愛に埋もれる哀樹―⑥―
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――これは――!?
陰影は人型。
高さは約10メートルで、全身が大樹の幹だった。
「……よくも、ジェイドを……ジェイドを!!」
10メートル程の巨木の巨人の胸から生える、赤毛の少女ウィルマ。
雀斑で、内気な少女の顔が怒りで強張り、涙と鼻水の化粧に覆われていた。
されど揺るがぬ憤怒に研ぎ澄まされた視線が、ジュリア、ロックとブルースを射抜いている。
「……ブルース、"スプリング・オブ・ライフ"って、"拠点型"と聞いたが?」
「ロック、『拠点が動かない』と一言も言った覚えはない……」
ジュリアの目の前で、ロックとブルースが軽口を叩き合うが、
「……怖いか? 怖かったら、アイツと戦うのも――」
「まさか」
ブルースの翡翠の剣と同じく鋭い双眸に、ロックの月夜の湖面の碧眼が煌めいた。
紅い外套を着た青年の姿が、爆音と共に消える。
「ジュリア、背後にいろ」
苔色の外套を纏ったブルースが、間髪入れずにジュリアの前に立つ。
右腕を突き出し、波紋が広がった。
"グリーン・マン"の燃料タンクだった"蕾"が爆発する。
連鎖する様に、"グリーン・マン"も四肢を破裂させていった。
「……何が起こっているの!?」
「"グリーン・マン"が、"クリスマスツリー"の根の様に繋がった蕾のタンクから燃料を受け取っている……なら、その大元は?」
ジュリアの疑問に、ブルースから導かれる様に問い返される。
「ウィルマが動くために……ということ?」
「そう……だが、植物は根から窒素を得るが、その段階で硝酸イオンとアンモニウムイオンを得るが――」
ジュリアの推測を検証していくブルースの言葉。
その意味が、ジュリアの眼の前で明らかとなる。
ウィルマが組み込まれた"大樹の巨人"に近づこうと、跳躍するロック。
しかし、ウィルマの駆る"大樹の巨人"の左腕の一振りに阻まれる。
吹き飛ばされた先で、ロックを囲む様に数体の"グリーン・マン"が炸裂する。
ロックは波紋を使って防ぐが、人間煙幕に拒まれて間合いに踏み込めない。
「その吸収過程で得た窒素から硝酸アンモニウムとエチレンを反応させて――つまり、爆弾を作る!!」
ジュリアの脳内で組み立てた推察を他所に、ロックがリリーゲイトの住民由来の爆風に煽られた。
何度目かの跳躍で、ウィルマに翼剣を突き立てようとした。
寸前で届かず、足元の爆風に揺られ、紅い外套の戦士がウィルマから離れる。
ロックの落ちた先には、"蕾の燃料タンク"が控えていた。
「ロック!!」
ジュリアは、ブルースの左側から駆けようとした。
しかし、ブルースの背が彼女の行く手を阻む。
「確かに、あなた達の能力は……ウィルマ達と同じモノで太刀打ちできるのは分かるわ!! でも、こんな場所で戦うのは――」
ジュリアが叫ぶように、今のロックは地雷原に無策で突っ込むのと同意語だった。
或いは、特攻と言っても良い。
植物の栄養から得る窒素分解は、人間からも得られる。
この場で集まった"グリーン・マン"とその燃料タンクの蕾。
それらは、ウィルマが栄養を得る過程で、何時でも発火できる爆弾と変わらなかった。
「かもな……だが――」
