4話
俺はクロードとかいう教官が宿から去った後、すぐに市場へと足を運んだ。
この町のことをできるだけ早く知るためだ。
「今日は獲れたてだよ!」
「こっちの魚はどうだ?」
「そいつは昨日より安くしてるよ!」
威勢のいい店員たちの声が飛び交っている。
市場には魚や野菜、衣服に雑貨と、あらゆる商品が並んでいた。
建物は綺麗で、道も整備されている。
ざっと客層を見た感じ、金を持っていそうな人間が多いことが分かった。
豪華な服を着た商人。
高そうな装飾品を身につけた女性。
立派な馬車から降りてくる男。
どうやら、この町にはかなりの金が集まっているらしい。
今のところ、クロードの異常性を説明できるものは何もない。
俺の考えすぎか……?
この世界の常識が日本にいる頃と全然違うのかと心配だったが、町の様子を見る限り、特におかしなところはなさそうだ。
何だったんだろうな。
あの人の行動は。
何を考えているのかさっぱり分からなかった。
そうやって中央通りを歩いていると、ふと武器や防具を売っている、雰囲気の良さそうな店を見つけたので、なんとなく中に入ってみた。
別に何か買いたいわけではない。
適当に置いてある剣や槍、杖などを眺めながら店内を移動していると、目つきの悪い店員が険しい顔で近づいてきた。
「あんた修練者か?その武器は一体……」
「ん……?」
俺の腰に差した剣に厳しい視線を向ける姿を見て、俺は少し焦った。
そういえば、俺の愛用の武器は魔剣だ。
しかもそんじょそこらの武器ではない。
この武器はラスボス攻略時にも使った、何度も強化を繰り返している貴重な代物だ。
これを見せると何て言われるか分からない。
「その鞘を見ただけでヤバそうな雰囲気が伝わってくる。その武器を見せてもらうことはできるか?」
「……いや、これは見せられません」
見せるわけにはいかない。
というか今の俺の装備、ゲームでラスボス相手に挑んだ時と同じだわ。
自分にとっては当たり前すぎて気にしてなかった。
「……どうしてもだめか?」
「はい」
「そうか、分かった」
かなり残念そうな顔をする店員。
あまり長居しても良いことにならなそうなので、すぐに外に出ることにした。
「ちょっと見てただけです。それじゃ」
「あっ……」
背中に鋭い視線を感じながらも俺は外に出た。
盲点だったな。
さすがに今の俺の装備に匹敵する物がそこら辺のお店に売ってるわけがないよな。
というか売ってたら泣く。
それから様々なお店を回り、途中でいい香りのするパンを何個か買って広場まで移動した。
ベンチに腰掛け、買ったパンを食べながら周辺を見てみる。
噴水の近くで子供たちが無邪気に走り回っている。
「待てー!」
「こっちだよ!」
「捕まえてみろー!」
少し離れた所でその子たちの母親と思われる人たちが談笑していた。
今日の天気。
魚の値段。
子供の話。
どれも平凡な話ばかりだ。
ちょうどこの広場は町の中腹に位置する……と思う。
ここから南にずっと下ると大きな海が広がっているらしい。
おそらく港には多くの漁船が並んでいることだろう。
逆に北にある山側の方を見ると、そこには巨大な城壁がそびえ立っている。
無限に続く壁のように、視界から見えなくなるまで続いている。
町中で聞いた話によると、あの壁の向こう側を英雄育成領域と呼ぶらしい。
あの領域は各地で才能を見出され、厳しい選抜試験を勝ち抜き、その後、英雄育成機関が認めた者だけが入ることを許される、特別な場所なのだそうだ。
世界中の修練者にとっての憧れの場所。
そして、その領域を擁し、数多くの英雄を誕生させる町。
それがここ——
「グランド・アーク……か」
俺はしばらく城壁を眺めた。
そして、ふと思い出す。
俺はつい先日――
そんな前途有望な若者を3人殺した。
「…………」
胸の奥が重くなる。
あいつらにも、きっと夢があったのだろう。
強くなりたい。
英雄になりたい。
家族を守りたい。
有名になりたい。
