十三雪目
「お美しいですよ。パリシア様」
無情にも時は流れ、お披露目パーティー当日。
結果的に純白の服になったらしい。
腰より上は、体にフィットする作りだが、腰より下は、ふんわりとした作りになっている。ふんわりとさせる為に魔術を使った感じがある。
生地は上質で肌触りが良く、光沢も強い。
胸の辺りやスカートには細かな刺繍やが施され、スカートには何枚も生地が重ねられ、更にふんわりとした見た目になり、レースまでついている。
前世のプリンセスラインドレスに似た雰囲気のドレスに仕上がっている。
王太子達の本気度が窺える恐怖―値段的な意味合いでも―の一品に仕上がっている。
最後に宝石を散りばめられたティアラが乗せられ完成したらしい。
「…ありがとうございます」
一応、無理に笑顔を作る。
王妃付きの元先輩の同僚に無言を通すことも不機嫌な顔をするのも失礼すぎて出来ないから仕方ない。
逆に苦笑を貰おうとも。
「災難だったわね」
同僚の顔でそう言って下さった先輩に、次は自然に笑顔が浮かんで応えようとした時、扉をノックする音が響いた。
「失礼するよ」
「失礼します!」
せっかく笑いかけたのに、入ってきた元凶のせいで、眉間にシワが寄った。
すぐに取り繕ったけど、先輩にはバッチリ見られたらしく、困ったように笑われた。
「…どうかいたしましたか」
「うん! これを着けて欲しいんだ!」
スレルトの見せてくれたのは、一つのネックレスだった。
林檎の形にカットされた赤い宝石は、多分ルビーあたりだろう。
「僕とプロイスを林檎が繋ぎ会わせてくれた。だから、パリシアもその中に入って欲しくて…!」
珍しく照れた様子のスレルトと王太子。
一瞬捨てたくなったけど、人の好意を無下にするのは気が引けるので、溜め息を一つ吐くに留めておいた。
「…なら、着けて下さる」
「ッ!?」
「…着けなくて良いのなら着けませんけど?」
「いや!待て!着ける!着ける!」
着けやすいように後ろを向いたら誰が息を呑んだ気がして、気分を少し害しながら着けなくて良いか聞いたら、王太子に勢いよく嫌がられた。
カチッと音がして振り向けば、若干赤い顔のスレルトと王太子が感嘆した。
心なしか先輩もこちらを微笑ましげに見ている気がする。気のせいか?
「どう?」
「とってもとっても綺麗!」
「ま、まあ、可愛いよ」
「まあまあかぁ」
「いや!とっても可愛い!よく似合ってる!」
「そう?」
何なんだろ? 王太子はツンデレ属性か?
「まあまあ」と言われたので、可愛いけど似合わないなら着けるべきじゃないかな?なんて思って眺めてたらメッチャ褒められた。
なので、首を傾げて王太子に再確認したら頭を何度も縦に振られた。
王太子越しに見えた先輩からの視線が更に生暖かい気がする。何故だ?
「パリシア様。鏡です」
「ああ、ありがとうございます」
鏡に映ったのは、白髪に青白い肌、純白のウェディングドレス。それに赤い瞳、紅い唇、ルビーのネックレス。
あーあ、黒髪でもう少しでも肌に色があれば、もっと似合うだろうにな。
まっ、無い物ねだりか。
「じゃあ行こうか」
「お手をどうぞ!」
右に王太子、左にスレルトが立ち、その手に片手ずつのせる。
* * *
二人に手を引かれて会場が近付くごとに賑やかなざわめきが大きく聞こえてきた。
「では、王太子殿下と王太子殿下の正妃殿下、側妃様のご登場です」
壁の向こうからの言葉を合図に豪奢な扉が開いた。
すると一旦静寂が会場を包み込んだと思うと、一気にざわめき出す。
「あれが王太子妃様」
「お美しい…」
耳をたてれば、そんな声が聞こえてくる。
まるで私なんか居ないみたいに、王太子とスレルトだけに視線が向けられる。
…珍しい。
自分で言うのもなんだが、見た目は悪くないだろし、何より、白髪と赤い瞳は目立つくらいなのに。
なんて思ってると二人に引かれて奥まで来ていた。
「今日は、私の妃達を紹介するために集まってくれた事に感謝いたします」
そう王太子が話し出した瞬間、ぼんやりと諦め半分、抵抗半分で突っ立っていたのに、王太子の左側で半歩下がり、笑顔で笑っていた。
条件反射ってこぇぇぇええ!!
そう思った瞬間だった。
「…私の右にいるのが私の正妃となるスレルト・ドメルツ。左ににいるのが側妃となるパリシア・エトラスです。これから伴に出席する事も多々ありましょう」
一瞬、王太子が驚いた様子だったが、すぐに笑顔を張り付けていた。
てか、仕方ないじゃん!
国有数の金持ち男爵なら身分的に正妃になれなくても、側妃くらいなら可能性はとても高い。
だからお姉様と同じように側妃として恥じる事がないように教育されてきてんだよ!
条件反射だこんちきしょぉぉおおお!!