ブルースの声色は、女性の機嫌を取るそれでは無かった。
「これからのアイツは……これ以上の地獄が待っている」
どこか運命を司る神を思わせる、ブルースの一言。
それに屈するしかないというのを、ジュリアの理性が理解していた。
ブルースの背中越しからは、爆風に覆われる路地が映る。
樹木の巨人の頭部とウィルマの双眸が見下ろす足元は、爆風に覆われていた。
――でも、彼は――!!。
ジュリアが、弔いが出来ていないクリスティの亡骸を抱きしめた時。
ロックの言った言葉が、
『俺は……そういった、クリスティの様なヤツに会えたことがない……だから、お前への言葉が見つからない』
ジュリアは気づいた。
彼が、人として、掛け替えのないものを見つける時間を過ごせていないこと。
その機会すらも奪われたことに。
ジュリアにとっての"クリスティ"の様な大事な人。
一人の人間として認めてくれる他者を。
「だからと言って……これで、終わらせていいモノじゃない!! 彼が人間として……これからも、生きていかなきゃいけない!! ロックには、人間として生きていける"大切なヒト"との時間が必要なのよ!!」
ジュリアの一言に彼女の眼を見ようとせず、ロックの戦いを見ていたブルースが振り返る。
翡翠色の双眸が剣の輝きではなく、ただ陽光を得た新緑の葉を思わせた。
「……これは!?」
巨大樹人を駆るウィルマの声が、風雨と瓦礫に覆われたリリーゲイトに響いた。
ブルースの視線が、ウィルマの下に向く。
ジュリアも視線を合わせると、爆風と粉塵に囲まれた場所には炎が渦巻いていた。
「やっと……目覚めたか」
ブルースの安堵とした声が響いた。
ジュリアは、どこか的外れとも言えるブルースの回答を追究しようとする。
しかし、その余地は目の前の炎によって、焼き払われた。
爆破から逃れ、待機していた"グリーン・マン"と燃料タンクの"蕾"に一閃疾走る。
炎が爆炎の渦を作った。
その中心にいたロックが、逆手で紅黒の翼剣を右手にしている。
夜の満月を映す湖面の様な碧眼が炎に煌いているのを、巨大樹人の胸のウィルマの双眸が捉えていた。
彼女の雀斑に覆われた顔に、怒りと優越感に恐怖が加わる。
「そんな……何で、あんな状況で生きて――」
狼狽するウィルマの足元に、炎の一閃が刻まれた。
足下に集まる"グリーン・マン"と蕾が爆発するとともに、巨樹の両脚が消える。
巨躯がその場に崩れ落ちると、その衝撃でロックの纏う紅い外套が巻き上がった。
碧眼が映す炎と共に、両脚を無くした"大樹の巨人"が上半身で這う。
ロックに近づき、右腕で叩き潰さんとした。
巨木の振り上げた右腕と共に、ロックの碧眼が映す炎も巻き上がる。
ジュリアの目の前で、ロックの右に持つ逆手の翼剣が上がった。
彼を纏う炎は、まるで"炎の巨人"が燃え盛る自慢の炎髪を見せびらかすかの様に見える。
優雅だが獰猛な炎が、地を這う大樹の巨人を呑み込んだ。
「熱いよ……熱いヨォォォォ――!!」
巨人の胸元で両腕を上げ、炎を振り払おうとするウィルマ。
赤毛よりも赤い炎に悶える彼女に、ロックは間合いを詰める。
燃え盛る翼剣を突き、ウィルマと共に巨人の胸を斬り上げた。
「ジュリア、伏せろ!!」
ブルースの叫びと共に、甘ったるい香りが辺りに広がった。
――これは、エチレン!?
