愛に埋もれる大樹―②―
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リリーゲイト 午後11時52分
「しかし……本当に酷いな」
ジュリアの後ろでロック=ハイロウズという男が、無機質な声で呟いた。
石畳の舗装が崩れていない道を選びながら、ジュリアはスクーターを駆る。
「……本当に、いきなりだった」
風と雨に晒されながら、ジュリアは声を絞り出した。
ジュリアの運転するスクーターが、瓦礫と化したリリーゲイト市内を走る。
スクーター自体は、市街の外れに、鍵付きで放置されていたのをジュリア達が見つけたものだ。
解錠にはロックとブルースの力を借り、起動は自力で行った。
二人が目を丸くしていたのを見て、
「緊急手段ってヤツよ?」
ジュリアは弁明し、運転を買って出た。
ロックが背後に乗ると、ブルースがいつの間にか消えていたが、
「アイツなりの考えがある」
ぶっきらぼうな回答を得たきり、瓦礫に覆われた市街をジュリア達は走っていた。
「パパとママは……仕事で街の外に出ていて、今日リリーゲイトに戻る予定だったけど……」
ジュリアは学校があったので、市内に残っていた。
――私は……彼女と一緒に住んでいたけど……。
ジュリアは述懐するたびに、胸に疼痛を覚える。
ロック達からも聞いたが、その後リリーゲイト周辺が閉鎖。
英国政府、スコットランドの首都エディンバラ議会も事態を重く見て、軍隊を派遣したという。
「いきなり、木の根が地面から溢れ出して……人を襲いだして、市の中心部から生き残りがいなくなっていって、救助に来た軍隊も――」
街中をスクーターで駆け抜けていると、軍隊の車両が樹木によって絡めとられていた。
対人用だけでなく、対物用の狙撃銃も、射手と共に枝根に縫い付けられている。
「リリーゲイト……小さな町だったのに、どうしてこんなことに……」
ジュリアは痛みを堪えながら、背後のロックをサイドミラーで確認。
紅い外套を大きな黒革帯で留め、ジュリアの背後で立っている。
両手を彼女の肩に、ジュリアの運転の邪魔にならない様に、紅と黒の革靴に包まれた両足をフットスペースに載せていた。
風雨を浴びる青年の月夜の湖を映す碧眼が、雲の蠢く夜に覆われた町を映す。
石畳の舗装に罅が至る所に刻まれていた。
その隙間から滲み出る、這い出る樹木の枝根。
枝根の抱擁を受けた市民が、路上に立ち尽くす。
老若男女とも、土気色となり、眼から生気が消え失せていた。
「ここは新市街として作られたのだけど……」
ジュリアは話し続ける。
変わり果てた町並みと樹木に包まれた遺体を眼にするたびに、ジュリアの内の復讐の炎が鎌首を擡げていた。
その意識を逸らすための思考の整理として、ロックに会話している。
市内を見回していたロックが首を傾げ、
「新市街……?」
「うん、元々教会を中心とした町だけど、その後、近隣で合併した場所を新市街として再開発したの」
ジュリアの頭の中で、復讐の炎に触れない様に記憶をたどる。
リリーゲイト。
スコットランドの首都であるエディンバラと、IT産業で有名なダンディーの中間に位置する都市である。
先進国で共通する問題――高齢化や過疎化への対策として、自治体同士の合併が行われた。
「それなら"旧市街"――教会は丘の上か?」
「そうよ」
ロックの問いに、ジュリアは簡潔に答えた。
「だから、リリーゲイトの市役所と警察もそこにある。合併した後のリリーゲイトの"新市街"はあくまで、新しい住民のための商店街として整備されたの」
欧州の歴史の約束事よろしく、リリーゲイトも圧倒的農民社会だった。
財物は要塞化された拠点に運ばれ、教会に支配権を認められた諸侯が守る村という起源を持つリリーゲイト。
富を集中させ、略奪者や敵対者から守れる仕組みだった。
