愛に埋もれる哀樹―④―
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ジュリアがロックから下ろされた場所は、石畳の舗装が整っていた。
「……入口だけが、綺麗か……」
紅い外套の青年が吐き捨てる。
彼の横顔から臨む碧眼は夜月に照らされる湖というよりは、澄んだ寒空を通す氷河を思わせた。
その中の眼光は、氷河を貫く日光。
黒檀の教会の扉を見据えたロックが一歩ずつ、歩む。
「ちょっと……警戒は――」
「必要ないだろう……現に、俺たちを殺すつもりなら"グリーン・マン"とその燃料タンクをここに置いておけばいい」
ロックの言葉も一理あった。
そもそも戦力差で言えば、人海戦術と空を支配しているジェイド達が有利である。
加えて、彼の言う様に、追ってきたものとは別の"グリーン・マン"のグループを待ち伏せさせて、木っ端みじんにすればいい。
どこか、リリーゲイトの遠いところで銃声が鳴り響いている。
「ブルースとジェイドってガキ……二人の戦いに、"グリーン・マン"も加勢しているな……」
ロックの状況の推測は、どこまでも冷静だった。
「ねえ……心配じゃないの?」
「俺に色々教え込むほどの奴だ。死んだらそれまでだ」
ジュリアの懸念も、ロックにとっては些末事の様だ。
彼の関心は、既に黒檀の扉の向こうに移っている。
「そして……中心なのに、何もないってのは――」
「……私たちと話がしたい?」
首謀者からの"招待状"ということらしい。
――でも……彼女が、私たちに――?
ジュリアは、元凶である二人組に殺意があった。
その一人であるジェイドの様に、明白な敵意を見せてくれた方がわかりやすい。
「ちょうどいい……テメェのそれ、ぶちかませるじゃねぇか?」
ロックの獰猛な一言に、ジェイドは我に返った。
背中に掛けている"ソードオフ散弾銃"の重みが、ジュリアに圧し掛かる。
紐に掛けていた散弾銃を手に、黒檀の扉を臨む。
「ロック、どうやっ――」
ジュリアが問うた瞬間、紅い突風が吹いた。
黒檀の扉がロックの目の前で破壊。
ロックの右蹴りから放たれた破壊熱力の爆風が、教会を改修して出来た図書館の内部に吹き荒れた。
「……なんだって?」
「……もういい」
脱力したジュリアは、ロックの左隣に付く。
ソードオフ散弾銃を構えるジュリアを、植物に漂う瑞々しい空気が迎えた。
三階までが吹き抜けとなり、各階に扇形の本棚が設置されている。
天まで続く吹き抜けを覆う、巨木が聳え立っていた。
「……よく来てくれましたね、ロック=ハイロウズさん……ジュリアさん」
嵐夜に似合わない朗らかな声が、上から降り注ぐ。
見上げると、赤毛の少女がいた。
樹の幹に縫い付けられた様に見え、上半身を出している。
「……ウィルマ?」
ジュリアの頭の中で、赤毛で内気な雀斑の少女が頭に浮かんだ。
「どうしましたか……?」
ウィルマが樹の幹から剥がれ、成人男性の腕の枝に左右を支えられる。
宙に浮かぶ優雅な佇まいは敵意で威圧するジェイドの背後で怯えていた普段の姿と目の前の彼女が一致せず、ジュリアの頭の中で混乱が生じていた。
「……"スプリング・オブ・ライフ"、御大層な玩具を振り回しやがるな……?」
ロックの言葉に、ジュリアの混乱が収まる。
「……あら、ご存じでしたか?」
ウィルマの興味は、ジュリアでなく"紅い外套の青年"に向いていた。
彼女の視線に鼻を鳴らすロックが、
「……"グリーン・マン"の大本とも言える”命導巧”。大きすぎて、拠点用にしかならないと聞いていたが……?」
「その知識に、強靭な肉体と精神……やはり、"あの人"の言う通りの御仁ですね」
ウィルマの"あの人"と口にした時、彼女の笑顔の中に短剣の鋭さが籠る。
「クソガキ……言うまでもなく、"ソイツの名前"は――」
「……言うと思いますか?」
ロックが肩を竦める。
威圧感の籠った振舞でウィルマが、
「物分かりが良いですわね……」
「そういうテメェは、『素行からクソ』だな……性根の悪さが、笑顔と見てくれの良さで隠し切れず、溢れ出ているぜ?」
ロックの獰猛な視線が、両側を樹木の枝に支えられたウィルマの心底を抉り取らんと睨み付ける。
「……何を分かった様に言っているの……?」
ウィルマの低くなった声に、ジュリアは銃口を向ける。
突然彼女の周囲に、五本の樹が生えた。
何れも幹の太さは、肥満気味の成人男性ほど。
そこから、"五人の男"が生えていた。
まるで、鞭打ち刑を受ける為に張り付けられているかのように、枝に縛り付けられている。
――……これは――!?
