愛に埋もれる哀樹―⑤―
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11月11日 リリーゲイト 旧市街 警察署前 午前0時32分
――あの時と同じ……。
ジュリアは降り付ける風雨に晒され、身体の冷たさに意識を向ける。
警察署の前に積まれた土嚢袋とバリケードを背に、ジュリアは旧市街と新市街に繋がる坂道を見下ろした。
――アメリカのバイアスロンの時……と。
14歳の時、バイアスロンの集団遠征に行ったことがある。
女子を揶揄う悪童達がいたので、ジュリアはそいつらの挑発に乗る形で夜の森を駆けた。
肝試しのつもりだった。
――"事実は小説よりも奇なり"……って、このことよね……。
子どもたちの思惑を乗り越え、"熊"が乱入した。
揶揄われた女子達はまだしも、元凶とも言えた男子達も――言葉を選ばずに言うなら――ケツをまくって逃げ出した。
誰もが、ジュリアという存在を忘れていた。
クマと対峙した彼女は、不思議と死の恐怖は無かった。
銃という特性を、叩き込んでいた。
火薬の性質も勉強した。
人を殺せる道具。
特に、銃は日常のどの道具――刃物と同じくらい『命を奪える』。
そのことを理解し、熊の急所も鼻の部分であることは把握していた。
何より、泣き叫ぶ子はおろか、頭数揃えて調子のいい時は逃げる無能どももいない。
ジュリアは小銃に弾を込め、襲い掛かる熊を狙う。
装填された".22ロングライフル弾"が、ズレもなく熊の急所を撃ち抜いた。
襲い掛かった熊を殺した弾丸は、害獣駆除や狩猟でよく使われる。
標的に大型肉食獣が想定されていないとはいえ、命を奪えることに変わりはない。
現にある米国合衆国大統領の暗殺に使われ、標的ではないが、彼の周囲から"人死に"が出ている。
そんな不思議だが、命拾いした夜を思い出していたが、思考を中断した。
重々しい塊が、彼女の前に現れたからだ。
「……どうした、不安か?」
紅い外套を纏う金髪碧眼の青年――ロック=ハイロウズが話しかける。
風雨に晒された仄暗い夜に対し、彼の双眸は何処か陽光に溢れた青空を思わせた。
「不安というよりは――」
彼とジュリアの間にあるのは、長い筒――否、大砲と言っても良い代物。
その仰々しさに目が奪われていた
「"対物狙撃銃"……英国軍が持っていたが、使われず仕舞いだ……」
全長1.5メートル弱、口径は12.7ミリ――つまり、".50口径"である
旧教会現図書館で、街を壊滅させた元凶のウィルマとの交渉が決裂。
ジュリアはロックと共に、迫るウィルマの軍勢から逃れる形で旧市街に入った。
"グリーン・マン対策"をしていたが、そのまま放置された警察署があったため、そこを陣地にすることにした。
その後、ロックが抜ける。
ウィルマの寄越した"グリーン・マン"とその燃料タンクとも言える蕾の戦車が警察署に進軍。
それを見ていたジュリアに、ロックが戻ってきた時に持ってきたのが、大型の"対物狙撃銃"だった。
「……でも、ロック。アイツ等と戦うのはわかる。でも、超微細機械を使っているのに……"対物狙撃銃"は――」
「"ソードオフ"よりは良い」
ジュリアの不満に対し、ロックの返答が絶妙な位置で精神を突いてきた。
愛する人の復讐の為に武器を探し、"ソードオフ散弾銃"を死んだ警官から頂いた。
――『死んでも良い』……そう考えていたな……。
ジュリアも構えていた"ソードオフ散弾銃"を下ろし、ロックの持ってきた"対物狙撃銃"に目を向けていた。
「……そう言われると苦しいけど、本当の問題は――」
「ジュリア……超微細機械だろうが大層な力は使っていても、結局は森羅万象の延長線上であることは変わらない。アイツ等は……致命的な墓穴を掘っている」
ロックの勝ち誇ったとも言える笑みに、
「……どういうこと?」
「後にわかるが……今この時間で話していると、俺達の墓穴を作ることになるぞ?」
ジュリアの問いに、ロックが肩を竦めた。
不満そうなジュリアに対し、ロックが右手で何かを押し付けてくる。
口と鼻を覆うことが出来る、ハーフフェイスのガスマスクだった。
ロックの視線に、ジュリアも目を向けると"グリーン・マン"と化した軍人と市民が、警察署との距離を縮めてくる。
ジュリアは咄嗟に伏射を取り、軍用"対物狙撃銃"を構えた。
はぐらかされているように思いつつ、撃てるかどうかを手早く確認。
ロックから手渡されたガスマスクを装着した。
「俺が"グリーン・マン"と戦う……。ジュリア、お前はタンクの方を撃て」
ロックに言われ、ジュリアは狙撃眼鏡に目を通す。
――合図は!?
