第15話 【日曜日2】建国祭の余韻
昨夜の濃密な熱気が、まだ部屋の隅々に澱のように溜まっている。
窓の外からは湖の穏やかな波音が聞こえるが、俺の周囲の状況は、およそ穏やかとは程遠いものだった。
「……ん……。佐藤くん、目覚めが0.5秒早まったわね。私のバイタル管理下で、あなたの自律神経が完全に私を『主』だと認識し始めた証拠よ」
最初に声をかけてきたのは、やはり秋月だった。
彼女は俺の右腕を抱き枕のようにガッチリとホールドしたまま、眼鏡もかけずに至近距離で俺を凝視している。
乱れた髪と、火照った肌。管理者の仮面が少しだけ剥がれ、一人の少女としての執着が漏れ出していた。
「秋月さん、朝からバイタルとか……っていうか、足が重い……」
「それはそうだよ、駆くん。私が一晩中、離さないようにロックしてたんだから」
左側から凛花が顔を出し、俺の腰に回していた脚の力をさらに強める。
彼女の肌は運動後でもないのに熱く、寝起きのハスキーな声が鼓膜を震わせる。
「おーっほっほっほ! 皆様、朝から見苦しいですわ! 駆さんの目覚めに相応しいのは、わたくしが用意させた最高級の朝摘みローズティーの香りですわよ!」
枕元から麗奈が身を乗り出す。
シルクの寝具がはだけるのも構わず、彼女は俺の頬に自分の頬を寄せ、金髪の房を俺の首筋に絡ませた。
「……駆。……まだ……夢の続き……。……私の結界から……出さない……」
足元では、零が俺の指先を自分の指と絡め、静かに「定着の呪い」を更新していた。
彼女の冷たい体温が、この部屋の熱気の中で唯一の清涼剤……というより、底なし沼への誘いのように感じられる。
「……記録。……朝の光と、女たちの情念に焼かれる先輩。……最高にエモーショナル。……2ギガ、消費」
紬は、梁の上で眠ることなくシャッターを切り続けていたらしい。
カメラのレンズ越しに、彼女の三白眼が鋭く、そして陶酔したように光る。
「はいはい、王様。いつまでも寝てると、女の子たちに食べられちゃうわよ?」
最後に背後から現れた松田先生が、俺の首筋に鼻先を寄せ、深く息を吸い込んだ。
「……いい匂い。一晩中、みんなの愛に揉まれた『共有財産』の匂いね」
先生が俺を抱き上げるようにして布団から引き剥がすと、皆から一斉に不満の声が上がる。
しかし、先生は余裕の笑みでそれをいなし、島のテラスへと俺を連れ出した。
朝日の下、俺の目の前には「駆島」の美しい絶景が広がっている。
……が、その景色の中には、麗奈の私設軍隊が立てた「佐藤駆・万歳」の旗がなびき、秋月の設置した監視カメラが首を振り、零の立てたお札が風に揺れている。
(都会での朝は、誰とも言葉を交わさず、無機質なアラームで無理やり現実に戻されるだけだった。……でもここでは、目を開けた瞬間から、過剰なまでの愛と、逃げ場のない執着が、俺の全身を定義してくれる)
「佐藤。この島も、この村も、あなたの居場所よ」
先生が俺の肩に手を置き、5人のヒロインたちを振り返った。
「さあ、お泊まり会の仕上げよ。建国祭の最後は、全員でこの島を『一周』しましょうか。……もちろん、あなたが地面を歩く必要はないわよ?」
凛花が前屈みになり、麗奈が馬車を用意し、秋月が歩行ルートを策定し、零が周囲を清め、紬が並走する。
向こうでは、誰にも見られず、誰の役にも立たない「透明人間」だった俺が、今や一国の王として、美少女たちに担ぎ上げられている。
狂ってる。
けれど、この狂気がたまらなく愛おしい。
俺は、彼女たちの熱量を背中に感じながら、二度と戻ることのない都会の静寂に、心の中で永遠の別れを告げた。
「さあ、出発よ! 佐藤駆の、終わらない黄金時代の幕開けね!」
俺たちの賑やかすぎる声が、静かな湖面に波紋を広げ、島の空へと高く、高く響き渡っていった。




