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第1話 王様(笑)が帰ってきた日


都会での最後の日々は、砂を噛むような虚無感に満ちていた。


「……駆、もういいよ。あんたって、どこか他人事だよね。感情の起伏がなさすぎて、ぶっちゃけ壁と付き合ってるみたいだったわ」


駅前のスタバ。元カノの沙織は、新作のフラペチーノを啜りながら、ゴミを捨てるような気軽さで俺を振った。

俺たちの1年間は、彼女のSNSの「交際ステータス」を更新するためだけの小道具だったらしい。


(……壁、か。まあ、否定はできないな)

都会のスクランブル交差点。何万という人間が行き交う中で、誰一人として俺を見ない。俺という存在は、背景の一部。誰からも必要とされず、誰の記憶にも残らない「透明人間」。


そんな「空っぽの自由」に耐えられなくなった時、ちょうど両親の海外赴任と、七瀬村にあるボロ家の相続話が舞い込んできた。


(あそこなら……誰も俺のことなんて覚えてないだろ。静かに、余生みたいな高校生活を送ろう……)


そんな後ろ向きな希望を胸に、俺は村の入り口にある苔むしたトンネルを抜けた。……それが、「地獄の入り口」だとも知らずに。


☆☆☆☆☆☆



10時頃村に1番近いバス停から歩く事1時間。


「ぜぇ……はぁ……。こんな歩くとは思わなかったな」


ようやく微かに住んでた記憶のあるボロボロの家にたどり着き、 錆びついたドアの鍵を開けようとしたその時、背後からジェットエンジンのような轟音が響いた。


「ドッギャァァァーーン!!」

「げふぉっ……!?」


衝撃波と共に、俺の視界が地面と水平になった。首に巻き付いているのは、柔らかいけれど「岩」のように強固な腕。


「つかまえたぁぁぁ! 駆くん! 駆くん駆くん駆くん! 本物だぁぁ! 10年、10年待ったよ! 毎日駆くんのパネルに向かってシャドバ……じゃなくてシャドーボクシングして待ってたんだから!」


「ちょ、凛花……!? 苦しい、絞まる! 落ちる、落ちるから!」


幼馴染の凛花(りんか)。記憶の中では可愛いお転婆娘だったはずが、今の彼女は「動ける山脈」のようなアスリート女子に進化していた。


「あはは! ごめんごめん! でもさ、村の掟、忘れた? 『外に出た宝が帰ってきたら、最初に触れた者がその日の主導権を握る』。……今日の駆くんは、私のものなんだよ!」


「主導権!? 宝!? 何の話だよ、俺はただの転入生だぞ!」


「……先輩。……動かないで。……今の『頸動脈を締められて白目を剥く先輩』、超いい。10年ぶりの初ショット、保存完了」

電柱の陰に、カメラを構えた紬が立っていた。


(つむき)! お前、いつからそこに……!」


「……朝4:00から。……先輩が村の境界線を越えた瞬間から、全方位4K撮影中。……先輩、都会でついた『薄情な表情筋』、全部私が記録で矯正してあげる」


(待て待て待て! なんだこの熱量は! 都会で1年間付き合った沙織より、この5分間で浴びた熱量の方が圧倒的に多いぞ! ていうか、朝4時から待機ってストーカーじゃねーか!!)


凛花に「おんぶ(という名の拉致)」をされ、村中を引きずり回された後、俺は村の集会所に放り込まれた。


そこに鎮座していたのは、眼鏡を光らせた理知的な美少女——秋月(あきづき)だった。


「……おかえりなさい、佐藤くん。10年と2ヶ月、そして15日。随分と長く待たせてくれたわね」


「秋月……さん? 昔はもっと、おっとりしてたよね?」


「環境が人を変えるのよ。あなたがいない10年間、この村の『秩序』を守るために、私は感情を捨てて法になったわ」

秋月は机の上に、厚さ30センチはある鈍器のような名簿をドン!と置いた。


「佐藤くん。今日から、あなたは正式に七瀬村の『共有財産』に指定されました」


「……は? きょ、きょう……ゆう……?」


「そう。共有財産。道路や公園と同じよ。あなたは一人の人間である前に、村人全員が平等に享受し、愛で、そして収穫するための『公的リソース』になったの。……あ、ちなみに拒否権はないわ。既に村議会で全会一致で可決されているから」


「どういうことだよ!! 誰の許可取って勝手にインフラ扱いしてんだよ! 俺は人間だぞ! 橋とかダムとかと一緒にすんな!!」


「あら、光栄に思いなさい。あなたの維持費、つまり食費や住居費はすべて『村税』から賄われるわ。その代わり、あなたの24時間はスケジュール管理され、曜日ごとに各ケダモノ……失礼、各担当者に割り当てられる」


(「どういうこと!?」どころじゃない! 完全に人権がログアウトしてる! 都会で誰にも見られなくて寂しいと思ってたけど、まさか『公共施設』に格上げされるなんて聞いてないぞ!!)


