第5話【木曜日】黄金の買収生活
水曜日の「監視の夜」が明け、ようやく静寂が訪れるかと思いきや、木曜日の朝は鼓膜を震わせる爆音から始まった。
「駆さーーん! お迎えに上がりましたわーー!」
窓の外を見ると、松田先生の家の庭に、およそ山村には似つかわしくない真っ赤なヘリコプターがホバリングしていた。
暴風で先生の家の洗濯物がすべて吹き飛んでいる。
「……おはよう、佐藤。今日は麗奈の日ね。家が壊れる前に早く行ってちょうだい」
耳栓をした先生に追い出されるように外へ出ると、タラップから優雅に降りてくる少女がいた。
村の土地の半分を所有する資産家一族の令嬢。
腰まで届く鮮やかな金髪を完璧な縦ロールに巻き、歩くたびに高級な香水の香りを振りまく。宝石を散りばめた特注の制服に身を包み、常に扇子を携えている。
「麗奈……ヘリで通学とか、いくらなんでもやりすぎだろ!」
「あら、共有財産への投資を惜しむ資本家がどこにいますの? さあ駆さん、ヘリのシートはすべて最高級の牛革に張り替えさせましたわ。都会の満員電車なんて、不潔な思い出は今すぐ上書きなさい!」
強引に機内に押し込まれ、わずか30秒のフライトで学校の校庭へ。
そこには、昨日までなかったはずの「黄金の別棟」が、既存の古い校舎の隣にそびえ立っていた。
「な……なんだよ、あのバブルの遺物みたいな建物は!?」
「わたくしが昨夜、建設業者を300人動員して突貫工事で建てさせましたわ。駆さん専用の『特別教室』ですわ! ボロい校舎であなたの価値が下がるなんて、わたくしが許しませんもの!」
教室に入ると、机は純金製、椅子は人間工学に基づいた数百万の代物。さらにはミシュラン三ツ星のシェフが、朝からフォアグラのソテーを焼いていた。
「駆さん、まずは朝食のキャビアを。……あら、秋月さん。そこで何をしているのかしら?」
部屋の隅で、ノートパソコンを叩く秋月が冷たく言い放つ。
「麗奈さん。成金趣味は勝手だけど、彼の塩分摂取量を管理するのは私の仕事よ。そのキャビア、塩分濃度が規約違反だわ。没収して分析に回すわね」
「なんですって!? わたくしが駆さんのために買い叩いた最高級品にケチをつける気!?」
二人が火花を散らしていると、天井の換気口から紬のレンズがヌッと突き出された。
「……記録。……金に囲まれて困惑する先輩……成金プレイ……あり」
「誰が成金プレイだ! 普通に授業を受けさせてくれ!」
目がチカチカするがようやく昼休み。
麗奈はさらに加速する。彼女は扇子を広げ、窓の外に広がる山々を指差した。
「駆さん、あちらの山をご覧なさい。あそこは今日から『駆・マウンテン』ですわ。あなたの散歩コースとして整備するために、山ごと買い取りましたの」
「名前がダサい! そもそも散歩のために山を買うなよ!」
「愛に金額をつけるのは下品ですが、愛を金額で証明するのは美学ですわ! 都会で誰にも見向きもされなかったあなたを、わたくしがこの世で最も高価な男にして差し上げます!」
麗奈は俺の手に、仰々しい装飾が施されたカードを握らせた。
「これは、村の全店舗で使用できる『佐藤駆専用ブラックカード』ですわ。支払いはすべてわたくしの口座から落ちます。好きなだけ、この村を買いなさい!」
(……都会では100円のコンビニコーヒーを買うのにも躊躇していた俺が、今や村の経済を支配するカードを握らされている。狂ってる。でも、この『お前のためなら世界を買い取る』という暴論が、俺の空っぽだった自尊心を強引に満たしていくんだ)
放課後、贅を尽くした「教育」で胃もたれした俺は、先生の家に送り届けられた。
「お疲れ様、佐藤。麗奈の経済力、少しは慣れた?」
「先生……俺、いつか金銀財宝と一緒に埋められそうな気がします……」
「ふふ、いいじゃない。ピラミッドみたいで。……でもね、佐藤。お金で買えるのは環境だけ。明日の金曜日は、お金じゃ決して解決できない『執着』が待っているわよ」
先生は俺の髪の毛をわしゃわしゃすると、不敵に笑った。
「零が、あなたの帰還を祝うために、村中の霊力を集めて待ってるわ。……魂、抜かれないように気をつけなさい」
窓の外では、秋月が金の机の資産価値を計算し、紬がナイトビジョンで俺を狙い、麗奈の私設軍隊が庭を警備している。
都会の冷たい無関心。
村の、黄金色に狂った独占欲。
俺は、麗奈が用意した最高級の羽毛布団に包まれながら、深い眠りに落ちていった。




