57. 解読
その後、私は何事か考え込むルーカスと共に離宮に戻ってきた。ルーカスの部屋でソファに座り、彼が本棚からいくつかの資料を取り出すのを見つめる。
「待たせてごめんね。ミズキに、これを見てほしかったんだ」
テーブルの上に乗せられたのは、手書きの資料をまとめたものと一冊の魔導書だった。
私はその魔導書を見てヒュッと息を呑む。
「これ……」
それは、私が埋めようとした空間転移について書かれた魔導書だったから。
魔導書の間にはいくつものメモが挟まっており、解読が進んでいることが一目でわかった。小さく震える私の肩を、ルーカスが支えるように抱きしめた。
「嫌な思いをさせちゃってごめん。でも、ミズキにはきちんと話をしようと思っていた」
「……空間転移のやり方を、解読していることを……?」
泣きそうな声が出た。俯きそうになる私の頬に手を添えて、ルーカスが真っすぐに私の瞳を覗き込んだ。
「ミズキ、俺は自分の命を犠牲にするために解読をしている訳じゃない。ミズキと一緒に生きようと言った約束を違えるつもりはないよ」
「ほんと、に……?」
「ほんとだよ。不安にさせちゃってごめんね。でも俺は、絶対にミズキを残して死んだりしないから」
私の不安な気持ちを包み込むようにそう言ったルーカスに、私はやっとほっと息をつくことが出来た。そんな私の頬を愛おしそうにルーカスが触れる。
「この魔導書を解読していたのは、どうにかして歪みだけを別次元に転移させられないか方法を探すためだよ」
ルーカスの言葉に、私は目を見開く。
「そんなこと、できるんですか……?」
「まだ、分からない。この魔導書の方法では、空間転移の発動には術者の転移も必須条件だった。でも、この魔導書が書かれた時代よりもさらに前に魔法都市として繁栄していた古代帝国の技術がこの転移魔法に応用されていることが分かったんだ。その時代の魔導技術を調べられれば、方法が見つかるかもしれない」
「もしかして、こちらの資料が……?」
ルーカスが、こくりと頷いてテーブルにあるもう一つの資料を手に取った。
「かなり前に古代帝国の遺跡にも行ったことがあるんだ。調査してみたんだけど、なにせ三千年以上前の遺跡だから、ほとんどが風化していて読み解くための手がかりも掴めなくてね。でも、ミズキがこれを読み解けるのなら――俺と一緒に、歪みを消滅させるための研究を手伝ってほしいんだ」
ルーカスの言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。私は、逸る気持ちを抑えて手元の資料に視線を落とした。
(……読める……!私、ちゃんと読める!)
ぱっと顔を上げてこちらを見つめていたルーカスに頷けば、彼は目を見開いた。それから、喜色を浮かべてふわりと私を抱き上げるとクルクル回る。
「すごいよ、ミズキ。大発見だ!まさか古代帝国の資料が解読できるなんて!ミズキのお陰だ」
「そんな、私の力じゃないですし……」
そう、この言語能力は召喚魔法陣に組み込まれていた意思疎通を可能とするための能力付与に寄るのもであって、私の力じゃない。だから、私を褒め称えるルーカスに気恥ずかしくてそう言えば、ルーカスは「そんなことない」と言ってふわりと笑った。
「今まで召喚されてきた聖女たちで、歪みを消滅させるために資料を読もうとした人なんて一人もいないよ。ましてや、王立図書館の奥の古い資料まで読み込もうとする人なんてね。だからこそ、聖女の言語能力に今まで誰一人気づくことができなかった。……ミズキのお陰だよ。ミズキが頑張ってきてくれたから、その能力に気づくことができたんだ」
そう言って優しく見つめられて、私は頬が熱くなるのを感じた。私のやってきたことが無駄じゃなかったのだと言ってもらえているようで、目頭が熱くなる。
なにより、自分がルーカスを助ける手助けができる事がとても嬉しかった。
それから数日かけて、私はルーカスと一緒に解読作業を行った。基本的な魔術の仕組みは今まで読み込んできた本の知識で知っていたけれど、複雑な古代魔法については分からないことだらけだ。しかし、ルーカスは私の翻訳を元に魔法構築をどんどんと解読していく。
「――やっぱり、空間転移では術者を起点に転移するのは古代魔法でも変わらないみたいだね。それに、別次元への転移についての記述はほとんどない、か……」
解読を進めながら、ぐっと眉を寄せるルーカス。机の上には、いくつもの難解な魔術式が書き込まれたメモが散乱していた。
「もう一度、遺跡に行ってみるか……」
ぽつりとこぼれたルーカスのつぶやきに、私は驚きでぱっと顔を上げた。
「今も行けるんですか?瘴気は大丈夫なんですか?」
すでに瘴気に覆われた場所に行くことが心配で聞いてみれば、ルーカスは心配ないよと優しく笑って頷いた。
「瘴気はすぐに人体に影響を及ぼす訳じゃないんだ。長期間それにさらされることで、段々とその土地や生物を侵食していくんだよ。今までの研究でも、十日間くらいなら瘴気のある土地にいても問題なとされているんだ。結晶石の浄化でも、結界の外に出ても大丈夫だっただろう?問題があるとすれば、瘴気の濃い南に行くほど強い魔獣が出てきてしまうことかな」
「やっぱり、危険なんですか?」
「ミズキが心配するようなことは何もないよ。知っているでしょう?俺は千年を生きる大魔術師だよ。どれほど凶暴な魔獣が現れても後れをとることはないさ」
私の心配を取り除くように、おどけてみせるルーカス。そんなルーカスに、私は両手を胸の前で握りしめて彼を見つめた。
「あ、あの!……私も、一緒に行ってもいいですか?」
私の言葉に、ルーカスは驚いたように目を見開いた後ワタワタと焦ったように手を動かす。
「だ、ダメだよ。ミズキは病み上がりなんだから。あんな雨ざらしの遺跡じゃまともに休むところもないし」
「でも、ルーカスさんに診てもらってから凄く体調は良いですし、それに、私が現地にいた方が効率的に解読ができると思うんです」
「だけど……」
「……ルーカスさんと、一緒にいたいんです。……ダメ、ですか……?」
自分でも我儘を言っていることは分かっている。それでも、少しでも自分が役に立てることがあるのならと口にした言葉は段々と尻すぼみになってしまう。
(やっぱり、魔獣の対処もできない私がいたら足手まといかな……)
しゅんと俯いてしまうが、うぐっといううめき声が聞こえて顔を上げた。見れば、ルーカスが片手で顔を覆って俯いていた。見える耳元が、心なしか赤くなっている気がする。
「ルーカスさん……?」
「……ミズキにそんなこと言われたら、俺が断れるはずないでしょ……」
「!じゃあ!」
ぱあっと顔を輝かせる私に、ルーカスは顔を上げて苦笑した。
「わかった。一緒に遺跡まで行ってみよう。ただし、少しでも調子が悪くなったらすぐに俺に言ってね」
「はい!」
お待たせして申し訳ありませんでした(>人<;)更新を再開します!!2〜3日に1回くらいで更新……していけたらいいな……(願望)




