58. 古代遺跡(1)
リヒトたちにはルーカスが事情を説明し、私とルーカスは南西に位置する古代帝国の遺跡へと調査に向かうことになった。
初めは調査も手伝うと言っていたリヒトたちだが、馬で行こうとすると片道だけでも十日以上かかってしまうため、ルーカスの転移魔術でしか安全に調査時間を確保することは出来ない。その転移魔術も、ルーカスの抱えられる重量しか共に転移することはできないので今回は次の結晶石の浄化まで別行動をすることになったのだ。
「聖女様、ルーカス先生、お気をつけて」
「ありがとうございます。次の浄化までには戻りますから」
リヒトたちの後ろでは、最後まで心配しながらも私の用意を手伝ってくれたアンナがキッとルーカスを睨みつけた。
「聖女様に傷一つでもつけたら許しませんから」
「心配しなくても、ミズキの事は俺が命を懸けても絶対に守るよ」
皆に見送られながら、ルーカスは私を抱きかかえて転移魔術を発動させた。
ふわりと全身の浮遊感が落ち着き目を開けると、そこは今までいた王都とは全く違うどこまでも木々の続く森の中の光景が広がっている。
「ここはまだ辺境伯領前の森の中だよ。転移魔術で一気に遺跡までは行けないから、ここから何度か転移を繰り返すけど、もし気持ち悪くなったりしたらすぐに言ってね」
「はい」
そうして途中休憩を入れながら十回ほどの転移の後、私たちは濃い緑に覆われた遺跡の前に降り立っていた。
何百年もの樹齢を感じさせる、見上げるほど背の高い鬱蒼とした木々の中に、苔に覆われた石柱やひび割れた壁がそこかしこに埋もれている。
(まるで、森に飲み込まれているみたい……)
私が言葉もなくその広大な遺跡を眺めていると、ルーカスが心配そうに聞いてきた。
「ここが古代帝国の遺跡だよ。どう?何回も転移魔術を重ねちゃったけど、具合は悪くならなかった?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。……ここら辺はほとんど風化しちゃってるけど、少し向こうにまだ原型が保たれている建物があるはずだ。そこまで行ってみようか」
そう言って私を抱いたまま歩き出すルーカスに、私は慌てる。
「ルーカスさん、私、歩けます」
「ダーメ。ここら辺は足場も悪いし、いつ魔獣が飛び出してくるか分からないんだから、怖くてミズキを離すことなんてできないよ。せめて建物の中に入るまでは、俺の安心の為にも俺の腕の中にいて?」
そう言ってコツリと額を触れ合わせる。間近で見る優しい笑顔に、私は頬が熱くなってコクコクと頷く事しか出来なかった。そんな私に、ルーカスはさらに嬉しそうな笑みを浮かべる。
そのまま進んでいくと、やがて木々の間から大きな建造物が現れた。
かつては壮麗な佇まいであったのだろうと想像できる石造りの立派な建物。しかし崩落した円柱を支えているのは、もはや自立する石の力ではなく、そこに絡みつく太い蔦の束だった。
足音を飲み込む苔むした床を踏みしめ奥へと進んでいくと、木々の間から細い日差しが降り注ぐ壁画の前にたどり着いた。風化が進み消えかけているけれど、中央に描かれている人物だけは惹き付けられるように目を引いた。
「これは……神様ですか?」
中央の高い位置に描かれた光に包まれた人物は、地上へと細く嫋やかな指先を向けている。そして、その指先から光が零れ地上の人々へと与えられている様子が描かれていた。
「恐らくそうだろうね。魔術の起源と言われている古代帝国では、魔法は神から与えられた力だと言われていた。実際、この時代には神が人々の前に顕現していたと言われてるんだ。そして神から与えられた魔法を技術として人が改良していったものが魔術なんだよ」
「魔術を使っている人しかみたことないですが、魔法より魔術の方が優れているんですか?」
「いや、そういう訳じゃない。そもそも、魔法っていうのは気軽に使える物じゃないんだ。魔法の行使には何十年も魔力を貯め込まなければいけないくらい膨大な魔力が必要とされるからね。だから、少ない魔力でも効果を発揮するように効率化された魔術が研究されてきた。でも、魔法よりずっと威力は小さいんだ」
何十年も魔力を貯め込むという言葉に、私は聖女召喚を思い出す。
「もしかして、召喚も神様から与えられた魔法なんですか?」
