68. 約束の花
春のあたたかな日差しがリビングへと差し込む昼下がり。
私は、ノックの音に立ち上がり玄関へ向かった。
「こんにちは、ミズキ様。お加減はいかがですか?」
「リヒト君、こんにちは。今日はとても調子がいいんですよ」
私は笑顔でリヒトを家に迎えた。
歪みが消滅してから、ルダニア王国は上を下への大騒ぎとなった。ルーカスが歪みへ向かう直前に魔術で焼き付けた手紙で指示をしていたらしく、リヒトは王都に戻ってからすぐにハーリアの独立を宣言。初めは歪みの消滅など信じなかった王都の貴族たちが情報の錯綜に混乱している間にハーリアへと取って返した。下手に長居をすれば、半獣人の労働力を惜しんだ貴族たちに不利な契約を結ばされることが分かっていたからだ。
歪みの消滅と共に瘴気の消えた大地では、豊かな実りが顔を出し始める。半獣人たちの力があれば、ハーリア国を再建することは可能だろう。リヒトならば、きっとすぐにルダニア国とも肩を並べるような国を作っていける。
私も歪み消滅の報告を行った場ですぐハーリアへ行くことを宣言し、混乱に乗じてリヒトと共に辺境へと戻ってきた。
当初リヒトはハーリアの城で住まないかと提案してくれたけれど、私はそれを断ってルーカスの隠れ家に住んでいる。
週に一度、食料品などを持って様子を見に来てくれるリヒトには頭が上がらないけれど、リヒトはむしろこんな事では世界を救ってくれたお礼には足りないくらいだと笑ってくれて、こうしてちょくちょく話し相手になりに来てくれる。それは他のみんなもおんなじで、マイクもよくお菓子をお土産にやって来てくれるし、家族とともにハーリアに移住したローグも、リコちゃんもお見舞いに来てくれる。遠方にも関わらず、この前はヴァルトとアンナもお土産をたくさん持ってやって来てくれた。
「……ルーカス先生が歪みと共に消えて、もう一年が経つのですね」
ソファに座り窓から見える花々に目を細めながら、リヒトが静かにつぶやく。私も窓の外に視線をやりながら、小さく「そうですね」と頷いた。
私がお茶を出そうと厨房に向かおうとすると、リヒトが慌てたように立ち上がる。
「お茶でしたら僕がっ」
「大丈夫ですよ。今日は本当に調子が良いんですから。たまには私に淹れさせてください」
南の結界石へ向かう前、ルーカスはみんなに全ての事情を話していた。自分がエルフの生き残りであることさえも、だ。そして私の病についても説明し、もし自分が側にいない時は私を守ってほしいと頭を下げたのだという。
「……あの時は、とても驚きました。ですが、話を聞いてとても腑に落ちたこともあります。どうして先生は、あんなに孤独な瞳をしているのだろうか、と……。先生の苦しみに全く気が付かなかった自分が悔しかった。僕は、先生に守られてばかりの子供だった。
……けれど、それでも、嬉しかったのです。ルーカス先生が、僕たちに打ち明けてくれたことが」
共に淹れた紅茶を飲みながら、リヒトは私を見た。
「ミズキ様のおかげです。貴女がいなければ、きっと先生が人を信じて自分の正体を打ち明けることなど決してなかった。そうなれば、きっと僕は今頃何も分からないままに先生が居なくなった事を嘆いていたでしょう。――ミズキ様には、本当に感謝しています」
リヒトは、太陽のような笑顔を浮かべた。
「ですから、先生がお帰りになるまでは先生の代わりに僕がミズキ様をお守りするのは当然のことです。ご不便なことがあれば、何でも遠慮なくおっしゃってくださいね」
「リヒト君……。ありがとう、ございます。でも、今でも十分過ぎるほど助けられていますよ」
「……本当は、医師のいる城に来ていただけるのが一番安心ではあるのですが……。本当に、お体の具合は大丈夫なのですか?酷い痛みを、我慢なさっているのでは……」
「ふふ、そうですね。辛くないかと言われたら、嘘になってしまうかも知れません。でも、この痛みは私が生きている証。それはつまり、ルーカスさんも生きているということです。だから私は、この痛みが愛おしくもあるんです。――それに、たまに不自然に痛みが途切れる事があるんですよ」
「!それって……」
「ええ。もしかしたら、ルーカスさんが秘術の繋がりを利用して、私の痛みをまたしても自分に移そうと、どこかで試行錯誤しているのかもしれません」
「ふ、はははっ。それは、確かにルーカス先生らしいですね」
私とリヒトは、ふふっと笑い合う。
「ですが、いつこの世界に戻ってこれるのかは、分からないのでしょう?お一人でここにいる事が辛くなった時は、いつでも城にいらしてくださいね」
「ありがとうございます。……でも、ルーカスさんは帰ってくると約束してくれました。だから私は、いつまででも、ここで待っていたいんです。
――だって私は、ルーカスさんの奥さんですから」
***
一面に広がる小さなエルミアの花が、春の風に揺れていた。桃色の花びらが舞う風に、髪に結んだ翡翠色のリボンもひらりと舞う。
私は、今日も家の前に広がる花畑にひとり佇んでいた。
そっと胸に手を当て、胸の奥であたたかく灯るルーカスとの繋がりへ向かって語りかけるように言の葉を紡ぐ。
「ルーカスさん、今日は、リヒト君が来てくれたんです。元気に、ハーリアのみんなを纏めて頑張っているようですよ」
「マイク君も、騎士としてリヒト君と共に復興を頑張っているそうです。ローグさんは、お母さんとリコちゃんとこの街で仲良く暮らしています。ヴァルトさんは、王国で今も騎士団長として活躍されているそうです。アンナさんも、ちょくちょく遊びに来てくれるんですよ。街の人たちにもとても親切にしてもらっているので、私のことは心配しないでくださいね」
「……」
言葉が続かなくて、私は一度視線を落とす。
「でも……」
「……やっぱり、寂しいです」
私は瞼を下げて、ぎゅっと胸元で手を握りしめた。
「ルーカスさん、一緒に植えたお花……もう、満開ですよ」
「……会いたいです、ルーカスさん」
ぽたりと、雫が地面に落ちる。
その時、ふわりと、風が頬を撫でるのを感じた。
「?」
顔を上げかけた、その瞬間、
――私は、後ろから温かな腕の中にとらわれていた。
「……ルーカス、さん……?」
声が、震える。
私は、その温もりを知っていた。
振り返るのが、怖かった。
それでも、私は次の瞬間には迷いを振り切るように振り返った。
その視界の中に、――見間違えるはずがない、大好きな人の笑顔が映る。
「――ミズキ」
「っ!」
少し、痩せただろうか。至る所が傷だらけで髪は乱れ、服は焼けこげの後もありボロボロだ。
それでも、私にとって世界で一番格好いい大好きな人の頬にそっと手を伸ばす。夢じゃないか、確かめるように。
「夢じゃ、ない……?」
「……うん。たくさん待たせて、ごめんね」
触れた手から感じる確かな温もりに、じわりと目頭が熱くなる。
ぽろぽろと流れる涙をそのままに、私は、心からの笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい、ルーカスさん」
「うん、っ……ただいま、俺の奥さん」
エルミアの花が風に揺れる。
花畑の中で抱き合う二人を、小さな桃色の花が寄り添うように静かに見守っていた。
一緒に見ようと約束したその花は、来年も再来年も――きっとこの先ずっと、二人のそばで咲き続けるだろう。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
少しでもおもしろかったと思っていただけたら、ご感想や評価いただけるとすごくすごく嬉しいです(*^^*)




