第7話【土曜日】共有財産の収穫祭
「平日の曜日担当制なんて、ただの『助走』に過ぎなかったんだ……」
土曜日の朝、俺は絶望と共にそう確信した。松田先生の家のリビング。いつもなら先生の晩酌の匂いが漂うだけの場所に、今は5人の少女たちが、勝負服という名の「武装」を纏って集結していた。
「……さあ、佐藤くん。待ちに待った土曜日よ」
最初に口を開いたのは秋月だった。ポニーテールを解き、艶やかな黒髪を肩に流した彼女は、いつもの眼鏡をコンタクトに変え、意志の強い切れ長の瞳を露わにしている。服装は、知性を強調するネイビーのタイトなニットワンピース。体のラインが残酷なほど正確に強調され、彼女の「管理」が肉体的な領域にまで及んでいることを予感させた。
「平日は個別の管理だったけれど、週末は『合同メンテナンス』の日。5人全員があなたの全リソースを効率よく分配・享受するための、合理的かつ過酷な48時間が始まるわ。まずは私のメニューから、心身の同期を始めましょう」
「ちょっと待って! 週末は休むためのものだろ! 共有財産に法定休日はないのかよ!」
「おーっほっほっほ! 何を仰いますの、駆さん!」
麗奈が、宝石が散りばめられた扇子で俺の口を封じた。縦ロールの金髪には大粒の真珠が編み込まれ、陶器のような白い肌に真っ赤なリップが映える。服装は、フリルとレースをふんだんに使った特注のロリータ・ドレス。一着で軽自動車が買えるであろうその贅沢な装いは、彼女の独占欲の「重さ」そのものだ。
「価値ある資産は、稼働させてこそ輝くもの。わたくし、この日のために村の遊園地を丸ごと貸し切りにしておきましたわ。さあ、わたくしの用意した黄金の馬車に乗って、夢のひと時へ出発ですわよ!」
「駆くん、馬車なんて遅いよ! 私の背中に乗りな!」
凛花がバネのような勢いで俺の腕を掴む。運動部特有の健康的な小麦色の肌に、キラキラと輝く大きな瞳。休日の彼女は、普段のジャージを脱ぎ捨て、肩を大胆に露出したスポーティなショート丈のトップスにミニデニム。鍛え上げられた腹筋と、眩しいほどに健康的な脚線美が、「運搬担当」としての情熱を物語っていた。
「……不浄。……絶叫マシンは……魂が抜ける。……私が守る……」
影から囁くように現れた零は、いつもの巫女装束とは一転、漆黒のゴスロリ風の私服に身を包んでいた。腰まである黒髪には、銀色の細い鎖が絡みついている。感情を拒絶したような薄い唇と、全てを見透かすような冷たい瞳。そのミステリアスな美しさは、俺を現世から引きずり込もうとする引力を持っていた。
「……記録。……私服の先輩……保存完了。……シャッターチャンス、無限」
最後にシャッターを切ったのは紬だ。無造作なショートヘアをサイドで少しだけピン留めし、いつもより大きな瞳を輝かせている。服装は、彼女らしいダボダボのビッグシルエットのパーカーだが、下は意外にも短いショートパンツ。華奢な首筋には、新しい一眼レフのストラップが食い込んでいた。
(都会の週末は、誰からもLINE一つ来ず、ただ部屋でYouTubbを見るだけの『死んだ時間』だった。なのに今は、これだけの美少女たちが、俺という一人の人間に向かって全エネルギーを注いでいる。……脳が焼けるような供給過多だ)
そして貸し切りにされた「七瀬スカイランド」に到着すると、そこはもはや遊園地という名の「駆専用訓練施設」と化していた。
「まずは小手調べに、あのジェットコースターに乗りますわ。駆さん、怖ければわたくしのドレスの袖を掴んでもよろしくてよ?」
麗奈が優雅に先導するが、コースターの座席は2人掛け。当然、残りの4人が黙っているはずがない。