色々な夢を持っていたのかもしれない。
それを俺が——
「はぁ……」
深いため息が漏れた。
「俺って、一体何やってるんだろうな……」
しばらくボーッとそんなことを考えているうちに、夕日が町を赤く染め始めた。
少しずつ町の様子が変わっていく。
昼間はあまり見かけなかった、武器を所持している者たちが増えてきた。
腰に剣を差している者。
背中に大きな斧を背負っている者。
弓を持っている者。
杖を手にした魔法使いらしき者。
城壁内で鍛錬に励んでいた修練者たちが帰ってきたのだろう。
「腹減ったー!」
「今日は肉を食うぞ!」
「俺は酒だ!」
「お前、昼も食ってただろ!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
昼間とはまた違う活気が町を包み始めていた。
俺はその様子を眺めながら考える。
店の人間にはある程度話を聞いた。
なら、次は修練者から話を聞いてみるか。
実際に英雄育成領域で修練している人たちなら、一般人とはまた違った話が聞けるだろう。
「……よし」
俺はベンチから立ち上がった。
向かう先は一つ。
酒場だ。
◇◇◇
酒場に入った瞬間、騒音が襲ってきた。
「おい! それ俺の肉だぞ! 肉は数が少ないんだ!」
「知るか! 早い者勝ちだ! 魚だけじゃ元気出ねえんだよ!」
「今日の仕事、忙しかった~!」
「明日は朝早いんだ!あまり飲みすぎるなよ!」
「うるせえ!今日は飲むって決めてんだ!」
……賑やかだ。
店内には様々な人間がいる。
鍛冶師
商人
船乗り
そして、修練者
店内を見回すと、いかにも修練者といった格好の四人組が目に入った。
腰には武器。
服装も一般人とは明らかに違う。
体つきもしっかり鍛えられている。
「……あいつらでいいか」
俺はなるべく目立たないよう移動し、その4人組の近くの席に座って店員を呼んだ。
「エールと……あと何かつまめるものもくれませんか?」
「はいよ!」
しばらくして運ばれてきたジョッキとナッツを受け取り、一口飲む。
そして、何気ない顔をしながらその修練者たちの会話に耳を傾けた。
「今日、教官にそろそろ上の階級に挑戦したらどうだって言われたよ。許可は出すって」
「え、マジかよ!お前そんなこと言われたのか!」
「カインは今の階級で頭一つ抜けてるものね!」
「やっぱりカインは凄いな~」
どうやらカインという男がリーダー格らしい。
「うまくいけば、いよいよあのガルム教官から指導を受けられる」
「ガルム教官ってユーグレン帝国の元大将軍なんだろ?凄え強えんだろうな~」
「ああ、凄く強い。戦争で大活躍した実績があるし、部下からかなり慕われていたらしい」
「私もあの教官の勇ましい顔を近くで拝みたいわ!」
「でもよー、俺はガルム教官より、今のヴェロニカ教官の方が好きだぜ。美女で巨乳なのに知的な面もある。それにガルム教官は俺とキャラ被りしてるしよ!」
「どこがよ!あんたは体が大きいだけでしょ!」
俺は黙ってエールを飲んだ。
なるほど。
元大将軍の凄い教官がいるのか。
しかも、かなり尊敬されているみたいだし、俺もぜひその教官と仲良くしたい。
「そういや俺らの次の階級って何だったっけ?ど忘れしちまったよ」
「ええ……?金冠の次は聖印でしょ?なんでそんな基本的なことも忘れるのよ……」
「あ~、それだそれだ!今思い出した!もし、カインが進級できたら、次は俺も狙ってみようかな〜!」
「あんたにはまだ早いでしょ!」
「うるせえな!」
しばらく楽しそうな会話が続いていた。
だが――
一人だけ、妙に静かな男がいることに気づいた。
さっきからほとんど喋っていない。
「ロイ、どうしたんだ?さっきから全然喋ってないけど……」
「そ、それが、その……」
カインからロイと呼ばれた男が周囲を見回す。
そして、声を落とした。
「ガルム教官なんだけど……もう、いないらしいよ」
「え?」
「どういうことだ?」
