表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声のない世界の歌  作者: みえない糸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第四話 偽りの歌

ミナは生きて戻った。


それは奇跡に近い出来事だったが、扱いは違った。


《回収成功》

《任務継続可能》


ただ、それだけ。


記録として処理され、ログに埋もれていく。


個人の生還に意味はない。

システムにとって重要なのは、損失率と回収量だけだった。


ミナは再び居住ユニットへ戻されていた。


白い天井。

白い壁。

白い床。


変わらない。


(戻ってきた……)


だが、何かが違う。


身体ではなく、感覚の奥に、わずかなズレがある。


喉の奥。

胸の内側。


説明できない違和感。


ミナは手を見た。


白い物体は、もうない。

分析のために回収された。


だが、あの感触だけは残っている。


軽くて、滑らかで、

そして“何かの一部”だった感覚。


(あれは……本物だった)


そう思う。


理由はない。

だが、確信だけがある。


ミナは壁の端子に手を触れた。


現実は、もう十分だった。


次の瞬間、視界が開く。


色が戻る。

光が満ちる。


《エデン》。


人工の空。

穏やかな風。

整った街並み。


何もかもが“理想的”に配置された世界。


ミナは広場に立っていた。


《おかえり》


すぐに声が届く。


あの場所で、あの少女が立っていた位置。


だが——


そこには誰もいない。


(……いない)


当然だった。


あの少女は、もう存在しない。


ログ上では“損失”。

それだけの扱い。


代替アカウントはすぐに補充される。


欠けた場所は、すぐに埋められる。


世界は、何も変わらない。


《今日の演奏、聴いた?》

《上層区の新規データだって》

《すごく感動するらしいよ》


周囲の会話が流れる。


音楽。


この世界にも“歌”はある。


だがそれは、脳波に直接送られる信号。

完全に最適化された波形。


不快な揺らぎは排除され、

感情を最大効率で刺激するように設計されている。


ミナは、広場中央へ歩いた。


演奏が始まる。


音が——届く。


だが、それは“音”ではない。


最初から理解された状態で、脳に流れ込む。


美しい旋律。

調和の取れた構造。

完璧なリズム。


《どう?》

《すごいでしょ》

《感動指数、過去最高らしいよ》


周囲の反応も、同時に流れ込む。


喜び。

驚き。

満足。


すべてが整っている。


(……違う)


ミナは立ち止まった。


何かが、決定的に違う。


確かに“美しい”はずなのに、

何も残らない。


心が動かない。


(なんで……)


もう一度、意識を向ける。


旋律を追う。


だがそれは、あまりにも正確すぎた。


揺らぎがない。

乱れがない。

迷いがない。


最初から“完成された答え”として流れ込んでくる。


(これ……)


ミナの中で、何かが繋がる。


あの海底。


あの亀裂。


あの“歌”。


不完全だった。


揺れていた。

不規則だった。

意味も分からなかった。


だが——


(あれは……)


確かに“何かがそこにあった”。


伝えようとするもの。

届こうとするもの。


このVRの歌には、それがない。


ただ、“そう感じるように設計された結果”があるだけ。


《ミナ?どうしたの?》

《反応が低いよ》

《ちゃんと受信してる?》


問いかけが届く。


ミナは少しだけ考える。


そして、返す。


《うん、聞いてる》


それは嘘だった。


聞いている。

だが、受け取っていない。


(これ……全部)


理解してしまう。


これまで感じていた“感動”。

“美しい”という感覚。


それはすべて——


与えられたものだった。


設計された刺激。

最適化された反応。


自分の中から生まれたものではない。


(空っぽだ)


その言葉が浮かぶ。


この世界は満ちている。

色も、光も、音もある。


だが中身がない。


すべてが“結果だけ”で構成されている。


(あの歌は違った)


意味は分からない。


だが、確かにそこには“何か”があった。


理解できなくてもいい。

不完全でもいい。


それでも——


“存在していた”。


ミナはゆっくりと喉に手を当てた。


あのとき。


海底で。


確かに何かが、ここで震えた。


声にならない何か。


(出したい……)


その衝動が、初めて明確な形になる。


だが方法が分からない。


使い方を知らない。


人類はそれを、もう何百年も使っていない。


《感情同期を調整しますか?》

《不快指数が上昇しています》


システムが介入してくる。


ミナはそれを拒否した。


《不要》


即座に送る。


その判断もまた、初めてのものだった。


これまでは、調整に従うのが普通だった。

違和感は修正されるものだった。


だが今は違う。


(このままでいい)


この不完全な状態。

この違和感。


それが、あの海底と繋がっている気がした。


ミナは空を見上げた。


青い。

どこまでも綺麗な空。


だが、それは存在しない。


ただの再現。


ただの模倣。


(本物は……どこにある)


その問いに、答えはない。


だが一つだけ、確かなことがあった。


あの沈黙の海の底に、

まだ“何か”が残っている。


それは、この世界が失ったもの。


そして——


ミナが初めて、自分の意思で“欲しい”と思ったものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