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第11話 【水曜日2】視線の檻


「……カシャッ、カシャッ、カシャッ……」


意識が覚醒するより先に、鼓膜を叩く高速の連写音。

薄目を開けると、そこには案の定、至近距離でファインダーを覗き込む紬の姿があった。


水曜日担当:全方位記録者

つむぎ

休日の私服よりもさらに大胆な、肩紐が細すぎるキャミソールにショートパンツ姿。

寝起きの俺の体温を逃さないよう、布団の中にまでレンズを差し込んでいる。

無造作な黒髪の間から覗く三白眼は、もはや獲物を記録すること以外、何も考えていない。


「……先輩、おはよう。……寝起きの瞳孔の収縮、0.5秒。……都会の朝にはなかった、深い安らぎと諦めの混ざった色。……最高」


「紬……お前、先生の寝室のスペアキー、どこで手に入れたんだよ」


「……鍵なんて、物理的な障壁。……私のレンズは、壁も、服も、心の裏側も、すべて透過シースルーする。……今日一日、先輩のプライバシーは……私のメモリーカードに没収された」


紬は感情を排した口調で告げると、俺の首元に「小型ウェアラブルカメラ」をネックレスのように装着した。


「……これは、先輩の視界を私と共有するためのデバイス。……先輩が見るもの、すべて私が同時に見る。……私たちは今日、一つの視覚になる」


(ここでは、瞬き一つがコンテンツになり、溜息一つがアーカイブされる。……怖すぎるはずなのに、この『一秒も逃さず見つめられている』という感覚が、俺の存在をこれ以上ないほど強固に固定していく)


登校中も、紬の「追跡」は異次元の領域に達していた。


曲がり角ごとにドローンを飛ばし、俺が足元の花に目をやれば、即座にその角度から接写マクロ撮影が行われる。


「紬さん! 記録もいいけど、駆くんの移動効率も考えてよね!」

凛花が横から飛び出し、俺を背負い直す。


「ほら、駆くん! 紬のレンズを意識して、もっといい顔して! 2週目の月曜・火曜を超えた、最高の表情を見せてよ!」


「おーっほっほっほ! 紬さん、そのカメラの解像度が足りなくてよ! わたくしが買い上げた最新の8K衛星カメラの映像を使いなさいな。駆さんの産毛一本まで、宇宙から監視できますわ!」

麗奈が空を指差すと、黄金のドローン軍団が紬のカメラと編隊を組んで飛行を開始した。


「……記録。……衛星と筋肉と資本に翻弄される先輩。……全角度から、愛でる」


紬の指が止まらない。



昼休み、黄金の別棟。


モニターには、今朝俺が先生の家で食べた「目玉焼きを咀嚼する瞬間」のハイスピード映像がループで流されていた。


「紬さん、この咀嚼音の波形、少し乱れているわね。昨夜の鍋の消化が完全ではない証拠よ」

秋月がタブレットで音波分析を行い、俺の体調を管理し始める。


「……駆。……瞳の奥に……まだ……都会の残像が写り込んでる。……私が……その瞳の裏側に……私の名前を書き込んであげる……」

零が俺の顔を両手で挟み込み、至近距離でじっと見つめてくる。


(五感のすべてが、彼女たちの『記録』と『分析』と『執着』によって埋め尽くされていく。都会で誰の記憶にも残らなかった俺が、今や数テラバイトのデータとして、彼女たちの人生を侵食している)



放課後、いつものように松田先生の車に回収される。


「佐藤、今日はだいぶ『撮られた』みたいね。紬のフォルダ、あなたの写真だけでパンクしそうよ?」

運転席の先生が、バックミラー越しに微笑む。


「先生……俺の人生、全部ハードディスクにバックアップされてる気分ですよ。死んでもデータとして生き残りそうで……」


「ふふ、いいじゃない。この村では、誰もあなたを忘れないし、消させない。……記録されることは、永遠に愛されることと同じなのよ」

先生の言葉に、紬が小さく、だが力強く頷いた。


「……先輩。……明日も、明後日も、10年後も。……レンズの先には、いつも私がいる」


俺の右側で凛花が俺の腕を抱きしめ、左側で麗奈が俺の肩に頭を乗せ、後ろで零と紬が俺の影と視線を支配し、助手席で秋月が俺のバイタルをログに刻む。

都会の孤独という名の「消去」より、この村の、永遠に消えない「保存」。


俺は、紬の絶え間ないシャッター音を心地よいリズムに感じながら、先生の家への道を、彼女たちの執着と共に進んでいった。




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