64. 祝福の夜
馬車で一週間かけて、私たちはリヒトの治めるハーリア辺境伯領へとやって来た。
ハーリアの中では一番栄えているという大通りは、王都ほどの華やかさはなくとも皆が支え合って生きているのが感じられる。素朴で、温かな雰囲気のある街だった。
「あ、リヒト様だ!お帰りなさい!」
「領主さま、お帰りなさい」
道行く人々が、馬車の中のリヒトに気が付き手を振る。それに、リヒトは穏やかな笑顔で挨拶を返している。
馬車は町の中心にある領主城の前で止まった。王都の華美な王城とは違い、辺境の領主城は強固な砦のような印象を受ける。魔獣の侵入を防ぐための、実質的な砦の役割を果たしているのだ。
「今日は皆ここでゆっくりお寛ぎください」
リヒトの言葉に、各々客間に案内してもらう。
「ミズキ、疲れてない?少し休む?」
心配そうに聞いてくれるルーカスに、私は笑顔で答えた。
「馬車に乗っている間、ずっとルーカスさんが休ませてくれましたから大丈夫ですよ」
「それなら良かった。なら、少し街を見てみたい?」
「良いんですか?」
ルーカスの言葉に私は顔を輝かせる。
辺境伯領のお祭りに行かなかった私は、今回初めてハーリアの地へとやってきた。リヒトとマイク、そしてルーカスが暮らしてきた、そして守ってきたこの土地を、私もずっと見てみたいと思っていた。
「もちろんだよ。ミズキのやりたい事、なんだって言って。ミズキの願いを叶えるのも、俺の特権だからね」
そうして、嬉しそうに私を抱き上げるルーカス。まるで、離すまいとするかのように。
私はそっと、そんなルーカスに体を預けた。少し恥ずかしかったけれど、そうするとルーカスがとても嬉しそうに、幸せそうに笑う事に気が付いたから。
街へ出る途中、リヒトとマイクとも合流した。もはやルーカスが私を抱き上げていることを見慣れ過ぎて何も言わなくなっている二人も街へ行くという事で、共に大通りまでやってきた。
「あ、マイクだ!お帰りー!」
「おお、ルーカス先生、お帰りなさい」
リヒトだけでなくマイクやルーカスにも、顔見知りらしい人々が手を振っている。そして当然のように、ルーカスに抱きかかえられている私に注目が集まった。
「ねえねえ、そのおねーさんは?」
「この方は、結界石の浄化をしてくださる聖女様だよ」
「そーなの?!でも、どうして抱っこされてるの?」
子供の純粋な問いかけに、さすがに恥ずかしくて下ろしてもらおうとしたのだけれど、ルーカスはまるで宝物を自慢するかのように、堂々と言葉を返した。
「もちろん、俺の世界一大切な人だからだよ」
恥ずかしがることもなくそう言い切ったルーカスの言葉に、私は頬が熱くなる。周りに集まっていた人達が、驚いたようにざわざわと湧いた。
「ほっほっ、あのルーカス先生がのお」
「こりゃ、何人もの娘たちが泣くんじゃないか?」
「聖女様、これあげる!」
そばに来た小さな女の子が、お花を渡してくれた。小さくて、どこにでも咲いていそうなお花だったけれど――その温もりが、とてもあたたかかった。
私はルーカスに下ろしてもらって、女の子の目線に合わせて膝をついた。
「ありがとう。とっても嬉しい」
こんな私を歓迎してくれて、あたたかなプレゼントまでしてくれた事が嬉しくて自然と頬が緩む。すると正面の女の子は頬を赤く染めて、ポーッとしたように私を見つめた。
「女神さまみたい……」
「……いや、本当に綺麗な人だねえ。さすがルーカス先生を射止めた聖女様だわ」
ざわざわとそんな言葉が聞こえてきて、私はお花を持ったままどうすれば良いのかとおろおろとルーカスに振り返る。しかしルーカスは、当然だというように頷いていた。
「いやあ、おめでたいねえ。そうだ、めでたいと言えば、ちょうど今日の午後から家具屋のダンと幼馴染のセラの結婚式があるんですよ。領主さまも是非祝福を送ってやってください」
「そうか、是非お祝いに向かうよ。聖女様も、よろしければ是非祝福を送っていただけませんか?辺境伯領では、結婚式では街中の者が集まって祝福するんです」
「はい、是非!」
午後になると、大通りの中央の広場に大きなテーブルがいくつか出され、その上に心ばかりのご馳走が並べられた。そこに、白い晴着を着た花嫁と花婿がやって来た。皆から花びらを撒かれて祝福を受ける二人は、とても幸せそうに微笑んでいる。
「とても綺麗ですね」
こちらまで幸せな気持ちになってそう言えば、ルーカスは優しい瞳で私を見つめて「そうだね」と微笑む。
私も心からの祝福を贈り、皆が各々並べられた料理を肴に談笑を始めた頃。私は広場の見える屋根の上でルーカスに後ろから抱きかかえられながら広間の賑わいを見つめていた。
たくさんの人たちから話しかけられ、歓迎されたのはとても嬉しかったのだけれど、こんなに人に囲まれたことのない私が疲れてきたのに気が付いたルーカスが連れて来てくれたのだ。
夜になって少し冷たくなった風から守るように抱えられた温もりが背中から伝わり、心までぽかぽかと温かかった。
「大丈夫?」
「はい、少し疲れてしまいましたけど、皆さんとお話ができてとても嬉しかったです。ハーリアの皆さんは、本当に素敵な方たちばかりですね」
「うん、そうだね」
広場を見下ろすルーカスの瞳には、子供を見守るような穏やかな空気があった。長い、とても長い間この国を陰から守ってきたルーカスにとって、きっと目の前の光景はとても大切なものなのだろう。
「そういえば、こちらでは結婚する時ピアスを贈り合うんですね。王都でもそうなんですか?」
先ほどお互いの耳にピアスをつけ合っていた二人を思い出してそう言えば、ルーカスがいや、と首を振った。
「ピアスを贈り合うのは、ハーリアが国だった時からの風習なんだ。ルダニア国では、結婚の証に腕輪をつけるんだったかな」
「国によって違いがあるんですね」
「そうだね。エルフの結婚では、物を贈り合ったりはしないしね」
「そうなんですか?」
「うん。エルフの結婚では……おまじないがあったんだ」
「おまじない……?」
どんなものなのだろうと私が首を傾げると、ルーカスはとても深い翡翠色の瞳を向けて静かに私を見つめた。
「……同じ時を生きていこうっていう、おまじないだよ」
それは、とても優しいのに――どこか、引き返せないような重みを感じる言葉だった。
なんとなく、今はこれ以上踏み込んではいけないように感じて、私は別の話題を振ることにした。ルーカスにとって、エルフの村での話は苦しいものなのかもしれないと思ったから。
二人でとりとめのない話をしながら、ルーカスが取ってきてくれた料理を一緒に食べる。祝福の声が途切れることがない祝いの夜は、そうして穏やかに更けていった。