ジュリアは、ロックに確認を行おうとする。
しかし、側にいた紅い外套の青年の姿は、既に消えていた。
代わりに、爆炎が上がる。
ジュリアは、その方角に目を向ける。
地上では翼を思わせる紅黒の剣に、拳鍔を繋げた武器で"グリーン・マン"を屠っていた。
紅黒の斬閃の作る局地的な嵐が、樹木に縛られた操り人形の兵士を呑み込んでいく。
彼の眼光が、ジュリアの見る狙撃眼鏡を通じて伝わると、
――もう、どうにでもなれ!!
引鉄を引いた瞬間、ジュリアの身体が震えた。
ロックを囲っていた"グリーン・マン"の集団の背後にあった、三メートルの蕾が爆散。
爆轟を起こし、"グリーン・マン"も誘爆。
樹木で括りつけた心臓ごと、四肢が爆散した。
「その調子だ、ジュリア!! まだまだ来るから、ボサッとするなよ!!」
爆破地点からのロックの絶賛を、銃声がかき消す。
"グリーン・マン"の持っていた携帯騎兵銃が、ロックの方へ向いたからだ。
――ロック!?
軍用対物狙撃銃の標準を、凶弾放つ刺客に向ける。
だが、ジュリアの引鉄が引かれることは無かった。
ロックが撃ち抜かれることもなかった。
凶弾は、ロックの寸前で浮いていた。
――そういえば!?
大型商業施設でロックが、ジュリアを襲撃者から護った時のことを思い出す。
その時に浮いた波紋の様な何か。
それが、ロックを銃弾と爆風から遮っていた。
その中でロックは、翼剣の拳鍔と柄を叩く。
柄が割れると、半自動装填式拳銃を取り出した。
ロックは、携帯型騎兵銃を手にした"グリーン・マン"の動力を撃ち抜く。
周囲に展開していた"グリーン・マン"が連鎖的に誘爆。
ジュリアも寸暇を入れずに、軍用対物狙撃銃の引鉄に指を掛けた。
蕾が炎を伴わず、爆破。
周りの軍勢も四肢を散らせていった。
爆破で巻き上がった粉塵が、周囲の視界を遮る。
粉塵が晴れたころ、紅い外套の戦士が浮かび上がった。
爆破から逃れた"グリーン・マン"の軽機関銃と共に。
「ロック!!」
ジュリアは叫ぶと、"グリーン・マン"の引鉄の指が速い。
しかし、凶弾が放たれる気配はない。
それどころか、銃弾がないことに気付いていないのか、ただ引鉄を引き続けていた。
「ジュリア……ありがとよ!!」
ロックは翼剣を逆手に構える。
拳鍔で殴ると同時に、その紅黒の軌跡に斬り伏せた。
ロックを扇形に取り囲む"グリーン・マン"の軍勢。
ロックは見えない波紋で、銃弾を防いだ。
しかし、ウィルマに操られる軍勢の中には、銃弾が尽きたのも分からないのに引鉄を引き続けている者がいる。
今まで目にした風景からジュリアは、違和感の正体にようやく気付いた。
――あいつら、"銃の扱い方"が分からないんだ!!
街中で銃撃を仕掛けても、構えもしない。
銃弾を気にする仕草すらない。
極めつけが軍用の対物狙撃銃という火力としては、ジュリア達を屠れるのに使おうとしない。
――加えて、火力の選定も出来ていない……。
ある意味では銃というのは、拳銃とかが想像しやすかったのだろう。
しかし、ジュリアはそれ以前の問題があることにも気付いた。
――……ここは、丘の上!!
