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61. 隠れ家(2)


翌日から、私たちは遺跡からもってきた資料の解読を始めた。と言っても、私は翻訳をすることしかできないため、ひたすらに古代帝国の文書を現代のこちらの言葉に翻訳していくだけだ。それをルーカスが書き取り、家にあるさまざまな時代の資料も参考にしながら空間魔法の解析を行っていた。


「――やっぱり、空間転移魔法でも術者が転移先に転移する必要があるみたいだ。術者を起点に、その空間ごと転移することになるからね」

「そうですか……」


しゅんとして肩を落とす私に、ルーカスが慌てたように付け加える。


「でもね、別次元への転移の応用でこの世界に別次元の物を引き寄せたという記述があったんだ。数多ある別次元への座標の特定方法とかをもっと研究できれば、逆にこちらのものだけを異次元に転移させる方法も理論上作り出せるはずだよ」


ふわりと私を抱き上げたルーカスが、心配ないよと言うように笑顔を浮かべる。


「研究の方向性は決まった。この資料の解析が終わったら、次は聖女召喚の魔法陣についてももっと解析を進めようと思うんだ。あれも異次元から人を転移させているものだからね」

「じゃあ、もうすぐ王都に戻るんですね」

「そうだね、明後日くらいには離宮に戻ろうか。ーー南の結界石の浄化もあるしね」


私たちは、すでにこの隠れ家に一週間ほど滞在している。あと一週間ほどで南の結晶石の浄化へ向かう予定なので、リヒトたちも心配している頃だろう。


「……でも、ちょっと名残惜しいな。ここでは、ずっと俺がミズキを独り占めできていたからね」


ルーカスの言葉に、私は頬が熱くなる。私も、同じように名残惜しく思っていたから。

この一週間は、ほとんどの時間をルーカスと一緒に過ごした。魔法の解析をするルーカスの真剣な横顔に見惚れていると、ふと視線を上げたルーカスと視線が絡まる。その度に、ルーカスは宝物を見つけたように嬉しそうに笑いかけてくれる。まるで、一生分の幸せに浸かっているみたいだった。


(幸せすぎて、怖いくらい……)


「そうだ、今日は、お昼は何が食べたいですか?」


照れ隠しにそう聞けば、ルーカスは真剣に悩みだす。


「ミズキが作ってくれるものは何でも美味しいから、決めるのが難しいな」


初め、私が家事をしようとすると俺がやるからと慌てて止めようとしていたルーカスだけど、私がルーカスに私が作った料理を食べてもらいたいのだとお願いすると二人で一緒に料理の支度をしようと決まった。ルーカスは重い物を持とうとするとすぐに自分がやるよと代わってくれるし、野菜の下処理は魔術でさっと終わらせてくれる。でも、何故かそれ以降の調理や味付けをほとんど知らなかった。聞けば、ルーカスは栄養をとる目的の野営料理以外をしたことがないと言うのだ。

「無駄に長く生きてきたんだから、ミズキに美味しい物を作ってあげられるように料理も勉強しておけばよかった」

情けなさそうな顔でそう言うけれど、なんでもできるルーカスに私がしてあげられる事があることが私は嬉しかった。それに、ルーカスはいつもとても美味しそうに、嬉しそうに私の料理を食べてくれる。そしてとても幸せそうにありがとう、美味しかったと伝えてくれるのだ。その表情を見るたびにじわりと胸が温かくなり、泣きたいほどに幸せな気持ちが溢れた。



お昼には一緒に作ったクリームパスタを二人で食べた後、思い出したようにルーカスが口を開く。


「そう言えば、この前ミズキが見てみたいって言っていたエルミアの花の種を見つけたんだ。この後一緒に植えてみようか」

「わざわざ探してくれたんですか⁈あ、ありがとうございます。すごく、嬉しいです」


ルーカスの言葉に、私はぱあっと笑顔を浮かべた。

昨日、翻訳の作業中に出てきた魔法薬の材料となるエルミアという花について尋ねたら、ルーカスが古い植物図鑑を持ってきて花の絵を見せてくれた。春の光を集めて咲くという可愛らしい桃色の花で、いつか見てみたいですと何の気なしに話したのを、ルーカスは覚えていてくれたのだ。


外にでると、ルーカスは家の前の周り一帯の土を一気に魔術で掘り返す。


「ミズキ、両手を出してみて」


言われるままに両手を出せば、そこにさらさらとたくさんの小さな種が落とされた。


「これがエルミアの種だよ。春には地面を埋め尽くすほど広がって、一面にたくさんの小さな花を咲かせるんだ。エルミアは、昔から春の再来を告げる約束の花って言われてるんだよ」

「約束の花……」

「さあ、その種を一気に空中に撒いてごらん」

「は、はい」


私は、手の中の種をぱっと庭に向けて撒く。すると、その種はルーカスの操る優しい風に乗って耕された一帯に均等に蒔かれていく。そしてその後、種が蒔かれた場所に小さな水滴が幾粒も現れ、雨のように優しく土を湿らせた。

きらきらとした小さな雨粒が太陽の光に反射して虹色に輝く様に、私は息をするのも忘れて見入った。


「すごい!きれい……」


私のつぶやきに、ルーカスが嬉しそうに微笑む。


「ミズキには、もっともっと、綺麗なものをたくさん見せてあげるから。全部終わったら、この世界を二人で色々回ってみるのもいいね。ミズキに見せたい、綺麗なところがたくさんあるんだ。次の春にはこのエルミアの花も咲いているだろうから、二人で一緒に満開の花を見よう」

「っ、はい」


ルーカスから紡がれる未来の約束が、私の心を深く震わせる。

浄化の旅がもうすぐ終わる。その後、誰の犠牲も出すことなく歪みを消滅できたなら……。

その後の自分の未来を、私は今まで想像したことがなかった。


(もしも、来年もここでルーカスさんと一緒にエルミアの花が見られたなら――。それは、なんて幸せなことだろう)


いつの間にか頬を伝っていた涙を、ルーカスが優しく拭ってくれる。

優しい腕の中で、私は奇跡のような幸せを嚙みしめていた。



明日からは毎日2話更新で完結まで書ききる予定です!

それから、今更ですごく悩んでいるんですが、もしかしたらタイトルを少し変更する可能性があります(>人<;)

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