欧州大陸の地名で、接尾語にburghの付く都市は"城壁に囲まれた"――或いは、"砦"という意味のアングロ・サクソン語圏由来の地名である。
近隣で言えば、エディンバラ(Edinburgh)の様に、城壁を簡単に作るわけにはいかない。
同時に作れる条件も乏しい。
そんな時は、地の利が役に立つ。
高台と川の水源に近い場所は敵から身を守り、生活用水というインフラも把握出来たので、外部にも優位に立てた。
それが、富の集中と、近隣との勢力均衡に寄与する。
「そして、合併した自治体の教会を新市街の図書館として、整備したのだけど――」
ジュリアの声が途切れ、スクーターも止まる。
サイドミラーに映ったロックから言葉を促すことはない。
彼の視線も、ジュリアと同じ方向に向いていた。
彼女の先にあったのは、煌びやかな装飾の看板の目立つ店。
大地から生えた人ほどの大きさの根と蔦に絡まれ、店全体が傾いている。
"ネイルサロン:ナデシコ"
欧米人の思い描く日本的な"芸者"のイラストの看板が、樹木の侵攻を受けても、色褪せた様子は無かった。
「……ジュリア?」
ロックの訝し気な問いに答えることなく、ジュリアは歩き出す。
彼女の進む道に、地中から生えた枝根に絡められた手押し車の老婆が直立となっていた。
更に進むと、乳母車の中にいる乳飲み子を守らんとする女性が眼に入る。
乳母車から子どもを取り出さんと駆け出し、根に絡めとられていた。
彼女が今際の際に守ろうとした乳母車は、鍛えられた成人男性の腕と同じくらいの根に覆われ潰されている。
進む度に、樹木の根が人から建物にまで及んでいた、
舗装を砕き、這い出た樹木で出来た道の先に、一人の女性がいた。
否、ジュリアに人生にとって、もう巡り合うことのない、たった一人の女性。
「クリスティ……」
ネイルサロンの入り口で、ジュリアのそう呼ぶ女性があった。
蜂蜜色の金髪と紅葉色のプリーツスカート。
ただ、右手を突き出した姿で、樹木に雁字搦めにされている。
その視線は、あの時と変わらず一点を見つめていた。
「……そいつ……は?」
「……クリスティ、私の……大事な人」
ロックの問いに応えられる言葉が見つからず、ジュリアは頭に浮かぶまま吐き出す。
「……カナダだけじゃなく、英国でも"ウィッカー・マン"が出始めて……住民たちが、避難して――」
"ウィッカー・マン"が出現した地元の軍隊でも対応に追われた。
加えて、避難した住民たちも溢れる。
「だから……私たち、住んでいた土地を離れることに――」
「"エクソダス作戦"……か?」
ロックが口を開いた。
事態を重く見た英国政府を始めとした英連邦加盟国は、"エクソダス作戦"を発動。
英連邦加盟の軍隊が共同で救助を行い、"ウィッカー・マン"被害のあった自治体の住民を国内外に疎開させた。
メンタルケアと生活再建を目的に、一部の住民たちは母国を離れることとなった。
「私も……英国内のある街で"ウィッカー・マン"が現れて、リリーゲイトに父さんと母さんと一緒に来たの……」
クリスティの両眼を見ながら、ジュリアは語り続ける。
「そして……彼女も、カナダから"エクソダス作戦"で"リリーゲイト"に来たの」
蜂蜜色の金髪の少女の顔は、木の幹の抱擁に埋もれている。
「シングルマザーの家庭で、それでも……お母さんと一緒に教会でボランティアをしていて……」
ジュリアの述懐に背後のロックは、一言も返さない。
ただ、彼女と変わり果てたクリスティに注がれているであろう視線は感じた。
「母娘そろって気さくで……私にも声を掛けてくれた。私……いっぱいいっぱいだったから、初めは鬱陶しいと思っていた……」
クリスティの身体に一歩歩み寄る、ジュリア。
樹木が絡み合って冷たくなった彼女に残る人間の部分を手探りで探しながら、
「初めは憐みだと思った。進路目当てのボランティアも含めて……でも、違った」
樹木に覆われていない、左手の甲をジュリアの右手が探し当てた。
風雨に晒された素肌は冷たい。