リリーゲイトの旧市街。
それは、教会を建てて作られていた。
しかも、有力者の財を護るための立地に見晴らしも良い。
現にロックがナノマシンとやらを使っていたとしても、ジュリアの地理的利点が揺らぐことは無い。
ロックの突いた弱点は、ウィルマの平和ボケとも言えた。
この戦略はある意味では、正解を導いた。
「来やがったな……ジェイド?」
"グリーン・マン"を屠っていたロックの眼光が、上空を捉える。
銀鏡の"女禽"のジェイドの下半身の両爪が、ロックの像を映した。
拳鍔の付いた翼剣に半自動装填式拳銃を入れ、彼女の爪を受ける。
「お前等、許さない!! 絶対にウィルマは傷つけさせない!!」
「おいおい……お姫様を護る騎士ごっこなら、俺も混ぜてくれよ?」
ジェイドの背後を、苔色の外套が空を覆った。
ブルース=バルトが、翡翠色の眼と同じ色の双子の斬閃を"女禽"に浴びせる。
翼の背後からの攻撃に、ジェイドが石畳の上に叩きつけられた。
「やっぱ……お姫様なら、王子様と呼べるハンサムが必要だよね?」
「王子様は、テメェの"バカ高い自己評価"だけにしやがれ!!」
ロックが紅黒の斬閃の下に"グリーン・マン”を切り伏せていく。
ブルースも翡翠色の双閃を伴い、樹木の兵士たちを両断していった。
二人の周囲で爆発が連鎖し、風が巻き上がる。
「おまえら……この町の連中――クズ共の肩を持って!!」
ジェイドが浮力を得て、低空飛行でロックとブルースに突進。
エチレンの燃料で飛ぶ凶弾と化したジェイドを、三日月の様に反った双子の刀で受け止めるブルース。
ジェイドと銀鏡色に変貌した部分の重さの力をまともに受け、狐の毛並みの様な茶髪の男が慣性の法則に従う。
宙を浮かんだブルースの翡翠色の双眸が、ジュリアを捉える。
その眼が、二人の戦いに圧倒されていたジュリアの闘争心を呼び起こした。
ジュリアは、紅い外套の青年の持ってきた軍用対物狙撃銃の引鉄を引く。
銃声と共に巨大な蕾が爆発。
樹木に縛られた戦士達を、その塵に消えた。
見る見るうちに減っていく"樹木の軍勢"に、ジュリアは息を呑む。
アメリカで熊と遭遇した夜。
ジュリアは、その時一人だった。
大切な女性を奪われた今夜も、一人であろうと覚悟もしていた。
力を手に入れた傲慢なジェイドを手玉に取り、翻弄する苔色の外套のブルース=バルト。
不器用な優しさと内なる強さを秘めた、紅い外套のロック=ハイロウズ。
今宵、青い眼と翡翠の眼をした二人と共にジュリアはいた。
――今夜は、一人じゃない!!
ジュリアは、銃を握る両手に懐かしい温もりを覚える。
彼女の眼下では、見えない波紋に覆われたロックが"ウィッカー・マン"を跳ね除けていった。
ジェイドに優位を与えず、ブルースも斬撃の反転攻勢を繰り出す。
寄生型と言える"ウィッカー・マン"――"グリーン・マン"の構成が、ジュリアの眼から少し変わったように見えた。
――銃を持っている人が……減った?
銃どころか徒手空拳の"グリーン・マン"が増えている。
ジェイドを蹴飛ばしたブルースにロックが、
「……ウィルマ、焦ってるな!!」
「その分、破れかぶれという意味だ……ロック、気を抜くなよ?」
勝ち誇ったロックに、ブルースが警告をしながら翡翠色の刃を振るう。
両腕を切断し、胴体と脚だけの"グリーン・マン"をブルースは蹴飛ばした。
蹴られた腕無し"グリーン・マン"がロックに向かう。
ロックを覆い被さろうとした徒手空拳の"グリーン・マン"が、"腕無し"に突き飛ばされた。
刹那、"徒手空拳"の心臓が爆発。
腕無しも誘爆した。
――何てこと!?
"グリーン・マン"の構成が入れ替わる。
新しく加わった"グリーン・マン"は、住民たちのなれの果てだった。
「……ジュリア、苦しいかもしれないが撃て!!」
「ロック……勝負を決めるぜ?」
ブルースがロックと視線を交わすと、駆け出す。
ジュリアに躊躇いは無かった。
――あの人の……死体を使うのだけは――!!
