七雪目
豪奢で上品な応接室に入れば、メリッサの入れたと思われる紅茶を飲みながら、お菓子をつまむお姉様がいた。
「お姉様!」
「パリシア!」
私に気付いたお姉様と再開のバグをする。
「貴女が王都に居ると聞いて驚いたわ。……もう会えないと思っていたもの」
寂しそうに笑うお姉様。多分、私の事情を察しているんだろう。
「そうだよね。私も二度と来ないと思ってた。……そう言えば、お父様は? 追っ手が来ることを懸念してたのに、全然来なかったけど元気?」
「ええ、みんな元気よ。追っ手は、私とお母様で頼み込んだのよ。大変だったわ」
まるで『感謝して』と言ってるような高慢なお姉様な態度に、私の紅茶を入れてくれたメリッサの顔が一瞬不愉快そうに歪んだのを私もお姉様も見逃さなかった。
でも、顔が歪めたメリッサに気付いて、哀しそうに歪んだお姉様の顔に気付いたのは、私だけだった。
事実と感想を話しただけなのに、相も変わらずお姉様は勘違いされるようだ。
「ありがとう、お姉様」
「気にしなくていいわ。それよりも何で王都に、それも城の若後宮にいるのかしら?」
確信を突かれて息を呑む。その行動に気付いたお姉様に訝しげな顔で見られる。
「えー…と、……メリッサ、どうしよう」
『言うべきじゃない』という返答を求めてメリッサに振ったのに!
「そう言えば何故ですか?」
って知らなかったんかい!
「え…、まさかカリメアもミーティアも知らないの?」
「はい。側妃様だとお聞きしただけです」
「私もそれだけです」
当然のように返される。いや、当然っちゃ当然なんだけど、三人のプロ意識に脱帽だわ。
まあ、私が三人の立場でも言われた仕事をこなすだけだし、行方不明になったとは言っても国有数の富豪の男爵令嬢で身分はしっかりしてる。王妃付きの侍女経験もあり、王妃様と不仲でもなかった。
うん、持ち得るだろう情報的に仕えるのに問題は無いね。
「で? 何で居るのかしら? ジュノットは? ロザラオは?」
「う゛…。……はぁ、あのね、誘拐されたの。殿下とスレルトの子供を産むためにね」
軽く今までにあったことを話せば話すほどお姉様の眉間にシワがよる。だけど、それ以上にカリメアがブチギレそうだ。
「ッ! パリシア様、お辛かったでしょう…! 愛し合う方々に振り回されるなんて!」
まあ、確かに困るんだけどね。何でだろ? カリメアの言う、私を振り回した愛し合う方々にジュノットとロザラオも入れられてる気がするのは…。
「言っても仕方ないことです。それよりもお姉様はどう?」
そう問えば、幸せそうに笑うお姉様に安心する。姉共々不幸です。なんて嫌だ。
「貴女が居なくなった後に色々考えて行動したの。そうしたら夫と夫の愛人と和解できて、今3ヶ月目なのよ! 最初は夫の子で、次に産む子は夫の愛人の子よ! 私を『女の中で一番愛してる』って言ってくたの! 私との子なら『最愛の人が別の人と成した子でも我が子として愛せる』ですって! 私、こんな幸せでいいのかしら?! 勘違いされて敬遠される人生なんですし、これくらい許されるのかしら!? でも、もし二人に捨てられたらって不安にもなって…! 幸せすぎて恐いって今みたいな時を言うのね!」
相変わらずのマシンガントークにメリッサ達がドン引きしてる。そう、ドン引き。大切なことだからもう一度言うけど、ドン引きしてる。
いや、ドン引きっていうか、唖然? 呆然? まあ、何でもいいや。
「幸せそうでなによりなにより」
「ええ、幸せよ! …でも恐いの。パリシアは大変だっていうのにダメな姉ね。甘えたくて来ちゃったわ……」
幸せな顔から打って変わって泣きそうな顔のお姉様。多分、今までのお姉様の話を聞いたぶんには、妊娠中の不安による単なる杞憂だと思う。
私もあってお仕置きされたからな…。
「何がそんなに不安なの?」
「……ホントに愛してくれるのか不安なのよ」
はい、ウソー。
お姉様、私に嘘つくのなら、まず、嘘つくときに顎に手をやる癖直してね。もちろん、言わないけど。
「それは本人達は『愛す』と言ってるし、生まれてみなきゃわかんないけど、私の体験談的には大丈夫だと思うよ。」
「そう…」
「うん。それより、まだ浮かない顔してるけど?」
「――!? 気のせいじゃないかしら! わたくし、忙しいので――――」
「お姉様、言えるときに言わなければ後悔しますよ」
焦って立ち上がり逃げ出そうとする。そういう行動も悪女に見えるからね。
おっと話が逸れたが、立ち上がったお姉様の手首を掴み、目を見て、気持ち声を低くする。威圧感を与えるのは習った作法の一つだったり。
「ッ! でも…!」
「でも?」
「――わ、わたくし、嫌な人ですわ!」
「…どうして?」
確かに勘違いされがちだけど、お父様の愛情を独占した私に、複雑な感情を抱きながらも姉として常に変わらず愛してくれる、お母様似の分け隔てない優しさを持った人だ。
「だってわたくし、わたくし!」
「はい…」
「不安! なの…。パリシアが奇跡の子を産んで、私にも求められたらって! ごめんなさい、嫌な姉よね! でも、恐いの! 奇跡の子を産めなくて二人に絶望されたら、とか! 二人がパリシアを特別にして私がお払い箱にされるんじゃないかとか! パリシア、大変な思いしてるのに妬ましくて! お父様の愛は割り切れたのに、二人の愛は割り切れない! 取られたくない! 誰にも! どうしよう、パリシア! わたくし、こんなに醜くてきっと二人に絶望されちゃうわ!」
膝をつき、私にすがり付いて泣く姉に、ムリヤリ聞き出したくせに掛ける言葉が思い付かない。
ただ言えるのは、勘違いされて、表面上の付き合いしか出来なかったお姉様は、愛すことも愛されることも慣れてないんだ。
「お姉様、それは人を愛した証拠。行き過ぎなければ、当然で当たり前のことなんだよ」
振り絞った言葉すら薄っぺらい。
「でも、わたくしは二番目よ! きっと厭われるわ!」
そう、だって『特別』でも『最愛』じゃない。私達は所詮二番目なんだから。
そして、私達もまた『最愛』を作ってはいけない。いや、許されない。
愛し合う男達。その男達に特別で平等な愛を捧げることしか私達は許されない。
最高の女は『邪魔をせず、慎ましやかに、男児を産む』そんなことが言われる世界。
そんな世界の《救世主》のはずの私は、ただただ泣き崩れているお姉様を抱き締めることしか出来ない。
《救世主》のはずの私。でも、私が《救世》するのは、『愛されない子供』で『女』じゃない。
私は、男達の望む子供を産むことしか出来ない。愛を知る子供達が親になった時、我が子に同じ愛情を与えるのでは? という、希望的憶測の『救世』。
目の前で大切な人が嘆いていても救えない。こんな特定的『救世』ありですか?
私は、返事のない問い掛けをする。私を『救世主』にした、神様に。




