第10話【火曜日2】秋月の精密検査
二週目の火曜日。
秋月の「管理」は、もはや教育という生易しいレベルを超え、一種の「儀式」へと進化していた。
「……0.2秒、遅いわね」
登校中、隣を歩く秋月が俺の顔を覗き込み、眉をひそめた。コンタクトに変えた彼女の瞳は、俺の瞳孔の開き具合すら見逃さない。
「何がだよ。普通に歩いてるだろ」
「瞬きのタイミングよ。私の呼吸と同期するようにプログラムしたはずなのに。……佐藤くん、まだ都会の『自分勝手なリズム』が抜けきっていないようね。今夜は先生の家で、徹底的なリズム補正(同期)が必要だわ」
秋月はそう言うと、俺の腕に冷たい金属製のデバイスを装着した。
「これは新型のバイタル共有機。あなたの心拍が上がれば私の端末に通知が来るし、私が『愛』を感じれば、あなたの腕に微弱な電流が流れる仕組みよ。これで私たちは、精神的にも物理的にも一つになれる」
「怖すぎるわ! 今すぐ外せ!!」
叫びながら校門をくぐると、そこには案の定、いつもの顔ぶれが揃っていた。
「あ! 秋月さん、また駆くんに変な機械つけて! 駆くんの腕が重くなっちゃうでしょ!」
凛花が駆け寄り、俺のもう片方の腕を強引に引き寄せる。
「駆くん、今日は放課後、私の『特製マッサージ・ハードモード』を受けてね。秋月さんの理屈っぽさを、私の筋肉でほぐしてあげるから!」
「おーっほっほっほ! 秋月さん、そんな安っぽいデバイスではなく、わたくしが開発させた『純金製・24時間監視ドローン』を使いなさいな。駆さんの毛穴一つまで、衛生経由でモニタリングできますわよ!」
麗奈が扇子を広げると、上空で数機の金色のドローンが羽音を立てて旋回を始めた。
「……記録。……機械とドローンに囲まれた、サイバーな先輩。……無機質な執着……あり」
いつの間にか背後にいた紬が、低いアングルから俺を狙う。今日の彼女は、昨日よりもさらに布面積の少ないキャミソール姿だ。
「……駆。……機械なんて……信じちゃダメ……。……私の……呪術の糸の方が……もっと深く……あなたを縛れる……」
零が俺の影を踏みながら、冷たい指先で俺の首筋をなぞった…。
昼休み、黄金の別棟。
秋月のデバイスが、突然「ピピピ」と激しいアラートを鳴らした。
「……心拍数急上昇。佐藤くん、今、誰を想ったのかしら?」
秋月がタブレットを操作しながら、冷徹な笑みを浮かべて俺に詰め寄る。
「誰って……お前ら全員に囲まれてて、心拍数が上がらないわけないだろ!」
「あら、それは光栄ですわ。でも、一番拍動が速くなった瞬間の視線は、わたくしの方を向いていましたわよね?」
麗奈が俺の顎をクイと持ち上げる。
「……違う。……私がお経を……唱えた時……一番……震えてた……」
零が横から俺の胸元に耳を当て、直接鼓動を確かめようとする。
(都会では、心臓の音なんて自分一人でしか聞かなかった。でも今は、この5人が俺の鼓動の一つ一つを奪い合い、分析し、愛でている。……狂ってる。でも、この『生を監視される』という極限の状況が、俺の空っぽだった心を満たしていく)
放課後、松田先生の車に全員乗り込む。2週目に入り、車内の「定位置」も完全に固定されていた。
「佐藤、今日も一日『共有』お疲れ様。秋月の同期設定、上手くいったかしら?」
運転席の先生が、楽しそうにバックミラーを覗く。
「先生……俺の心拍数、村のサーバーにアップロードされてるらしいですよ。もう隠し事も何もできません」
「ふふ、いいじゃない。隠し事なんて孤独の始まりよ。ここでは全員があなたの全てを知っていて、その全てを愛しているんだから」
先生の言葉に、5人が深く、満足げに頷く。
俺の右腕には凛花の熱、左腕には麗奈の贅沢な残り香、後ろからは零と紬の静かな執着、そして助手席からは秋月の冷徹な視線。
「……ああ、もう、これでいいんだ」
俺は、デバイスから伝わる秋月の「パルス」を心地よく感じながら、深い安らぎの中にいた。
都会の自由という名の虚無より、この村の、窒息するほどの「同期」。
俺たちの車は、夕闇の村を、愛という名の重力を撒き散らしながら走り抜け帰路に着いた。