ジュリアは五人の姿を見て、全身――否、精神の底から『寒気』を覚えた。
太い幹から上半身を突き出した五人の男達の死体。
彼等は、リリーゲイトでも悪名高い悪童達だった。
しかし、それだけでは、ジュリアの心底から感情が湧き出ることはない。
問題は、三人の下半身だった。
「――ッ!?」
ジュリアから言葉にならない――否、言語化することを拒否するほどの嫌悪感が心底から溢れた。
その元凶である三人の革帯と、ファスナーが下ろされていた。
「……みんな、酷いのよ……」
歌う様なウィルマ。
まるで、中世の詩人を思わせる荘厳さを覚えた。
「私たち……ジェイドと二人でいたいのに、こいつ等……図書館なのに、誰もが見ているのに、男子トイレに連れ込――」
五つの巨木に括りつけた男達の死体を、ウィルマが心底救われない者の様に見ている。
ジュリアは、その先の光景を思い描いてしまった。
彼女たちの時間どころか、周囲の安寧の犠牲として"女性としての尊厳"すら否定された事実を。
「ジュリアさん……銃口が震えていますよ?」
悲劇を謳うように語るウィルマの視線が、ジュリアを捉える。
構えていたソードオフ散弾銃の銃口が、地を向きつつあった。
ジュリアの女性としての良心。
それが、目の前の女性と彼女の大事な人に傾きつつあった。
――そんなの……って!?
ジュリアも女性である。
生まれ持った属性ではあるが、男と女の二元論で三千世界を語る蛮行はしない。
ただ、死ぬまでに付き合う物。
同時に生きる理由とも言えるものを否定された痛みが、ジュリアの中で蝕み始めた。
「……紛れもないクソ野郎どもだな」
女性としての精神の痛みに喘ぐジュリアの側で漏らしたロックの一言。
「その五人もだが、止めようとしなかった図書館の奴等も例外なく……クソやクズと言っても良いな……」
紅い外套の青年が、一歩踏み出す。
五人の悪童だけでなく、悪事を見て見ぬ振りした図書館の来客や従業員の死体が磔となっている樹木を周囲に生やすウィルマ。
そんな正義を訴える彼女にロックが対峙する。
ウィルマが、ロックの言葉に訝しげな顔を浮かべた。
変わらぬ鋭さを放つ碧眼の青年の告げた二の句は、
「……それで、クリスティが死ぬべき理由は?」
その一言に、ジュリアの痛みが増した。
女性としての痛みではない。
ただ、ジュリアの根本とも言える喪失感から来たものだった。
「……助けてくれなかったからよ……? あの女、結局――」
「クリスティだけじゃない……ジュリアと訪問する予定だったネイルサロンの店員、手押し車の老婆に、乳母車に乗っていた子どもと、その母親……テメェが女性の痛みというなら、俺の見てきた奴らがテメェの怒りの犠牲になる理由が何一つ、見えねぇんだけどな?」
ウィルマの絶望に、ロックの眼光は揺るがない。
糾弾され、歪む彼女の眼に映る、紅い外套の青年の碧眼。
どこまでも、剣の様で、青空を思わせた。
ジュリアは、彼の眼の輝きを見て思い出す。
青空の下、クリスティと一緒に歩いた時間。
これからも続くことを疑わなかった、彼女との掛け替えのない時間を。
それを奪われたことを。
女性性を盾に、大事な女性を奪われたことを正当化するウィルマの欺瞞。
その怒りに、ジュリアの女性としての痛みが消える。
否、背負うべき痛みを見極めた。
愛する人を尤もらしい建前で奪われたことを。
「……クリスティにも――女性である母親がいる。そいつ等の苦しみも分からねぇ奴に、怒りを語る資格も、誰の人生も終わらせる権利もねぇよ?」
ロックが言葉に窮し唖然とするウィルマに背を向け、
「出るぞ、ジュリア?」
戸惑う反応を肯定と受け止めたのか、ロックがジュリアを抱えた。
「……ジュリア、ここを一気に抜けるぞ‼」
「それで、どうするの――」
ロックの超高速の移動で、ジュリアの言葉が途切れる。
教会を立て直した図書館から出ると、"グリーン・マン"の大群による弾丸が二人を出迎えた。
銃火から放たれる殺意の銃弾と、風雨を駆け抜ける。
ジュリアを抱えたロックが、風雨の下、獰猛な笑みを浮かべた。
「……反撃だ」
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