"グリーン・マン"を動かし、ウィルマの思い人のジェイドを空の覇者に仕立てた物質が、ロックの攻撃で引火したのだ。
立ち尽くすジュリアを、ブルースが覆った。
ガスマスクでも防ぎ切れないほどの爆炎に運ばれたエチレン。
爆風の衝撃にも華奢な身体を大きく揺らされ、彼女の意識が朦朧としていく。
風雨に覆われた漆黒の夜を切り裂く程の閃光が、ジュリアの脳裏に刻まれた。
午前1時14分
「……ジュリア、大丈夫か?」
その声に、ジュリアは目覚めた。
ブルースの翡翠色の双眸が、ブルネットの髪と黄色のパーカーに覆われた自分の姿を映す。
その顔が少し綺麗に見えて、驚いた。
「……悪いな」
ブルースが右手の布を見せて言った。
綺麗なタオルだが、水を多く含んでいる。
寝ている間に自分の顔からガスマスクを剥がした後に、顔を綺麗にしてくれたようだ。
「別に……良いけど――」
ジュリアは、その名前を出すよりも早く、彼の姿を探した。
「……ロックは、外にいるよ」
ブルースに言われ、周囲を見渡す。
寝台のある部屋と、張り紙に書かれた"リリーゲイト警察署 備品"と言う文字に警察署の中だった。
ウィルマとの戦いの後、運び込まれたのだろう。
手早く礼を言うと、ジュリアは駆け出す。
周りに眼も向けず、警察署の外を目指した。
外を見ると、雨雲はすっかり消え星空が見えていた。
空気が澄んで綺麗に見え、魅了されかけるが、夜空の下にいるロックを探す。
紅い外套の青年は、すぐに見つけられた。
ジュリアは声を掛けようとするが、彼の後ろ姿に躊躇する。
ただ、言葉を受け付けない。
沈黙がロックの背中越しに、ジュリアに伝わるが、それはすぐに崩れる。
ロックの呆然としていた場所の目の前は、炎に燃えた樹の屑に覆われていた。
その小さな山が崩れる。
「……ウィルマ!?」
ジュリアは声を上げた。
崩れた山から見えたのは、人と言えるもの。
そう呼ぶのは、ジュリアの認識がそれを憚ったからだ。
ウィルマと判断できたのは、顔の右半分と右上半身。
そこから見えた、赤毛と雀斑から判断したのだ。
「――ッ……痛い、苦し――」
虫の息といえるウィルマ。
言葉が途切れ途切れで、注意深く耳を傾けないと、聞き取れなかった。
そんな彼女が、残った右眼でロックを焼き付ける。
息も切れ切れに、
「……あな……言っ……たわ」
ウィルマが咳き込み、
「人……を……終わらせる……そん……な、権利は……ない」
ウィルマの言葉は、ロックが対峙した時に彼女を断罪した一言だった。
彼女の眼が更に鋭くなり、
「なら、あなたは……どうなの、ロック=ハイロウズ?」
ジュリアの目の前で、ロックが息を呑んだ。
それを見たウィルマが、
「……あな…た、いや……あなた達、は何者なの!?」
叫びきったウィルマの眼の色が消え、身体が崩れた。
「……俺は!! いや、俺は――」
ウィルマの問いに、ロックは答えかねていた。
ジュリアは、事切れる直前のウィルマの右眼に映ったロックの顔を垣間見る。
それは、ジェイドの死の直前に映したものと同じと気づいた。
ただ、涙を一瞬浮かべたロックの悲痛な顔。
ロックの悲しみに覆われた紅い外套を、夜空の満月が嗤っているようだった。
リリーゲイト郊外 避難所付近 午前1時36分
ジュリア=テイトは、ブルース=バルトの運転する車の助手席に揺られていた。
眼が冴えて寝られない。
長い夜を終えた興奮もあったが、後ろの席で横になる青年が理由だった。
紅い外套を畳み、それ枕にしているロック=ハイロウズ。
紅いシャツに黒いネクタイで寝返りを打つ。
その顔は、街を恐怖に陥れた首魁から戦った者とは程遠い、年相応のそれを思わせた。
――……疲れていたのね……。
「もう少しで着くからな……」
運転席のブルースの言葉に、ジュリアは意識を現実に戻した。
車自体は、警察署で呆然とするロックを見つけた後で、ブルースが見つけたものだ。
ただ、ブルースに呼びかけられ、
「……大丈夫だ」
ジュリアにそう言って、二の句を継がず後部座席で眠りに付いた。
彼女も遅れて乗車し、リリーゲイトを発った。
それ以来、沈黙が車内を包み込んでいる。
ウィルマとジェイドの怒りと恨みは、当然のものだった。
しかし、彼女たちの怨恨は傲慢さに変わり、それによってクリスティが命を落とした。
クリスティだけではない、不条理な理由で命を落とした者もいる。
――クリスティ……。
しかし、その立場は逆転した。
ジュリアとロックは、ジェイドを殺した。
その恨みを晴らしに来た、ウィルマも業火に消えた。
あの時の眼差しが、自分と重なった。
それよりも、
――ロック……私の為に戦って――!!