頭の整理が追いつかないまま集会所を後にし、なんとか家まで戻って荷物を下ろしてから頭の整理がてら村を散策する事にした。


ちょうど昼時。広場に差し掛かった所でトラクターを蹴散らす勢いで豪華なリムジンが突っ込んできた。


「おーっほっほっほ! 駆さん! わたくしの、わたくしたちの駆さん! 帰ってくるのを信じて、わたくし、村のコンビニを買い取って商品ラインナップをすべて『駆さん好み』に変えて待っておりましたわ!」

現れたのは、金髪縦ロールの麗奈(れいな)


「麗奈……コンビニを買い取った……?」


「当然ですわ! 都会の女なんて、せいぜい自分の服をねだる程度でしょう? わたくしは違いますわ。駆さんの食べるもの、着るもの、住む場所、すべてを『麗奈ブランド』で統一するために、この10年、株と不動産で暴れ回りましたの! さあ、この黄金の重箱に入った『一粒千円の米』を食べなさい!」


「食えるか! 重いんだよ、設定が!」


「……不浄。……金に物を言わせる……成金の匂い。……駆……汚されちゃ……ダメ……」

影から、巫女装束の零がヌッと現れた。


「零……? その塩、俺に撒いてるのか?」


「……お清め。……都会でついた……女の霊障を……祓ってる。……駆……。……私……あなたの帰還を願って……10年間、毎日滝に打たれた。……今なら……あなたの魂を……私の身体に……転送できる……」


「怖いよ!! 物理的な独占じゃなくてオカルト的な独占にシフトしないで!!」


(山を買い占める金持ちと、魂を転送しようとする巫女。都会のスクランブル交差点で誰にも気づかれなかった俺が、今や数億円の資産と、数千年の呪術のターゲットになっている。……どっちに転んでも、俺の命、今日中に終わるんじゃないか?)


(逃げよう!)

生存本能が身体を勝手に動かし俺はその場からダッシュで逃げた。


「あっ…!お待ちなさい!!」

「……逃げ……た?」


土地勘もわからず無我夢中で走っていたが追いかけてくる黒塗り暴走リムジンには勝てず逃げ場を失い、飛び込む勢いでボロ家の中へ逃げ込んだ俺を待っていたのは、かつての近所の優しいお姉さん——これから担任になる松田先生だった。


「あっ!ちょうど良かった!先生! 助けてください! この村、みんな頭がおかしいんです! 俺を共有財産だのインフラだの神様だのって……!」


松田先生は、ビールの缶をプシュッと開けると、俺を背後からガッチリとホールドした。


「え……」


その感触は、ヒロインたちの誰よりも強烈で、逃げ場を許さない。


「あら、佐藤くん。何を今さら。……あなたが5歳の時、私に何て言ったか覚えてる?」


「え……? 覚えてませんけど……」


「『僕ね!おねーちゃんと結婚するー! 僕を一生おねーちゃんの家で飼ってー!』って、私のスカートを覗きながら号泣したじゃない。私はね、あの誓いを守るために、わざわざ教員免許を取って、この村の『番人』として待っていたのよ?」


「記憶の捏造はやめてください!! 5歳の子供の世迷い言を、人生の指針にしないでください!!」


「ふふ、残念。この村の女はね、一度受けた愛の告白は、死ぬまで有効期限が切れないのよ。……さあ、佐藤。あの子たちの『共有』に耐えられたら、最後は私の『独占』が待っているわよ?」


(窓の外では、秋月が測量計で俺の家の敷地を確認し、凛花が「駆くーん! 夕方のトレーニングの時間だよ!」と壁を叩き、紬が換気口からレンズを突っ込んでいる影が見える)


「……先生。都会の孤独の方が、100倍マシでした」


「あら、本気? 鏡を見てごらんなさい。……あなたの顔、都会にいた時より、ずっと『生きてる』顔をしてるわよ?」

先生に言われて鏡を見ると、そこには絶望で顔を真っ青にしながらも、かつてないほど「必死に生きようとしている」自分の姿があった。


都会では誰の目にも止まらなかった俺が、今、この村の全てに食われようとしている。

でも、その狂気じみた愛が、俺の空っぽだった心に、無理やり「存在理由」を叩き込んでいるのも事実だった。


俺の「高校生活」という名の、一生終わらない収穫祭が、今、盛大に幕を上げた。





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