だけど、それを言ったところで……。また……。)
それがどれだけ正確か、カイルだけは知っている。
『右だ、行くな』
そう言った。
だが、無視された。
『……お前たちはお前の操り人形じゃない』
血の匂い。
命を燃やし尽くす叫び。
倒れる音。
「それに……。」
勇者の声が、現実に引き戻す。
「お前のは、気味が悪い」
空気が重くなった。
誰も否定しない。
魔法使いも。
◆◆◆
《職業:氷の魔術師》
《状態:死の予感・極強》
◆◆◆
剣士も。
◆◆◆
《職業:我流剣士》
《状態:死の予感・強》
◆◆◆
そして、神官も。
カイルは、ゆっくりと視線を向けた。
(……やめろ)
わかっている。
見たくない。知りたくない。
(……勝手に、流れ込む)
それでも、目を合せてしまった。
◆◆◆
《名前:ラーナ》
《性別:女》
《年齢:15歳》
《職業:神官見習い》
《状態:寝不足、精神動揺》
《感情:罪悪感、未練》
◆◆◆
視線が逸らされた。
その目が勇者に一瞬だけ向けられる。
◆◆◆
《絆:恋人(対象:勇者)》
◆◆◆
昨夜にはなかった情報の追加。
それだけで、十分だった。
(ああ……。)
ノックしても開かないドア。
今の距離。
全部、繋がる。
解放すれば、もっと明確に知れる。
重さも、鈍さも消える。
世界が、はっきり見える。
(でも……。見えすぎる)
感情も。
選択も。
結末も。
そして、それを口にすれば。
人は、離れる。
親でさえ、そうだった。
だから、抑える。
重いままで。
「返事は?」
勇者の声が落ちる。
カイルは、ほんの一瞬だけ迷った。
胸の奥が、わずかにきしむ。
「……そう、ですね」
頷いた。
もう一度だけ視線を神官に向ける。
◆◆◆
《状態:寝不足、精神動揺》
◆◆◆
視線をずらす。
嫌でも、目に入る。
剣士と魔法使いの変化が。
◆◆◆
《状態:確定の死》
◆◆◆
胸のざわつきを振り払うように、背を向けて歩き出す。
(……そうか)
見上げれば、空は青く高かった。




