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62. 帰還


「聖女様、お帰りなさいませ!」


王都の離宮に戻って来た私とルーカスを、リヒトたちが満面の笑みで迎えてくれた。あらかじめルーカスが今日帰ることは伝達魔術で伝えてくれていたけれど、まさか皆が揃って待ってくれているとは思わなかった。


「聖女様が帰ってきてくれたから、今日は美味い夕飯が食べれるな」

「はい!マイク君が好きなもの、いっぱい作りますね」


二ヒヒと笑うマイクに、私も笑みがこぼれる。後ろにいるヴァルトには、持っていた包みをぱっと差し出した。


「あの、また二日に一度お菓子を作る約束を破ってしまい申し訳ありませんでした。これ、向こうにいる間に作って来たんです。よかったら、もらって下さい」


差し出したのは、昨日ルーカスと一緒に作ってきたお菓子だ。クッキーやフィナンシェ、マフィンなどの焼き菓子が中心の詰め合わせ。ヴァルトに渡すお菓子を作ると言ったらルーカスは何故か口元を歪めたりと一瞬変な顔をしていたけれど、一緒に作るのを手伝ってくれた。


「聖女は真面目すぎる。重要な用事があるのであればいちいち契約を気にする必要はない」


そう言いながらもお菓子を大切そうに受け取ってくれたヴァルトに嬉しくなる。その横にいるローグにも、包んだお菓子を渡す。もちろん、お菓子はマイクたちみんなにも作ってきてある。


「これ、よければまたリコちゃんに渡してください」

「……礼を言う」


ぶっきらぼうにだが、お礼を言ってくれるローグ。その時、「聖女様!」という声が聞こえてアンナから抱きしめられた。


「ご無事でよかったです。あの屑男から不埒な真似はされませんでしたか?」

「アンナさん、ただいま帰りました。えと……不埒な真似、ですか??」


きょとんと首を傾げる私に、アンナがキリリと真剣な表情をする。


「二人きりだといって、無理やり迫られたりしませんでした?夜に寝室に忍び込んできたりとか、嫌な事はされてませんか?」


真顔で心配するアンナの言葉に、私は毎晩ルーカスと一緒に寝ていたことを思い出してカアァと顔が熱くなってしまう。もちろんアンナの心配するような意味の事はなく、ただソファで話をしている内にいつもルーカスの腕の中で寝てしまうだけなのだけれど、言葉にするとなるととても恥ずかしい。

顔を赤くして黙ってしまった私の反応を見て、アンナは絶対零度の瞳でルーカスを睨みつけた。


「……ちょっとツラ貸してくれます?」

「はいはい、後でいくらでも。でも、今はまずミズキを休ませてあげてくれる?帰って来たばかりで疲れてるだろうから」


ルーカスの言葉に、アンナはハッとしたように私を離す。


「そうですね。お部屋は綺麗に整えてますから、少しお休みになって下さい」

「そうですよ、お体を第一に考えてください」

「そうだぞ、そんでたくさん食べれば元気になるはずだ」


みんなに促されて部屋へ向かおうとすると、ふわりとルーカスに抱き上げられる。それがさも当然のように、そのまま部屋へ送られベッドにそっと下ろされた。


「皆さんに心配をかけてしまっていますね……」

「みんな、ミズキの事が大切だからだよ。さ、夕飯の支度は無理のない範囲でいいから今は少し休んで」


ふわりと頭を撫でられて、私は目を閉じた。それほど動いていないはずなのに、最近は体が怠くて突然意識が遠のくような眠気が襲ってくる事がある。


「夕飯の支度、じかんに、なったら……」

「うん、ちゃんと起こしてあげる。だから心配せずにおやすみ」


優しい声に、私の意識は夢の中へとすっと落ちていったのだった。



***



すぐに眠りについた瑞希の前髪を優しく梳いて、ルーカスは起こさないようにそっと部屋を出る。疲れやすくなっている瑞希の様子と、呼吸の度に襲う胸を引き裂くような痛みに、否が応でも瑞希の病の進行を実感する。

ルーカスはグッと拳を握りしめると、階下の食堂へと降りて行った。

食堂には、全員が顔を揃えている。入って来たルーカスに、無表情ながらも剣呑な雰囲気を漂わせたアンナが迫る。


「屑男、あなた本当に聖女様に無理を強いてないでしょうね」

「あのね、俺がそんな事出来る訳ないでしょ。ミズキを少しでも怖がらせるかもしれないような事、俺にはもう死んでもできないよ」

「えー⁈あのせんせーが?来るもの拒まずで何人もの女と付き合ってた先生が、あんなに溺愛してる聖女様と一週間以上二人っきりだったのにまだキスもしてねーの?」

「こら、マイク!」

「……」


素直に驚いたとでもいうように吐かれたマイクの言葉に、ルーカスは体を硬直させて沈黙する。

その沈黙に、アンナの眉が吊り上がった。


「…………恋人になる前に、一回だけキスをしたことがある」


降参したかのように呟かれたルーカスの言葉に、リヒトが困惑した声を上げる。


「恋人になる前って……先生が聖女様に辛くあたっていた時ですよね。どうしてそんな……」


困惑するリヒトの横で、女性の直感は鋭かった。ゴゴゴッ……と地獄の底から響くような声がアンナから発せられる。


「……まさか、聖女様を傷つけるために無理やり聖女様の唇を奪ったなんて言わないでしょうね」

「…………そのまさかだよ……」

「うわ、サイテーじゃん先生!」

「あの純粋無垢な聖女様になんて事を!」

「分かってる!分かってるさ!俺がどれだけ馬鹿だったかってことは死にたくなるほどにね!!……しかもその時俺は、最低な言葉を吐いてミズキを泣かせた……」

「つくづく最低だな」

「一回死んだ方が良いな」


ローグとヴァルトの追撃に、ルーカスは自らの金髪を乱暴に掻きむしる。


「俺だってあの時の自分をぶち殺してやりたいと思ってるさ!あの時の傷ついた泣き顔を思い出すと、もう簡単に手なんて出せる訳ないだろう!」

「当然です!!それに、聖女様の体は……」


グッと耐えられないように唇を噛むアンナ。

遺跡に向かう前、ここにいる面々には、ルーカスは瑞希の事情と病の事を少しだけ話していた。自分が側にいない時でも、確実に瑞希を守るために。


「……今は、聖女様のご容態はどうなのですか」


リヒトの心配そうな問いに、ルーカスはグッと拳を握る。そして、真剣な瞳で皆に向き直った。


「……みんなに、話しておきたいことがあるんだ」


その声は、どこか覚悟を決めたように静かだった。


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