「もしかして教官、辞めちゃったの!?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
ロイは言葉を濁した。
「まだはっきりとは分からないんだけど……」
一度、唾を飲み込む。
「もしかしたら、誰かに殺されたんじゃないかって噂があって……」
「…………」
俺は嫌な予感がして、エールを飲もうとした手を止めた。
「はあ?」
ロイの情報に3人とも困惑する。
「殺されたって……聖印級の教官がか?一体誰が殺すっていうんだ?」
「嘘でしょ……?」
「そんなバカな……いや、ちょっと待て」
カインが話す。
「もしかしたら、俺が今日聞いた話と関係があるかもしれない」
「何か聞いたの?」
「ああ。なんでもガルム教官が少し前に施設内で凄く怒ってたらしいんだ」
「なんで?」
「なんでも、この前新しく入った教官が修練生を何人も殺したとかで」
「ええ!?」
「やべー教官だな……」
「……」
やっぱり……
死んだあの大男がガルムってことか……
「ガルム教官は修練生を大事にしている人だ。だからそのことが許せなくて、文句を言いに新しい教官に会いに行ったらしい」
「……それで?」
「……」
「ま、まさか入ったばかりの教官に返り討ちにされたとか言わねーよな?」
「カイン、さすがにそれは無理よ。銅芽級の教官がそんなに強いわけないじゃない……」
「そうじゃない。新しく来た教官がこの町のどこに泊まるかを考えてくれ」
「その辺は俺らと同じじゃねーのか?借りた部屋に住んでるんだろ?」
「普通はそうだ。この町で戸建てを買うなんて、相当なお金持ちじゃないと無理だからな」
「じゃあなんなんだよ?」
「あ!もしかして宿ってこと?」
「ああ、そうだ。新しく来た教官が部屋を借りずに観光客のように宿に泊まってるとしたら?」
「そんな人いるのか?どう考えても割高だろ」
「宿?あ……もしかして、オニキス様の宿!?」
「そうだ、過去に英雄育成機関で聖印級のさらに上、天紋級にまで至った怪物」
「……」
俺はエールとナッツの存在も忘れて固まってしまった。
え、もしかして俺の住んでる宿の主人のこと?
あの人そんなに凄いの?
「えー!?ってことはあれか?カインはオニキス様がガルム教官を殺したって考えてんのか?冗談だろ?」
「俺は可能性の話をしている。他にガルム教官を簡単に殺せる人なんて思いつかない」
俺は眉をひそめた。
話が妙だ。
ガルムとかいう大男を殺したのはクロードだ。
本人が直接言っていたから間違いないだろう。
俺は黙ってエールを飲んだ。
よく分からないな……
この若者たちはクロードが強いことを知らないのか?
俺には宿の主人よりクロードの方が実力者だと感じたが……
「あの人、普段から騒ぎを嫌っているだろ?それに、あの宿で問題を起こせば、ただじゃ済まない」
「……なるほど。ガルム教官が何か問題を起こして、オニキス様の怒りを買った可能性があるってことか」
「私、明日ヴェロニカ教官に聞いてみるわ」
「僕もさらに情報を集めるよ」
「そういえばよー、魔塔で有名なシャーロットが教官として来るって先月話題になってただろ?あれはどうなったんだ?」
「それが何か事情があって少し遅れてるみたい。でもそろそろ来るはずだよ。そもそも銅芽級の教官になるのは彼女だったはずだから」
「マジかよ、何が起こってんだ?全く」
「俺たちは自分の修練に集中した方がいいかもな」
「確かに」
「…………」
俺はグラスを見つめた。
そろそろ店を出るか。
色々と分かったこともあるが、それと同時に分からないことも増えた。
俺は残ったエールを一気に飲み干してから、静かに立ち上がった。
「明日もう少し情報を集めるか」
俺は小さくそう呟いて、酒場を出た。
外はもうすっかり暗くなっている。
ここは英雄を育てる町。
世界中から才能ある若者が集まる場所。
だが、そこに本来いるはずのない俺がいる。
そのせいで、何かがおかしくなっている。
そんな気がした。




