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67. 誓い


私が頷いたことに泣きそうに口元を引き締めたルーカスは、私の手を取って希うように自らの額に押し当てた。


「ミズキに、お願いがあるんだ」


ルーカスの言葉に、私は涙を拭って「はい」と顔を上げた。


「――結婚しよう」


思いもかけなかった言葉に、私は目を見開いて固まる。


「前に、エルフの結婚でするおまじないの話をしたことがあったでしょう?」

「は、はい。同じ時を生きていこうっていう、おまじまいですよね」

「うん。それはね、命を分け合う、エルフのみに伝わる古い秘術なんだ」


エルフは持って生まれた魔力によって寿命が異なる。多くのエルフは三百年ほどの寿命だが、魔力が少なく二百年ほどで寿命を迎える者もいれば、五百年以上生きる者もいる。だから、同じ時を生きるために寿命を分け合う秘術が生まれたという。


「ほんとうは、全部が終わって、病気も完治させて、ミズキが何の心配もなくこの世界で生きていけるようになってから、ちゃんと説明しようと思ってた。こんな急に、選択を強いるようなこと、したくはなかった」


辛そうに、悔しそうに、ルーカスは唇を噛みしめる。


「俺と寿命を分け合うということは、人間であるミズキにとって想像できないほどの長い時間を生きなきゃならなくなるという事だ。いつかその長い生に絶望した時、この魔法はミズキにとって呪いとなるかもしれない」


翡翠の瞳に、暗い影がさす。


「俺は、とても残酷な事を言っているんだ。死ねないという事は、病気に苦しみながら生きろと、言っているんだよ。それに……側にいられない間、また辛い痛みがミズキを襲うことになる」


ルーカスの言葉に、私はハッと彼を見上げる。


「それは……病の痛みがなくなったのは、薬のお陰じゃなくてルーカスさんが魔術で痛みを取り除いてくれていたって事ですか?」

「……」

「……もしかして、ルーカスさんが私の痛みを引き受けてくれていたんですか……?」

「…………」


もしルーカスが私に嘘をつかないという誓約がなければ、きっとルーカスはそんな事ないと否定していたんだろう。沈黙を選んだルーカスに、瞳が潤む。


「わ、私は、自分の代わりにルーカスさんが苦しむなんて、嫌です。そんな事、してほしくなかったです」

「……うん、知ってたよ。優しい瑞希は、こんなこと望まないだろうって。でも、俺は絶対にこれ以上ミズキに辛い思いなんてさせたくなかった。これは、俺の我儘なんだ。……でも結局、これからミズキに辛い思いをさせてしまう事になる」


ルーカスは、それでも目を逸さなかった。


「でも、ごめんね。俺はもう、ミズキなしでは、生きていけない」


ルーカスの言葉が、二人の間に静かに落ちる。

翡翠の瞳が、まっすぐに私を映した。


「――どうか、俺と結婚してほしい。ミズキと、生きたいんだ」


込み上げてくるものを、ぐっと飲み込む。

泣きそうになるのを堪えて、私はわざと頬を膨らませた。


「……私、怒ってますから。勝手に、痛みを移す魔術をかけていたこと」


私は精一杯、怒った表情を作ってみせる。


「だから、ルーカスさんが帰ってきたら、たくさん、怒ります。たくさん、我儘も聞いてくれないと、許しませんから」


声が、震える。


「……だから、ちゃんと帰ってきてくれるって約束してくれるなら……私を、ルーカスさんの奥さんに、してください」


私の言葉に、ルーカスは息を呑んだ。

繋いだ手に力がこもり、ぐいっと強く引き寄せられる。


「……ありがとう、ミズキ。約束する。絶対に帰るよ。ごめん、……でも、とても、嬉しい」


ぎゅっと、強く強く、抱きしめられる。

その腕が震えているのに気づいて、私の虚勢はすぐに萎んで消えてしまった。


「ごめんなさいっ、許さないなんて、嘘です。だから、絶対、無事に帰って来てください。待っています。ずっとずっと、待っていますから」


「――大好きです、ルーカスさん」


やっと面と向かって言葉に出せた想い。

ルーカスは目を見開いた後、くしゃりと泣きそうに顔を歪め、とても幸せそうに笑った。


「俺も、誰よりミズキを愛してる」


そっと、壊れものを扱うようにルーカスの手が頬に触れた。近づく唇に、ふとあの日の心ないキスを思い出す。

――でも。

いま、目の前にいるルーカスの手は小さく震えていた。まるで、私を傷つける事を酷く恐れているように。

私は、もう貴方から与えられるもので傷つくことは無いのだと、そう言う代わりに、そっと私からその距離を埋める。

目を見開いたルーカスは、次いで泣きそうな笑みを浮かべてもう一度私に顔を寄せた。

啄むような、どこまでも優しいキス。


「……次にミズキにキスする時は、絶対泣かせないって、決めてたんだけどな……」


そう言ってルーカスは、とても、とても優しい手つきで私の頬の涙を拭った。



ルーカスは自分の親指を噛んで血を滲ませると、宝物のように私の手を取って小さく呪文を唱える。すると私の親指にちくりと、熱をもつ痛みが走る。見れば、針に刺されたようなとても小さな傷からぷくりと血が浮かんでいた。その親指同士を、ルーカスはぴたりとくっつけた。そして額を重ね、静かな言霊が紡がれる。


『古の一族の末裔の血に誓う。我ルーカスは、この者を生涯の番としその命を守り、尊び、共に生きる事をここに誓う』


カッと神聖な光が二人を包む。

光が収束した時には、指先の傷は元から何もなかったかのように消えていた。それでも、胸の奥に温かな繋がりが生まれたことが感覚的に分かる。

ぎゅうっと痛いほどに抱き締められた腕の中で、私は記憶に刻むようにルーカスのトクトクという胸の鼓動を聞いた。

命が、心が繋がっている。心までも、ルーカスに抱きしめられているようだった。


「ああ、幸せだ」


私を抱き締めるルーカスからぽろりと零れた呟き。その瞳から流れた雫を、私はそっと手を伸ばして拭った。

そして、精一杯の笑顔を浮かべた。

彼が、心配しないで出発できるように。


「いってらっしゃい、ルーカスさん」

「うん、……いってきます、ミズキ」
























その日、世界から歪みが消えた。

まるで嘘のように、なんの唐突もなく。


ルーカスが転移で消えてから、結界石の前で両手を握りしめ立ち尽くしていた私は、漂う瘴気の消滅と共にその場に崩れるように膝をついた。

ぼたぼたと流れる涙をぬぐうこともなく、私は声を殺したまま、泣き続けた。

彼のいない、この世界で。






今日中に最終話更新します!

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