第6話 朝食のない村
翌朝、リディアは日の出前から村を歩いた。
ユアンとノアも一緒だ。
「本当に全部の家を回るのか」
ユアンは眠そうに欠伸をした。
「全員は無理です。まず二十軒。畑仕事、猟師、子どものいる家、高齢者の家を分けて見ます」
「王都の料理人は面倒くさいんだな」
「料理は、食べる人を知らないと作れません」
一軒目の農家では、大人二人が塩湯だけを飲んで畑へ向かうところだった。麦は夜に一度だけ食べるという。
二軒目では、子ども三人が黒パン一枚を分けていた。母親は何も口にしていない。
三軒目の老夫婦は、豆を煮る薪が惜しいと言い、乾いた豆粉を水で流し込んでいた。
二十軒を回った頃には、料理帳が数字で埋まっていた。
「朝を食べている家が、四軒だけ」
リディアは共同厨房の卓上へ木札を並べた。
「畑仕事をする大人の半分以上が、前夜から何も食べずに昼まで働いています」
「食うものがないからだ」
ユアンが言う。
「まったくないわけではありません。夜にまとめて食べています」
「同じことだろ」
「違います」
リディアは昨日の麦袋を指した。
「身体は倉庫ではありません。一度に詰め込んでも、朝まで同じように使えるわけではない。空腹のまま働けば、早く疲れ、怪我が増え、作業が遅れます」
「じゃあ朝も食ったら、夜の分が減る」
「一日の総量は増やしません。分けます」
麦と豆を前夜から水へ浸し、朝は短時間で煮えるようにする。潰した豆へパン屑を混ぜ、小さな団子にして汁へ落とす。葉と蕪の皮も刻んで加えた。
「また汁か」
「少ない薪と水で、多くの人へ温かいものを配るには一番向いています」
豆団子が湯の中でふっくら膨らむ。
ノアは鍋の前で目を輝かせた。
「丸い! 肉みたい!」
「肉ではないわ」
「でも丸い!」
形が変わるだけで、食べる楽しさは増える。
朝食を受け取る条件は一つ。午前の作業量と体調を、昼に報告すること。
「やっぱり実験台じゃないか」
ユアンは不満そうだったが、誰より大きな椀を受け取った。
「量は全員同じです」
「俺は人より働く」
「なら、平焼きを一枚足します。仕事量に合わせるのは公平です」
「……理屈ばかりだな」
そう言いつつ、ユアンは豆団子を一口で頬張った。
午前の畑仕事が終わる頃、変化は明らかだった。
普段なら二度休憩する区画を、一度の休憩で耕し終えた。ふらついて座り込む者もいない。
「たまたまだ」
ユアンは言った。
「では、明日も確かめましょう」
「明日も食えるのか」
「手伝うなら」
ユアンは返事の代わりに、鍬を担いだ。
共同厨房へ戻ると、セドリックが帳簿を持って待っていた。
「三日間の試用は今日までだ」
リディアの胸が強く打った。
自信がないわけではない。だが、結果を決めるのは自分ではない。
「朝食を受けた五十人のうち、四十三人が午前の作業量を増やした。体調不良はゼロ。使用した麦は、従来の一食分より少ない」
セドリックが読み上げる。
「共同厨房を正式に再開する。リディア・フェルンを、食事管理人として雇う」
「雇う?」
「追放者にも賃金は必要だ」
「ですが、領地に余裕は」
「現金は少ない。住居と食事、それから収穫後に利益が出た分を支払う」
リディアはすぐに答えられなかった。
宮廷を追われた時、料理人としての人生は終わったと思っていた。
それが今、最も貧しい土地で、もう一度料理人として名を呼ばれている。
「お受けします」
声が震えないよう、ゆっくり頭を下げた。
ノアが飛び跳ねた。
「じゃあ明日もいる?」
「いるわ」
「明後日も?」
「たぶん」
「冬も?」
その問いに、リディアはセドリックを見た。
彼は静かに頷いた。
「冬を越せればな」
喜びは、一瞬で現実へ戻された。
その日の夕方、食料倉庫を確認していたマルタの怒鳴り声が響いた。
「誰か来ておくれ! 豆が、豆が腐ってる!」
一袋しかない冬豆の底に、白い黴が広がっていた。
その豆は、明日から子どもたちへ出す朝食の、唯一のたんぱく源だった。




