第8話【日曜日】共有財産のメンテナンス
「……日曜日は、共有財産の『資産価値維持』に全力を注ぐ日よ」
昨日の遊園地での狂乱が嘘のように、日曜日の朝は厳かな空気で始まった。
松田先生の家の居間に、5人のヒロインたちがそれぞれの「メンテナンス用具」を携えて集結している。
「佐藤くん、まずは昨日の屋外活動で付着した不純物をすべて取り除くわ」
秋月は、普段のニットワンピースの上に清潔感のある白いエプロンを纏い、手には医療用に近い精密なブラシと、彼女が独自調合したという「佐藤駆専用・弱酸性ローション」を握っている。コンタクトに変えた彼女の瞳は、一点の曇りもなく俺の肌の状態をスキャンしていた。
「……駆。……魂の洗濯も、必要。……昨日、遊園地で拾った邪気を……今から私が、直接肌に触れて、吸い出してあげる……」
零は、漆黒の私服から一変、薄手の白い「寝巻き」のような姿になっていた。鎖を外し、解き放たれた黒髪が、俺の腕にさらさらと絡みつく。感情を削ぎ落としたはずの彼女の頬が、わずかに朱に染まっている。
「ちょっと二人とも! メンテナンスって言ったら、まずは筋力のケアでしょ!」
凛花は、ショート丈のタンクトップに、さらに短いホットパンツという、もはや布面積が限界に近い姿だ。健康的な小麦色の肌に浮き出た汗が、朝日に光っている。「駆くんの筋肉が都会の不摂生で固まってるから、私が全身揉みほぐしてあげる。……あ、変な意味じゃないよ? 管理、だよ!」
「おーっほっほっほ! メンテナンスの仕上げは、最高級の宝石による『精神の浄化』ですわ!」
麗奈は、豪華なフリルがついたネグリジェ姿で、執事に運ばせたトランクを開いた。中には時価数億円は下らないであろうダイヤモンドやエメラルドがぎっしりと詰まっている。「これをあなたの寝室に敷き詰め、その輝きを細胞に浴びるのです。わたくしが、その光の調整を隣でお手伝いして差し上げますわ!」
「……記録。……5人に囲まれて、されるがままの先輩。……抵抗を諦めた瞳……100点」
紬は、オーバーサイズのTシャツ一枚という、下を履いているのか疑わしいほど際どい格好で、脚立の上から俺を俯瞰で狙っている。レンズ越しに見つめる彼女の瞳は、もはや獲物を食らう瞬間のそれだった。
(都会の週末は、誰に触れられることもなく、自分の体温すら忘れるほど孤独だった。なのに今は……5人の美少女たちが、俺の指先から足の裏まで、一ミリの隙もなく『手入れ』しようとしている。……これ、メンテナンスっていうか、ただの公開処刑じゃないか!?)
「さあ、まずは洗髪からよ。佐藤くん、私の膝に頭を乗せなさい」
秋月が有無を言わさぬ手つきで、俺を膝枕の体勢に引き込む。
「……秋月さん、自分でするから! っていうか、みんな近すぎ!」
「ダメだよ駆くん、暴れると変なところに力が入っちゃうでしょ?」
凛花が俺の足をガッチリとホールドし、ふくらはぎの揉みほぐしを開始する。
「麗奈さん、その宝石を彼の体に並べるのは重力負荷がかかるから控えて。……零さん、耳元でお経を唱えるのは聴覚データのノイズになるわ」
「……違う。……これは……愛の……周波数……」
「駆さん、このルビーを額に乗せれば、血色が良くなりますわ!」
右からは凛花の力強いマッサージ、左からは麗奈の宝石攻め、頭上からは秋月の膝枕と洗髪。背後からは紬の執拗なシャッター音。そして耳元では零の囁くような呪文。
五感のすべてが、彼女たちの執着で塗りつぶされていく。
(ああ……もうダメだ。逃げ場なんて、この村のどこにもない。……でも、この徹底的な『所有』。誰からも必要とされなかった俺にとって、この重すぎる手のひらたちが、何よりも生の実感を与えてくれる。……壊れそうなほど、幸せなんだ……)
夕暮れ時、すべてのメンテナンスを終えて、心身ともに磨き上げられた(というよりは揉みしだかれた)俺の前に、松田先生が大きな買い物袋を抱えて現れた。
「はいはい、メンテナンス終了! 今日は佐藤の『帰還一週間記念』なんだから、最後はみんなで景気良くやりましょう!」
先生が袋から取り出したのは、溢れんばかりの新鮮な野菜と、村の最高級ブランド牛。
「今夜は、佐藤の歓迎会を兼ねて『特製・七瀬鍋』よ!」
その一言で、リビングは一気に活気づいた。
「わたくしが、この最高級肉に合う『金粉入りポン酢』を用意させますわ!」
麗奈が素早くスマホで執事に指示を飛ばし、フリルの袖を捲り上げる。
「野菜を切るのは任せて。包丁の角度は0.1ミリ単位で揃えさせてもらうわ。それが一番、彼の消化効率を高めるから」
秋月がネイビーのニットワンピースの上にエプロンを締め、精密機械のような手つきで白菜を刻み始める。
「駆くん、お肉は私が焼く……じゃなくて、煮るね! 筋肉のためにはタンパク質が一番だよ!」
凛花が元気よく鍋の準備を手伝い、そのたびに健康的な脚線美がリビングを跳ね回る。
「……駆。……鍋の湯気に……私の祈りを込める。……これを食べれば……一生、この家から出られなくなる……」
零が鍋をじっと見つめ、怪しげな薬味(たぶん生薬)をこっそり投入しようとして秋月に止められている。
「……記録。……鍋を囲んで、少しだけ顔を綻ばせる先輩。……湯気越しのショット、エモーショナル……保存完了」
紬は、大きなTシャツの裾を気にすることもなく、脚立の上から「幸せの食卓」をレンズに収め続けていた。
やがて、ぐつぐつと煮え立つ鍋を囲んで、全員で箸を伸ばす。
「ほら、佐藤、あーんして」
先生が笑いながら肉を差し出し、それを見たヒロインたちが一斉に「次は私ですわ!」「私の白菜も食べて!」と身を乗り出す。
都会の週末、コンビニの独り鍋を冷たい部屋で啜っていたあの頃の孤独が、遠い前世の出来事のように感じられた。
左右を美少女たちに挟まれ、正面には優しい(けど油断ならない)先生がいて、賑やかすぎるほどの笑い声と、重すぎるほどの愛が部屋中に充満している。
(……ああ。逃げ場がないのは、もう分かってる。でも、この鍋の熱さと、彼女たちの視線の熱さが、今は何よりも心地いいんだ)
「……おかわり、あるからね、佐藤」
先生が優しく微笑み、再び俺の皿に肉を盛る。
「ありがとうございます、先生。……この村に帰ってきて、本当によかったです」
俺がそう言うと、一瞬だけ食卓が静まり、次の瞬間、5人の少女たちが同時に俺の手や肩を掴んだ。
「「「「「当たり前です(わ)!!」」」」」
都会の無関心なんて、もう二度と届かない。
俺を温かく、そして逃さぬように包み込むこの「共有財産」としての日常は、まだ始まったばかりだ。
俺たちの賑やかな夜は、鍋の湯気と共に、いつまでも、いつまでも続いていった。




