第14話【土曜日2】共有財産の解体
「……さあ、佐藤くん。先週のデータに基づいた、真の『最適化』を始めましょう」
土曜日の朝
松田先生の家のリビングは、もはや一般家庭の風景を失っていた。
5人のヒロインたちは、前回の「反省」を活かし、俺という共有財産をより深く、より効率的に、そしてより過激に愛でるための準備を整えていた。
「おはよう、佐藤くん。今日は私の計算に基づいた『全身感覚の再起動』の日よ」
口火を切ったのは、白衣のようなタイトなロングカーディガンを羽織った秋月だった。
今日の彼女は髪をアップにまとめ、うなじを露わにしている。その手には、皮膚の温度を0.01度単位で測定するセンサーが握られていた。
「凛花さん、筋肉へのアプローチは私の測定の後。麗奈さん、その金塊は彼の重心を乱すから一旦下げて。……さあ佐藤くん、まずはその都会の汚れが残った古い皮膚(角質)から、私が一枚ずつ丁寧に管理してあげる」
「ちょっと秋月さん、理屈が長いよ! 駆くんはもっと、本能的な刺激を求めてるんだから!」
凛花が、先週よりもさらに大胆な、背中が大きく開いたスポーツブラと超ミニタイトスパッツ姿で俺の背後に回り込む。
「ほら、駆くん! 私の『人間プレス・ストレッチ』。今日は、君の骨の音を全部録音しちゃうからね!」
「おーっほっほっほ! お二人とも、スケールが小さくてよ! 駆さん、今日は村の湖を貸し切って、わたくしの専用クルーザーで『海上王族生活』を体験していただきますわ! 陸の上では味わえない、浮遊する独占欲……素敵だと思いませんこと?」
麗奈は、透けるようなレースを幾重にも重ねた、海辺をイメージした最高級のサマードレス姿。
手にした扇子には、10カラットのダイヤが埋め込まれ、太陽を反射して俺の視界を眩ませる。
「……駆。……水の上は……霊界に近い。……私が……船底に潜んで……あなたの魂が……魚に喰われないよう……守ってあげる……」
零は、黒いレースのベールを被った、未亡人を思わせるようなゴシックな水着姿。
その白すぎる肌が、リビングの影の中で発光しているように見える。
「……記録。……5人の殺気に当てられて、瞳が潤んできた先輩。……絶望と快楽の境界線……4Kで収穫」
紬は、もはや下着と言っても過言ではないほど短いキャミソール一丁で、脚立の最上段から俺の頭頂部を狙っていた。
(都会の週末は、誰に名前を呼ばれることもなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけの『沈黙』だった。なのに今は、この5人の美少女たちが、俺の皮膚一枚、骨の音一つ、魂の揺らぎまでを、自分のものだと主張して譲らない。……脳が痺れるほどの、過剰な存在証明だ)
「さあ、出発よ。松田先生、車の準備は?」
秋月の言葉に、ガレージから巨大なワンボックスカーが唸りを上げて現れた。
貸し切りにされた湖
麗奈の巨大クルーザーの上で、地獄のような「奉仕」が再開される。
甲板で秋月に全身の「不純物チェック」をされ、冷たいローションを塗りたくられる。
「……佐藤くん、ここを触られると呼吸が乱れるのね。……メモ。弱点、特定」
その横で、凛花が俺を抱きかかえ、波の揺れに合わせて「バランス体幹トレーニング」を強いる。
「駆くん、落ちないように私にしっかりしがみついて! 離したら、そのまま湖の主にされちゃうよ!」
「おーっほっほっほ! 駆さん、あちらに見えるのは、わたくしが今朝買い取った『駆島』ですわ! 今からあそこに上陸して、わたくしと二人きりの建国記念祭を執り行いますわよ!」
「勝手に国を作るな!! 住民は俺一人かよ!!」
「さあ、上陸ですわ! 今日からここが、あなたの、あなたによる、あなただけの聖域……『駆島』ですわ!」
麗奈が扇子で指し示したその島は、湖の真ん中に浮かぶ、まるで楽園を切り取ったような場所だった。
砂浜には純白のパラソルと、ミシュラン星付きシェフが常駐するオープンキッチン。そして、島の中央にはなぜか俺の等身大の黄金像がそびえ立っている。
「……麗奈、これ、戻ったら村の役場に怒られないか?」
「おーっほっほっほ! 役場ごと買い取りましたから、文句を言う者は誰もおりませんわ!」
上陸するや否や、ヒロインたちの「建国行事」が始まった。
「建国に必要なのは、王の肉体の純血性よ。佐藤くん、まずはこの島の泉の聖水(という名の高級炭酸水)で、全身を清めてもらうわ」
秋月が、白衣のカーディガンを脱ぎ捨て、タイトなネイビーの水着姿で俺に迫る。
彼女は精密なブラシを取り出すと、俺の腕や足の指一本一本まで、管理者の眼差しで磨き上げ始めた。
「……心拍数上昇。島という密室環境が、あなたの防衛本能を刺激しているのね。……いいわ、その『怯え』も私のデータの一部として記録する」
「秋月さん、水浴びは後! 建国と言えば、まずは開拓でしょ!」