「麗奈さん、彼の心拍データから見て、今は隣に専門の管理者がつくべきよ。私が行くわ」
「何言ってんの秋月さん、駆くんが叫んだ時にしっかり支えられるのは私の筋肉だけでしょ!」
結局、無理やり拡張された「特注6人掛けシート」に全員で押し込まれる羽目になった。
ガタガタと上昇する恐怖の中、右腕には凛花の引き締まった二の腕が密着し、左腕には秋月の柔らかな感触が押し付けられる。
「……駆。……落ちる瞬間……魂を……固定する……」
後ろの席から零が俺の首筋に冷たい指先を這わせ、その横で紬が凄まじい連写音を響かせる。
「……絶叫する先輩……眼球の動き……最高」
頂上から急降下した瞬間、俺の悲鳴は彼女たちの「駆くん!!」という合唱にかき消された。
その後も地獄は続く。
お化け屋敷では、零が本物の霊を呼び寄せて対抗しようとし、麗奈が「こんなボロ屋、建て替えさせますわ!」とキレ、凛花が俺を抱え上げて出口まで爆走する。
射的コーナーでは、麗奈が景品を棚ごと買い占め、秋月が弾道の計算をして百発百中させ、紬がその弾丸が当たる瞬間をハイスピードカメラで捉える。
「……はぁ、はぁ……もう、勘弁してくれ……」
ベンチでぐったりする俺の口に、5人がかりでフォアグラやら、お清めの水やら、プロテインやらを流し込んでくる。
「駆さん、次はあちらの観覧車へ! 頂上でわたくしに忠誠を誓えば、この遊園地にあなたの純金像を建てて差し上げますわ!」
「銅像はいらねーって言ってるだろ!!」
夕暮れ時、空が茜色に染まる頃。ボロボロになった俺と、どこか満足げな5人の前に、松田先生が大きな10人乗りのワンボックスカーで現れた。
「あらあら、みんな遊び疲れたみたいね。佐藤、まだ生きてる?」
「先生……俺、もう自分が人間なのかアトラクションの一部なのか……」
「はいはい、みんな乗りなさい。家まで送ってあげるから」
先生の号令で、全員が車に乗り込む。
助手席にはちゃっかり秋月が陣取り、後部座席は俺を真ん中にして、右に凛花、左に麗奈。そのさらに後ろに零と紬が潜むという、密度の高すぎる空間が出来上がった。
「麗奈さん、さっきの観覧車でのアプローチ、資本主義に頼りすぎよ」
「なんですって? 秋月さんこそ、数字ばかり並べて駆さんを困らせていたではありませんか」
「まーまー、二人とも。結局駆くんが一番ドキドキしてたのは、私のハグだったもんねー!」
「……違う。……駆が一番……安らいだのは……私の結界の中……」
「……異議あり。……私が撮った……先輩の笑顔が……真実」
車内では、今日の「戦果」を巡って、5人がなんだかんだと楽しそうに言い合っている。
都会の冷たい静寂とは正反対の、騒がしくて、重くて、けれどどこか賑やかな放課後のような帰り道。
松田先生がバックミラー越しに俺を見て、ニヤリと笑った。
「佐藤、よかったわね。こんなに素敵な女の子たちに囲まれて帰れるなんて、都会じゃありえなかったでしょ?」
「……まあ、そうですけど。でも、もう少し静かな日常が恋しいですよ」
俺がそう呟くと、一瞬だけ車内が静かになった。
そして次の瞬間、左右から凛花と麗奈が、後ろから零と紬が、助手席から秋月が、一斉に俺を覗き込んできた。
「「「「「そんなの、許さない(ですわ)!!」」」」」
都会の孤独なんて、もう二度と戻ってこない。
俺を飲み込もうとするこの騒がしい愛に、俺は呆れながらも、心地よい眠気を感じ始めていた。
「さあ、明日の日曜日はもっとハードよ。覚悟しなさいね?」
松田先生の楽しげな声を聴きながら、俺たちの車は夜の帳が下りる村の道を、賑やかに走り抜けていった。




