第2話 【月曜日】フィジカルの獣
都会の無機質なアラーム音に代わって俺の意識を浮上させたのは、ボロ家の戸をバリバリと引き剥がすような、野性味あふれる振動だった。
「駆くん! 起きて! 月曜日の太陽が昇ってるよ! つまり私の時間が始まったってこと!」
バァーン! と凄まじい音を立てて居間に突っ込んできたのは、ジャージ姿の凛花だった。手にはなぜか、極太の「おんぶ紐」とプロテインシェイカーが握られている。
「凛花……お前、まだ朝の6時半だぞ。あと、なんで縁側の雨戸を蹴破って入ってくるんだよ」
「え? 共有財産管理法・第3条! 『管理担当者は最短距離で財産に接触する権利を有する』。玄関に回る時間はロスでしょ? さあ、月曜日は『移動・運搬』の担当日なんだから!」
凛花は俺の抗議を無視して、慣れた手つきで俺の背後に回り込むと、有無を言わさぬ腕力で俺を抱え上げた。
「ちょ、下ろせ! 自分で歩ける!」
「ダメだよ。第1条! 『村の宝である佐藤駆は、その足を地面につけて汚してはならない』。昨日、秋月さんがソッコーで立法してたからね。今の駆くんは、道路や橋と同じインフラ扱いなんだよ!」
「一晩で法律増やすなよ!!」
都会じゃ俺が道端で倒れてても誰も見向きもしなかったのに、ここでは地面に足をつけただけで法律違反。
この村、やっぱり愛のアクセルが壊れてる。
「駆くん、舌噛まないように気をつけてね! いっきまーす!」
凛花の脚力が爆発した。
「うわぁぁぁぁぁ!! 速い、速すぎる!!」
俺を背負っているとは思えないスピードで、棚田のあぜ道を時速40キロ(体感)近い猛追で駆け抜ける。
ふと横を見ると、電柱のてっぺんに張り付いた紬がカメラを構えていた。
「……記録。……魂が口から出かかってる先輩……最高」
「ストーカーが電柱に擬態してる……!」
都会じゃ誰にも見向きもされなかった俺の日常が、今や4K画質で保存されている。怖すぎるけど、なんだか……自分という存在が世界に刻み込まれてる感じがして、変な汗が出てくる。
学校に着き、教壇に立たされた俺を、クラスメイトたちが「獲物」を見るような目で見つめていた。
「おかえり、神様!」「都会の女に食われなくてよかったなぁ!」
「だから誰が神様だ! 俺はただの転入生だ!」
「静かにしなさい。佐藤くん、あなたは今日からこの村の『共有財産』。勝手な私物化は禁止よ。……ちなみに、財産の『保管場所』についてだけど」
担任の松田先生が、ニヤリと笑って俺の肩に手を置いた。
「昨夜、ケダモ……じゃなくて管理担当者の間で血を見るような争奪戦が起きたから、折衷案として私が預かることになったわ。 先生の家なら、夜中に誰かが忍び込んでも私が叩き出せるし、セキュリティも万全。つまり、君は今日から先生の家で『お泊まり管理』されるわけ」
(お、お泊まり管理……!? つまり、逃げ場が1ミリもないってことかよ!)
最前列では、秋月が冷徹に俺の「運搬ログ」を解析していた。
「先生の家での保管中も、私のセンサーがあなたの寝返り一つ逃さず記録するから安心して」
「安心できるか!」
昼休みになると、俺の机の周りは一瞬で「包囲網」が完成した。
「駆さん! 凛花さんの運搬で消費したカロリーを、わたくしの『フォアグラ入りおにぎり』で即座にリカバリーして差し上げますわ!」
「……不浄。……都会の女の……残滓を……祓う。……駆、この祈祷済みのお粥を食べて……」
右からフォアグラ、左からお粥、後ろから凛花のプロテイン。
「幸せって、こんなに息苦しいものだったか!?」
放課後、全ての行事を終えて抜け殻になった俺は、宣言通り松田先生の家へと「回収」された。
「お疲れ様。初日から村のインフラとしてよく働いたわね、佐藤」
先生の家。そこは、都会の孤独とは無縁の、けれど外には監視の目が光る「檻のような楽園」だった。
先生は俺の頭を乱暴に撫で回し、耳元で囁いた。
「ねぇ、佐藤。忘れないで。あなたは5歳の時に私と『結婚する』って約束したの。あの子たちの『共有』に耐えられたら、最後は私の『独占』が待っているから」
窓の外では、秋月が防犯カメラを増設し、紬がレンズを拭いている影が見える。
都会の孤独なんて、もう思い出せない。俺を飲み込もうとするこの甘い絶望に、今はただ、身を任せていたい気がした。
「……さあ、寝なさい。火曜日は、秋月による『知的な監禁』が待っているわ」
俺は先生の家の畳の匂いの中で、深い眠りへと落ちていった。