凛花が、水に濡れて肌に張り付いたスポーツウェア姿で、俺を「お姫様抱っこ」して砂浜を爆走する。
「駆くん、この島を私の脚力で一周して、君の領土の広さを身体に刻み込ませてあげる! ほら、しっかり首に捕まっててよ!」
彼女の健康的な体温と、運動で火照った肌の感触が、直接俺の胸板に伝わってくる。
「……駆。……この島の地下には……私の結界を埋めた。……ここから先は……現世と隠世の狭間。……誰も……あなたを連れ去ることは……できない……」
零が、黒いレースのベール越しに俺をじっと見つめ、俺の足首に「終身雇用」を意味する呪いのミサンガを編み込んでいく。
「……記録。……王様(先輩)を奪い合う、4人の狂った忠臣。……構図、最高。……建国第一号の写真は……先輩の『泣き顔』に決定」
紬が、岩陰や木の上から、もはや気配を消してシャッターを切り続ける。
彼女のレンズ越しに感じる視線は、太陽の光よりも熱い。
豪華なバーベキューで、麗奈が最高級の肉を俺の口に運び、凛花が俺の筋肉を労り、秋月が栄養バランスを説き、零が食事に「情愛の呪い」をかける。
都会のコンビニ弁当を一人で食べていた頃の俺が、今の俺を見たら「悪夢」だと思うだろうか。それとも「天国」だと思うだろうか。
「……ねえ、佐藤。そろそろ日も落ちてきたわね」
夕闇が島を包み始める頃、松田先生がグラスを片手に微笑んだ。
「今日はもう、村に帰るには遅すぎるわ。……この島にある麗奈の別荘で、一晩じっくり『建国のお祝い』をしましょうか?」
その言葉に、5人の少女たちの瞳に、これまで以上の妖しい光が宿った。
「……どうして、こうなったんだ」
麗奈の別荘。豪華で煌びやかな広いリビングやベッドルームが何個もあるにもかかわらず、なぜか俺は一番奥の豪華な寝室で、6人の女性たちに囲まれて「川の字」ならぬ「密集の字」で巨大なベッドに横たわっていた。
「佐藤くん、あなたの安眠を管理するためには、この距離が必要なの」
右隣の秋月が、俺の腕を自分の胸元に引き寄せるように抱きかかえる。
薄手のネグリジェ越しに伝わる彼女の規則正しい鼓動と、少し火照った肌の熱。
「私の心拍数と同期しなさい。……そうすれば、あなたは私の夢の中から逃げられなくなる」
「ずるいよ秋月さん! 駆くんの『湯たんぽ』役は、私の筋肉が担当するんだから!」
左隣からは凛花が、もはや下着同然の格好で俺の腰にしがみついてくる。
アスリート特有のしなやかで力強い脚が、俺の足に絡みつき、逃げ道を完全に塞ぐ。
「ねえ、駆くん。……私の心音、聞こえる? 今夜、君にだけ、私の本気を教えてあげる……」
「おーっほっほっほ! お黙りなさい、わたくしの枕元が一番の特等席に決まっていますわ!」
俺の頭側では、麗奈が俺の髪を指で遊びながら、うっとりと見つめていた。
「駆さん、わたくしのシルクの寝具よりも、あなたの髪の感触の方がずっと贅沢ですわ。今夜は、わたくしがあなたの耳元で、明日の『買い取り計画』を囁き続けて差し上げますわね」
足元からは、ひんやりとした冷気が漂う。
「……駆。……影を……繋げた。……眠っている間……あなたの魂を……私の霊界に……招待する……」
零が、俺の足先に自分の足を重ね、静かに呪文を唱え始める。
その瞳には、深い深い底なしの愛が揺らめている。
「……記録。……5人に囲まれて、酸素不足で顔が赤くなっている先輩。……4K赤外線モード、起動。……一生、消さない……」
紬は、なんと俺の真上の天井の梁に陣取り、カメラを構えていた。
レンズの赤いランプが、闇の中で死神の目のように光る。
「ちょっと、みんな。主役を困らせすぎじゃない?」
最後に、俺のすぐ背後に滑り込んできたのは松田先生だった。
彼女は先生らしい余裕を感じさせつつも、その腕は誰よりも強く俺の首筋に回されていた。
「……佐藤、諦めなさい。都会の冷たいベッドを思い出す暇なんて、一秒も与えてあげないから」
先生の吐息が耳元にかかる。
右からは知的な支配。左からは野生の情熱。頭上からは資本の抱擁。足元からは霊的な束縛。天井からは永遠の記録。そして背後からは、すべてを包み込む先生の包容力。
都会では学校で無視され、やっとできた彼女にも壁扱いされ疲弊しきった俺は毎日布団の中で孤独に震えていた。
でも今は、熱い。
彼女たちの吐息、肌の熱、心臓の音、そして重すぎるほどの執着。
それらが混ざり合い、密室の空気は濃密な熱帯夜へと変わっていく。
「……苦しい……けど……」
俺は、彼女たちの香りと温もりに溺れながら、不思議な安心感に包まれていた。
このまま、この島で、この熱の中で、溶けてしまってもいいかもしれない。
向こうで自由という名の絶望よりも、この村の、この部屋の、逃げ場のない愛という名の牢獄。
「…いい…かも………」
俺は意識が遠のく中、彼女たちの執着を全身で受け止めて、深い深い闇へと堕ちていった。