それでも、彼女に残された生きた残滓を求める。
「こっちの気も知らず、普通に話しかけて来た……何度も何度も。話したら、ひたすら耳を傾けて……兎に角、繋がろうとした。ただ、私が話しても、黙って聞いてくれて……」
繰り返すうちに、いつしかジュリアは気づいた。
いても良いのだと。
この場で生きていても良いのだと。
彼女のいる、この世界で。
「『みんなの居場所になりたい』って……クリスティの気持ちに嘘はなかったわ」
ジュリアはその理由について尋ねた時の、クリスティの言葉を思い出した。
『救われたいなら、応えないといけない』
「……クリスティは、私の気持ちに応えた。完全に、彼女の居場所にもなりたいって考えたわ」
ジュリアの左手が、樹木に触れていないクリスティの右頬に触れる。
冷たくなった大事な人の身体を抱き、
「今日はネイルサロンに行こうって……私が誘って――」
クリスティとの友情の記念を作りたい。
ジュリアは、そう提案した。
しかし、クリスティにアクセサリーでも良かったが、彼女の懐事情は芳しくない。
何より、少し値の張る贈り物をしようと、無理をしてバイトをしていたのがバレ、彼女から"お叱り"を喰らったことがあった。
――心配してくれた顔が可愛かったけど……。
何度も見るのは、若干ジュリアの良心が痛む。
考えた結果、ネイルサロンがジュリアの懐事情とクリスティの良心を載せた天秤が釣り合った。
「でも、クリスティ……ネイルのデザインが分からないし……私も分からないから、彼女から『お互いのデザインした絵を爪にしよう』って――」
子ども染みた発想だとは思う。
それでもジュリアとしては心が躍った。
かけがえのない人と共有できる事実が、何物にも代えがたかった。
「それなのに……クリスティは、私を逃がすために――!!」
デザインは二人でネイルサロンに行き、店員に相談した。
デザインについては、当日に施すまで内緒ということにした。
それを待っていた時に、樹木が蹂躙してきた。
ネイルサロンの従業員を呑み込んだ瞬間、ジュリアはクリスティの左手を引いた。
「店から外に出た後、私の足元にも根が出てきて――」
クリスティの手を引いて、店から出て数歩だった。
彼女の眼が、ジュリアと這い寄る根を捉えた瞬間。
「……彼女は何も言わなかった――」
ただ、右手から彼女の温もりが消えた瞬間、言われた気がした。
『生きて……ジュリア』
「こんなの……ないよ。クリスティだって生きたかったのに……なんで、なんで私なの!!」
余りにも、唐突な終わり。
それが、ジュリアの中で"復讐心"に変わる。
彼女の温もりを覚えた手は、冷たい殺意を抱いた。
「……すまない」
「……何が、『すまない』なの? 私に聞いたこと?」
ロックの唐突な謝罪に、ジュリアの癪がどこか障った。
「……わからない」
ジュリアは、ロックが苦しそうに出した言葉に思わず振り返った。
ジュリアの顔は涙で腫れていたが、どこか呆れていた顔をしていたのが紅い外套の青年の碧眼に映る。
「……なんというのか、俺は……そういった、クリスティの様なヤツに会ったことがない……だから、お前への言葉が見つからない」
ロックの顔は悲痛だが、眉間に皺を寄せている。
その様子に、ジュリアはふと頬が緩むのを覚えた。
「気持ちが分からなくて、言葉が見つからなかったから……『すまない』……だったの!?」
ロックの返答にジュリアは再度呆れて、溜息を吐いた。
それは、自分の空回りだったこと。
同時に、目の前の青年なりの正直な気持ち。
二つが張り詰めた心を解し始めた時、
「伏せろ!!」
紅い外套の青年が、ジュリアを覆う。
言われる儘に伏せた後、石畳に何かが落ちた。
ジュリアの眼前に落ちたのは、苔色の外套を纏った男だった。
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