3話
翌朝。
「……」
俺は宿屋のベッドの上で、天井を見つめていた。
ほとんど眠れなかった。
昨日のことが頭から離れない。
俺は人を殺している。
腕を斬り飛ばしている。
足を斬り飛ばしている。
ゲームで行った行為は現実となった。
「ジスだから普通の喋り方ができないのか……」
俺は教官をクビになった。
昨日宿に来た大男から、はっきりそう言われた。
だから今日はあの修練場に行かなくていい。
そう考えると、少し気が楽だ。
「もう元の世界には帰れないのか……?」
と小さく呟く。
「とりあえず今日はこの街を見て回るか……」
まずはここがどこなのか調べないといけない。
そう決めた。
その時だった。
コンコン。
「……?」
部屋の扉が叩かれた。
「はい?」
「お客様、よろしいでしょうか?」
宿屋の主人の声だった。
「どうぞ」
扉が開く。
昨日と同じ宿屋の主人が立っていた。
その後ろには、見覚えのない男がいる。
年齢は40代くらいだろうか。
細身だが、立っているだけで隙がない。
男は俺を見ると、深く頭を下げた。
「教官のクロードと申します。昨日は、大変申し訳ありませんでした」
「……え?」
「私の同僚が、あなたに無礼な態度を取ったと聞いております」
「同僚?」
「はい」
クロードが俺の足元に木箱を置く。
「お詫びにこれを」
「……これは?」
「プレゼントです」
「はあ……」
俺は戸惑いながらもしゃがんで木箱の蓋を開けた。
「…………」
息が止まった。
中に入っていたのは、人間の首だった。
「…………」
見覚えがある。
昨日、俺をクビにした大男。
間違いない。
「う、うわあああっ!」
驚いて思わず後ずさる。
「……」
頭が真っ白になる。
「な、何でこの人の首が……」
「昨日、あなたにクビを言い渡したそうですね」
クロードは何事もなかったようにそう答えた後、ゆっくりと首を横に振った。
「彼にそのような権限はありませんよ」
「え……?」
「教官をクビにできるのは、正式な任命権を持つ幹部だけです」
「……」
「ですから、あなたは今も教官です」
「……はい?」
意味が分からない。
「じゃあ、この人は……?」
「私に文句を言いに来たのですよ。ジスという新入り教官をクビにしろと」
「……」
「初日から英雄になるかもしれない大事な教え子を殺したと」
「……」
「ですから、私が殺しました」
あまりにも自然な口調だった。
「え?」
「自分の立場を理解せず、傲慢なことです」
「……」
いやいや、そんなバカな……
意味がわからない……
この人、やばすぎだろ。
「あなたも英雄の卵たちに、この男を殺すよう命令したらしいですね」
ふふっと少し笑顔になるクロード。
「いや、あれは本気で言ったわけじゃなく……」
「分かっています。流石に1年間でジス教官の教え子たちがあの者を殺すのは難しかったでしょう」
まあ、そうだよな。
あの大男けっこう強そうだったし。
「本当はあなたが殺すつもりだったのでしょう?」
「……?」
いやいや、そんなこと俺がするわけない。
「申し訳ありませんが、今回のことはこちらで対処せざるを得ませんでした」
どういうこと?
この人の人格やばくないか?
この人から離れないと危険な気がする。
……教官を辞めるか。
「私が今も教官なのは分かりました。ですが人を殺してしまったことは事実ですし、責任を取って辞めようかと思っていたところです」
「それはいけません!」
「え……?」
「あ、あなたは教官を辞めてはいけません」
ここに来て初めて、なぜかクロードがうろたえ始めた。
なぜ?
「あなたが辞めてしまうと、私が……」
え、何やら不穏な空気になってきたんだけど……
もしかして、俺が教官を続けないと今度はこの人の命が危ないのか?
意味が分からない。
「きゅ、急にどうしたんですか?」
「せっかくこの町に来て教官試験に受かったのです。今辞めるのは勿体ありません。そうでしょう?」
「そ、そうですかね?」
俺にはその時の記憶が全くないんだよな〜
昨日この宿で目覚めてからのことしか分からない。
なぜその前からこっちにジスがいるのか……
「もしかして、どこか他に行きたい街でもあるのですか?」
う〜ん?
そういえば、ゲーム内の街はこの現実世界にもあるのか?
俺の今の状況が2つの内のどちらなのか分からない。
1つはゲームの世界が現実となり、ジスが新マップの町に転移している。
1つはゲームとは異なる世界に来ており、ジスが異世界転移している。
確かめるか。
「オルガ王国を知っていますか?」
エンド・オブ・ワールドの世界で俺がいつもいた国の名前だ。
「オルガ王国……?」
クロードは必死に考えるが、それがどこにある国なのか分からない。
なるほど、ここはゲームの世界ではないな……
あの大きな国を知らないなんてありえないから。
困ったな。
全くの別世界となると、どこにいけばいいか分からない。
常識も違うだろうし。
下手にこの街から動かない方がいいかもしれない。
「いや、何でもないです。私は教官としてこの街に残りますよ」
クロードはその言葉を聞いて、手を胸に当てた。
「それは良かったです」
心底ホッとしたという様子だ。
まあ……別にいいか。
教官の仕事は慣れている。
あとはジスとしての横暴な振る舞いさえ変えられればなんとか……
「ただ、修練場に戻るのは2日後でいいですか?他に用事があって」
「はい、それで構いません」
「ありがとうございます」
「指導方法はジス教官に一任していますので、自由に修練生たちを鍛えてください」
「分かりました」
「それから、次にまた誰かが死んでしまったとしても、昨日のようなことにはならないでしょうから、安心してください」
「……」
そう言って彼は大男のクビが入った木箱のふたを閉めて持ち上げる。
クロードは宿の主人と頷き合う。
「では私たちはこれで」
そして2人とも部屋を出ていった。
今気付いたが、宿の主人もなぜかこの場にずっといた。
しかも目の前で生首を見ても声を上げなかった。
おかしい。
不自然すぎる。
普通は悲鳴を上げるだろう。
分からない。
この世界が。
「……」
静かだった。
俺はその場に立ち尽くす。
宿屋の外から、町の喧騒が聞こえてくる。
人の声。
馬車の音。
店の呼び込み。
ファンタジーでよくある風景。
なのに。
「……おかしいだろ」
俺は人を殺した。
大男は俺を責めた。
クロードは大男を殺した。
俺とクロードはお咎めなし。
何の罪も問われていない。
死んだ大男が一番まともな人間だったんじゃないか……?
そう感じずにはいられない。
「……何なんだよここは」
俺はベッドに腰を下ろし、自分の手を見る。
何度も剣を振ったであろう逞しい手。
ジスの手。
「……帰りたい」
初めて、心の底からそう思った。
ログアウトしたい。
元の世界に帰りたい。
でも、俺はまた修練場へ行かなければならない。
「俺は教官を辞められないのか?」
誰も答えない。
静かな部屋に、自分の声だけが残った。
とりあえず時間は確保した。
2日ある。
その間にこの街のことを調べる。
そしてどう生きるかの対策を練ればいい。