「その通り。召喚には魔法陣が使われているんだけど、その魔法陣も神のいた時代に刻まれたもので、今まで誰も手を加えることが出来なかった。魔法というのは、それこそ……神から与えられた奇跡みたいなものなんだよ。次元を超えるっていうのは、やはり魔術では再現できない魔法の領分なのかもしれないね」
「奇跡……」
告げられた言葉の重みに、私は無意識に両手を握りしめていた。その手を、大きな手が優しくすくい取る。
「俺にとっては、ミズキと出会えたことこそ、本当に奇跡だと思ってるよ。そのことだけは、俺は初めて神に感謝したかな」
「私も……。ルーカスさんに出会えたこと、神様にお礼を言いたいです」
私たちは静かに微笑み合い、共に壁画に向かって両手を握りしめて祈りを捧げた。
その後、私たちは神殿のような建物内を探索しいくつかの文字が読み取れる壁画を見つけたけれど、夕日が沈み辺りが暗くなる時間帯になっても空間魔法に関するようなものは見つけることは出来なかった。
「今日の探索は一旦終わりにして休もうか」
そう言って、ルーカスはすっと指を振る。すると何もない場所からポッと温かな火が生まれ、鍋には綺麗な水が満たされた。現在の魔術は呪文の詠唱が必要だと魔術書で勉強していた私は、ルーカスの魔術に目を丸くする。
「すごい……!呪文がいらないんですか?」
「ここには俺とミズキしかいないからね」
ルーカスが、内緒だよというように口の前に人差し指を添えた。
呪文を必要としない魔術は、現代魔術とは別系統のルーカスが作り出した魔術だ。精霊との親和性の高いエルフだからこそ扱える魔術を、ルーカスは他の人の目のある所では決して使う事はなかった。
「普通の魔術でつくられた火とは違うんでしょうか?なんだかキラキラしているような気がします」
私が好奇心を抑えきれずに聞いてみると、ルーカスは笑って人差し指の先に小さな火を作り出した。
「手を出してごらん。この火は俺に攻撃の意思がなければ火傷することはないんだ」
そう言って、私の手の上にふわりとその火をのせてくれた。ほんのりと温かな光を放つ不思議な火は、まるで赤い薔薇の花のように鮮やかに手の上で揺らめいていた。
「すごい!本当に熱くないです」
私が目をキラキラさせてそう言えば、ルーカスが嬉しそうに笑った。
「こんなことでミズキが喜んでくれるなら、いくらだって出してあげる」
すっとルーカスが指を振った途端、遺跡の中にたくさんの小さな炎の光が作り出される。巨木に囲まれほとんど空が見えない遺跡の中で漂う光は、まるで夜空に浮かぶ星々のよう。薔薇の花弁が風に舞い上がるように、小さな火の粉がふわふわと辺りを漂い遊ぶ。その美しさに、私はほうっと息を吐いた。
「きれい……」
「ミズキは魔術が好き?」
「はい!小さい頃は、魔法使いに憧れてたんですよ」
小学校の休み時間、いつも一人図書館で本を読んでいた。そのとき読んだ魔法使いの本が、今でも強く印象に残っている。魔法でたくさんの人を笑顔にする魔法使い。私も、こんな風に誰かに必要とされる人になりたいと思っていた。
(まさか本当の魔法を見られる日が来るなんて……。あの頃の私は、思ってもいなかった)
美しい光たちを見つめていると、そっとルーカスが私の頭を自分の肩に寄りかからせてくれる。温かな体温を感じながら、私は小さな地上の星をずっと眺めていた。
*
すうすうと肩にもたれながら眠りについた瑞希の前髪を、ルーカスは愛おしげに優しくすいた。
火の魔術に、とても嬉しそうにキラキラとした笑顔を浮かべてくれた瑞希を思ってルーカスは切なげに笑みを浮かべた。
(こんな小さな魔術で、あんなに喜んでくれるのか……)
初めて会った日の離宮で、魔法のある世界に来れてドキドキしていると言った瑞希の笑顔を思い出す。もっと、たくさんの魔術を見せてあげればよかった。そんな時間も与えることなく、俺たちは瑞希を過酷な浄化の旅に連れ出して、魔物との戦闘ばかり見せてきた。荒事とは無縁に生きてきた瑞希にとって、それはどれだけ恐ろしい事だっただろう。
「これからはもっともっと、綺麗なものをたくさん見せてあげるから。――だからずっと、俺の側で笑ってて」
希うように、ルーカスはそっと瑞希の髪を掬い取って唇を落とす。
二人の周りでは、あたたかな小さな火が二人を守るように漂っていた。