冷静な怒りと共に蕾を見つけ次第、ジュリアは引鉄に指を掛ける。
エチレンの溜まった燃料タンクの蕾が一つ一つ、爆破されていった。
"グリーン・マン"も、不可視のナノケーブルに繋がっていたため、その運命を共にする。
「畜生……畜生!!」
ブルースに蹴とばされ、爆風に翻弄されながら浮遊するジェイド。
瑞々しい肌が粉塵で黒ずみ、血の赤が点々と彩られている。
「おいおい……王子様が、そんな傷でグロッキーか?」
ブルースが、愛する者の為に戦うジェイドを煽る。
羞恥に染まり、挑発に乗せられたジェイドが口を開いた。
ジュリアの言語化が困難なほど、感情を迸らせたジェイドの絶叫と共に銀鏡の両翼で上空に飛翔。
リリーゲイトの警察署を見渡せるほど最高高度に、女禽は達した。
彼女の東洋系の黒瞳が苔色の敵を見据え、急降下を仕掛ける。
位置熱力も加えた彼女自身を弾頭と化した一擲が、ブルースに迫った。
ブルースに向かうはずの直角三角形の斜辺を描いた全身の一撃が、一瞬ブレた。
翡翠眼の戦士がそれを見逃さない。
落下するジェイドに合わせ、ブルースが翡翠色の三日月型の二刀を見舞った。
翡翠色の斬閃がジェイドの銀鏡と人間の部分も交差し、刻まれる。
ブルースの熱力によって、吹っ飛ばされる華奢な身体をした東洋系の少女。
「……何で? これ、は――!?」
華奢な銅を、交差に刻まれた少女が立ちあがる。
破れた黒Tシャツから見える傷口から不思議な光が出ていた。
ジェイドの足元がふら付き、膝立ちとなる。
彼女の口は、呂律どころかまともに動かせているかすらも怪しい。
「策士策に溺れたな……ジェイド。エチレンがどういうものか、分かっていたら……そんな無茶はしないだろうに」
エチレンには、可燃性と引火性以外にも副作用があった。
眠気や眩暈――あるいは、麻酔を使用した際に似た症状も確認されている。
「しかも、碌に鍛錬もせず……”命導巧”の訓練も受けない上に、空を飛び回っていたら……三半規管も怪しくなる」
ブルースの言葉から、ジュリアは思い出した。
ロック達は、エチレンの含まれた空気を避けていた。
見えない波紋の様な何かで、銃弾も避けていた。
ジェイドは、戦闘中にエチレンの含まれた空気を直に浴びていた。
「……そん……な……?」
不利な状況を矢継ぎ早にブルースに指摘され、論理的な逃げ道を徹底的に塞がれたジェイド。
瑞々しい肌であろう美貌が、ブルースの斬撃により血肉の塊となり果てていた。
「……ウィ……ルマ、逃げ――」
「ロック、終わらせろ!!」
血肉を剥き出しにしても愛する者の為に涙を流すジェイドに、ブルースの冷徹な号令が掛かる。
「言われなくても!!」
ロックを覆っていた"グリーン・マン"の軍勢が少なくなってのか、半自動装填式拳銃を翼剣から取り出す。
紅い外套の青年を、橙色の炎の光が覆った。
同色の光が方陣を描き、ロックの前に現れる。
彼の持つ半自動装填式拳銃が吠え、方陣も赤く橙色に輝いた。
赤と橙の混じった弾丸が、ジェイドに一直線で飛ぶ。
ジェイドの身体が衝撃で一瞬歪んだ。
その瞬間、彼女の口から炎が溢れる。
叫びも炎に変わり、涙と鼻水――いや、身体の至る穴から炎が噴き出した。
まるで、火竜の舌が獲物を味わうかの様な風景。
火竜の晩餐は一瞬で終わり、膝立ちの人型の炭が石畳の上に残っていた。
――これは……一体――!?
ジュリアの敵――ジェイドは、目の前でその命を散らした。
――でも……これは!?
ジェイドという少女だった炭塊を見るブルースの眼。
人好きのするものでない。
同時に人に向けるそれでも無かった。
――ロックは――!?
銃を撃った後のロックに目を向ける。
俯せ気味で、その碧眼からはこの光景についての意思は見えない。
その思案をジュリアは中断した。
風雨に荒れるリリーゲイト。
その音すらかき消す、大きな足音が"新市街"側から響いた。
ジュリアは、風雨に覆われた"巨大な陰影"に目を凝らす。
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