第6話【金曜日】オカルト定着生活
木曜日の豪華絢爛な狂騒が嘘のように、金曜日の朝は静かだった。
……いや、静かすぎる。
耳元で聞こえるのは、時計の針の音でも、凛花の叫び声でもない。
低く、地を這うような――読経の声だった。
(……?)
「……駆。……覚醒。……魂の還流を、確認……」
目を開けると、俺の周囲には無数の「盛り塩」が配置され、天井からは怪しげな「紙垂」がぶら下がっていた。枕元に正座した零は、澱みのない瞳で俺を凝視している。その手には、俺の古着で作られたと思わしき、不気味に精巧な人形(依代)が握られていた。
零は村にある由緒正しき「七瀬神社」の跡取り娘。
腰まで届く漆黒のストレートヘアは、毛先まで一切の乱れがなく、冷たい風に吹かれたようになびいている。肌は陶器のように白く、常に緋色の袴と白い小袖に身を包んだ巫女姿。
「零……。お前、いつから俺の枕元で拝んでたんだ?」
「……昨日。……麗奈の黄金が、あなたの霊素を乱した。……だから……一晩かけて、不浄を祓い、魂をこの村に縫い付けた。……もう、都会の幽霊に連れて行かれる心配はない……」
「都会に幽霊はいねーよ! ていうか、その人形、俺の匂いがするんだけど!?」
(物理的な拘束、知的な管理、金銭的な買収。それらを経験してなお、零の「霊的な縛り」は別格の寒気がする。都会で誰にも認識されず、『俺って生きてるのかな』と思っていた不安を、彼女は『呪い』という形で無理やり固定してくるんだ)
登校中も、零の「定着作業」は続いた。
彼女は俺の背後一歩の距離を音もなく歩き、時折、俺の背中に向かってシュッシュッと「お清めの塩」を振りかけてくる。
「……あ、あぁぁあ!!痛っ! 塩が目に入った!」
「……不浄な視覚を……洗浄しただけ。……駆。……あそこの角を曲がって。……あそこには、私の結界が張ってある」
零の指示通りに曲がると、そこには案の定、紬が三脚を構えて待機していた。
「……記録。……零さんの呪術で、歩き方がゾンビみたいになった先輩……新ジャンル。……撮影完了」
「ゾンビって言うな! 零、この足首に巻かれた数珠、重すぎて歩きづらいんだけど!」
学校に着いても、金曜日の空気は重苦しい。
1限目が始まる前、零は俺の机の四隅に呪符を貼り付け、俺の周囲1メートルを「聖域」として隔離した。
「……駆。……この境界線の内側は、安全。……誰も、あなたを傷つけない。……私も、ここから出さない……」
「監禁宣言じゃねーか!」
そこへ、我慢の限界に達した凛花がプロテインを片手に突っ込んできた。
「ちょっと零! 聖域だか何だか知らないけど、私の『朝のハグ』ができないじゃない! どけてよ、そのお札!」
「……不浄。……筋肉は……霊力を乱す。……立ち去れ」
「なんですって!?」
秋月がタブレットを片手に割って入る。
「零さん、オカルトで彼の行動半径を制限するのは非効率よ。私の計算では、彼は今、運動不足で血流が15%低下しているわ。即刻その数珠を外しなさい」
「おーっほっほっほ! 零さん、わたくしが寄贈した純金の鳥居なら、もっと優雅に魔除けができますわよ!」
ヒロインたちが聖域の境界線ギリギリで罵り合う中、俺はただ、お経のBGMをバックに机に突っ伏していた。
(都会では、誰とも関わらずに一言も喋らない日がザラだった。なのに今は、魂の所有権を巡って、美少女たちが呪術と科学と筋肉と財力で殴り合っている。……正直、めちゃくちゃに疲れる。でも、この『奪い合われる』感覚が、俺を死ぬほど『生きている』気分にさせるんだ)
放課後、霊的にヘトヘトになった俺を、松田先生が車で回収した。
「お疲れ様、佐藤。零の『魂の洗濯』、結構ハードだったみたいね」
「先生……俺、もう自分が人間なのか、村の地縛霊なのか分からなくなってきました……」
「ふふ、いいじゃない。霊体になれば、一生この村から出られないわよ? 私がしっかり供養してあげるし」
先生は俺の頭を撫でながら、バックミラー越しに不敵な笑みを浮かべた。
「ま、明日からは週末。共有財産の『メンテナンス日』よ。5人が一斉にあなたの心身を奪い合う、地獄の……いえ、最高の休日が始まるわ。覚悟しなさい?」
窓の外では、零が俺の家の周囲に「見えない壁」を構築するための祈祷を続け、その様子を紬が赤外線カメラで捉えている。
都会の冷たい虚無。村の、霊魂レベルの独占欲。
俺は、零が枕元に置いていった「安眠の呪符」を握りしめ、泥のように深い眠りへと沈んでいった。