ただ、王太子が私を紹介した瞬間、会場がざわめいた。
王太子とスレルトの存在感が私の存在感を消し去っていたので、紹介されて初めて私が居ることに気付いたのだろう。
一通り挨拶が終わると王太子とスレルトの半歩後ろを着いて挨拶に回っていた。
半歩後ろを歩けば、どうやら私は目にも留まらないらしい。
「お久しぶりです。プロイス殿下。この度はお招きいただき光栄です」
「そうですね。チャスティグ陛下。…そちらの方は?」
「ああ、私の正妃となったシルビオーラと言います。豪商の出なもので反対も多くて盛大にする事が出来なかったもので、周辺の国にもまともに報告できていない次第でして、申し訳ない」
確か最近隣国の王となった男と穏やかな表面に対して、警戒心剥き出しで話す王太子。
隣国の王の隣には美しい男が立っていた。
そう、男である。
この隣国の王、メッチャ男好きで、男で後宮いっぱいにした馬鹿である。
確か、王太子にも何度かプロポーズしていたはずだし、自分とスレルトの貞操が不安なんだろう。
若干スレルトを庇う様にスレルトを下げたので、正妃より前にでないように更に下がる。
「それにしても美しい方を二人も妻にするなど羨ましい限りですね」
「でしょう。私には勿体無い限りです」
なら、私は降りるぞ王太子。
いつでも廃妃になるよ。
「なら、ぜひとも私に頂きたいものだ」
側妃や妾合わして数百名の後宮持ってんのにまだ欲しいのかよ!
スレルトが怯えて私の服の裾、握って…………王太子ぃぃいいい!! お前もか! 何!? 掘られかけた過去でもあんのか!?
次期王様が隣国の王に負けんなよ!
と内心あらぶっていたが、無視して国の沽券に傷付くような事があったら不味いので、側妃としてそんな事態は回避しなきゃいけないわけで、出過ぎた真似だが仕方ない。
「チャスティグ陛下。行き過ぎたお戯れは関心致しませんよ」
「君は…」
「プロイス様の側妃、パリシアと申します。以後お見知り置きを」
礼を尽くして挨拶をする。
隣国の王に対して粗相があっていいはずがない。
「そう。でも、戯れなんて心外ですね」
「あら。自らの正妃の前で堂々と口説くなど戯れ以外に有り得ませんよね? それも、隣国の正妃などと…。戯れでなければ、お互いによい商売相手を失う処の騒ぎではないでしょう」
その発言に流石に隣国の王も少し顔をしかめた。
まあ、戦争も厭わないと言えばそうもなるよな。
「それは貴女が決める事ではないのでは?」
それでもそう言い返すあたり、男好きもかなりのものか、負けず嫌いな性格なんだろうな。
呆れて少し視線を窓に向けたとき、何が光って見えた。
「あぶ…ッ!」
気付いたらスレルトを庇うように前に出ていて、スレルトを狙っていた矢が左肩に当たるが、そんなこと気にせずに犯人を追って走り出す。
我が国の王太子妃を狙うなんて、放っておけない問題だ!
「ちょっ! パリシア!?」
肩に刺さった矢を抜き捨て走り出した私にスレルトが焦ったように叫んだが、無視した。
* * *
走る走る走る走る。
走ってついに犯人のローブを掴んだ。
「離しなさい!」
「そんな訳にいくか!」
「きゃっ…!」
犯人を倒し、のし掛かってローブのフードを外すと二十代半ばくらいの女性。いや、前半か?
「パリシア!」
「大丈夫!? …って、え? お母様?」
は?
スレルトは、私ののし掛かっている女性に向かってそう言った。
「冗談でしょ?」
「本当…。お母様。そんなに僕が嫌いですか?」
泣きそうな顔でスレルトはそう言った。
全然状況が理解できん。
「大嫌いよ! あの人の心を映し出す鏡は言うわ! 美しい者を愛するあの人がこの世で一番美しいと想うのは貴方なのよ! 貴方が7つになるまでは私が映っていたのに!!」
スレルトのお母さんの頬を涙が流れる。
「嬉しかったのに…。愛してる人に愛されて、私は数少ない勝ち組の女だったはずなのに!! 貴方なんか生まなきゃよかった! どうして生まれてきたのよ! 男に、男にだけは取られたくなかったのに! 年老いて、あの人が他の女に目移りしても、私を愛する事が無くなっても、最低限女を愛して欲しかった!! どうして! 愛する人に異性を愛してほしい。こんな願いすら叶わないの!!」
なんか虚しくなる内容である。
愛する人に愛されたいって願いは無茶ぶりだと思うけど、愛する人に異性を愛してほしいってかなり守備範囲バリ広な願いすらこの世界では叶わないのだと実感させられる。
「お母様…」
「私が選ばれたのは嬉しかったわ。でも、私じゃなくても、私以外の誰かでも、あの人の子供を産んで愛されて幸せな家庭を築いて欲しかった! 貴方が私より不細工に生まれていてくれていれば叶ったのに!」
悔しそうに泣くスレルトのお母さん。
きっとスレルトが7歳になるまでは叶っていた夢なんだろう。
夢が叶っていたからこそ、壊れた現実が辛くて、誰かに責任を押し付けたいんだと思う。
「……如何なる理由が有ろうとも王太子妃の命を狙ったのは事実よって――」
王太子がスレルトのお母さんに当然の罪状を突き付けた時だった。
曇天の空から雷鳴が轟いた。そう思った瞬間には稲妻が目の前に落ちた。
私の意識はそこで途絶えた。
ねぇ、神様。
あなたもスレルトのお母さんを許せないの?
ただ愛した人に幸せな家庭を築いてほしいという願いすらどうして叶えられないの?
確かにスレルトを憎んでいた事は事実だし、殺そうとしたのも事実。歪んだ人だった。
なら、どうして歪んだ人のまま殺さないの?
どうして、最後の最後にスレルトに微笑んだ姿を私に見せたの!
あんな慈愛に満ちた目、母親にしか出来ないじゃない!
あなたは彼女を罰したいの?報いりたいの?
答えの出ない疑問が増えた。




