第8話 空の倉庫と重い税
「なぜ宮廷料理長の名が、ルーデンの税帳簿に?」
リディアの問いに、セドリックは険しい顔をした。
「王宮へ納める保存食の検品責任者だからだ。税として集めた穀物の一部は、王都で加工される」
「グラナート商会が?」
「ああ。安値で買い取り、高値で王宮へ納める」
ガストンが直接利益を得ている証拠はない。
だが、リディアを陥れた男の名前が、ルーデンの飢えにつながる帳簿へ記されている。偶然とは思えなかった。
「王都へ訴えられないのですか」
「何度もした。返事は、税を納めてから事情を聞く、だ」
納めれば飢え、納めなければ反逆とされる。
リディアは怒りを飲み込んだ。今ここでガストンを憎んでも、倉庫の麦は増えない。
「収穫量だけでなく、食べられる量を増やします」
「同じことでは?」
「違います。麦を挽く時に出るふすま、野菜の皮、豆の煮汁、家畜用に回している規格外品。今は食料として数えていないものがあります」
「家畜の餌まで奪う気か」
「奪いません。人が食べられる部分と、家畜に必要な部分を分けます」
翌日、村の粉挽き小屋を調べた。
小麦や麦を挽いた後、大量のふすまが袋へ詰められている。ほとんどは鶏の餌だが、量が多すぎて一部は雨ざらしになっていた。
ふすまは粗く、そのままでは口当たりが悪い。だが、豆粉と麦の煮汁を混ぜて寝かせれば、まとまりやすくなる。
「また平焼きか」
ユアンが言った。
「今日は薄く焼きます。汁へ浸して食べるために」
ふすま、豆粉、塩、刻んだ香草。生地を薄く広げ、鉄板へ押しつける。表面に小さな気泡が浮かび、香ばしい匂いが立った。
汁には蕪の皮と外葉を使った。皮を先に乾煎りすると、土臭さが消え、甘みが強くなる。
「皮を焼くのかい」
マルタが感心したように覗き込む。
「焦がしすぎないように。香りが出たらすぐ水を入れます」
完成した薄焼きを汁へ浸すと、硬かった生地が旨味を吸って柔らかくなる。
ノアは端からくるくる巻いて食べた。
「これ、持って歩ける!」
「乾いたままならね」
「畑にも持っていける?」
「持っていけるわ」
携帯できる主食。
朝食を共同厨房へ食べに来られない遠い畑の者にも配れる。
リディアはすぐに形と厚さを変えて試した。薄すぎれば割れ、厚すぎれば火が通らない。五枚目で、折っても崩れない厚さが見つかった。
「名前は?」
ノアが訊く。
「まだありません」
「じゃあ、ルーデン焼き!」
「そのままだねえ」
マルタが笑った。
だが、覚えやすい名前は悪くない。
その日の夕方、セドリックは村人を広場へ集めた。
「共同厨房を恒常運用する」
ざわめきが起きる。
「食料を配るだけではない。保存、倉庫、畑、働く者の食事を一つの仕組みとして管理する。責任者はリディアだ」
「王都の罪人を?」
誰かが叫んだ。
リディアの背筋が強張る。
セドリックは声のした方を見た。
「罪状は疑いだけで、証拠はない。少なくとも彼女は、この三日で五十人へ温かい食事を出し、腐るはずだった豆を半分救い、午前の作業量を上げた」
「それで冬を越せるのか」
「分からない」
領主の率直な答えに、広場が静まった。
「だが、今までと同じことを続ければ越せない。それだけは分かっている」
セドリックはリディアへ向き直った。
「引き受けるか」
三百十二人の食事。
失敗すれば、誰かが飢える。
宮廷では、失敗は皿が下げられるだけだった。ここでは違う。
怖かった。
それでも、ノアがこちらを見ていた。マルタも、ユアンも、バルトも。
「引き受けます」
リディアは深く頭を下げた。
「ただし、料理だけでなく、畑と倉庫にも口を出します」
「好きにしろ」
「領主様の食事も同じものにします」
「構わない」
「それから、使った食材はすべて記録します」
「まだあるのか」
「今のところは」
広場のどこかで、小さな笑いが起きた。
その夜、山へ出ていた猟師たちが戻った。
一人が担架に乗せられている。脚に深い傷を負い、顔色は土のように悪かった。
村人は祝いだと言って、残り少ない脂身を焼こうとした。
リディアは肉を手に取った瞬間、強い濁りを感じた。
「その肉を、今この人に食べさせてはいけません」
祝いのために残していた最後の肉を前に、村人たちの目が一斉にリディアへ向いた。
次に失敗すれば、もう誰も彼女の鍋を信じない。