この戦いでは、自分でなくロックが彼女たちの命を終わらせた。
死に際のウィルマの糾弾。
本来は、自分に向けられるべきものだった。
――違う……ロックを人間じゃなく、そうさせたのは――!!
「……ありがとうな、ジュリア」
ブルースからの思っても無かった言葉に、ジュリアは声を上げた。
「ロックを……人間として、見てくれて」
その言葉の意味を掴みかねるジュリア。
彼女は問い返そうとするが、
「もう着いたぞ」
ブルースから言われ、ジュリア達の乗る車を集団が囲った。
ブルースが促し、ジュリアは扉を開ける。
報道陣がまず押し寄せてきて、それらを遠ざける様に警官が間に入った。
人波に流され、ブルースとロックの乗る車から、遠ざかっていく。
「……ジュリア?」
人波に運ばれた先に、流れ着いた彼女を呼ぶ声。
「……お父さん……お母さん?」
彼女が呼ぶと肩幅の広い父親に抱き着かれる。
それを見守る、母の優しい視線。
久方ぶりに、感じる親しい人達の温かい体温。
愛する人の喪失、痛みに泣いた人たち。
言葉にし切れない気持ちの数々が、ジュリアの涙から流れていった。
※※※
「……ロック、狸寝入りは止めたらどうだ?」
車の後部座席から話しかける苔色の外套の男の、見透かした様な言動。
ロックは居心地の悪さに鈍った身体を、起こす。
後部座席から出ると、車――というよりは、乗っていたジュリアと父母――を囲んでいた報道陣と警察や軍関係者を交えた問答が離れて展開。
喧騒の反対側で、風が吹く。
二人の前に、ヘリコプターが降り立った。
白と赤、青の線が描いた球体に刻まれた"ブライトン・ロック社"の文字が刻まれていた。
「……どう話せってんだ」
鉛の様に重い体で、一歩歩み出す。
「……まぁ、初めて命を奪った……言葉が重くなるのもわかる」
ブルースの何処か述懐するような口癖。
自分と同時にブルースも含めたように思える言動に不快感を覚え、ヘリコプターへの歩みを早めた。
紅い外套を羽織った後、微かに鼻腔を突いた燃料の匂い。
リリーゲイトを恐怖に陥れた二人の少女が、炎に包まれる様子が過った。
「……"疑似物理現象"。ただでさえ、お前の”命熱波”は”命導巧”を使う時に命を削るから、それを習得して負担を減らさないといけない」
ブルースがロックの不快感の正体を察知した様に語る。
その鋭さに、若干嫌悪感を抱きながら、
「……どこに違いがある。早く命が尽きるか、そうでないか……くらいだろ?」
紅黒の力を振るう度に、"あの男"への怒りと憎しみが刻まれていった。
先ほどの炎の銃撃と斬撃でも、それは変わらない。
ロックは鼻を鳴らしながら、タラップに右足を載せた。
「命の問題じゃない……『"人間"として戦えるか』、だ。ロック、そこを間違えるな」
振り返ると、ブルースの眼が翡翠色というよりは、新緑の色に見えた。
ロックは鼻を鳴らし、無言でヘリコプターの後部座席に座る。
ブルースも遅れて乗り、ヘリコプターは夜空に飛び立つ。
夜の闇と星空が、ずっと広がっていくようにロックは思った。
The End of "Too Much Love Will Kill You"
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