第4話 捨てられた畑
第4話 捨てられた畑
「毒葉に触るな!」
マルタの怒声に、畑のそばにいた村人たちまで振り返った。
「毒ではありません」
リディアがそう言うと、マルタは露骨に顔をしかめた。
「王都じゃどうか知らないが、ここじゃ昔から食わない。牛にやっても腹を下す」
畑の端に積まれていたのは、蕪の葉、豆の若い蔓、外葉の硬い野菜、そして香りの強い野草だった。
確かに、そのまま大量に食べれば腹を壊すものも混じっている。古くなった葉には傷みもある。だが、すべてが毒というわけではない。
「牛が腹を壊したのは、これを土ごと大量に食べたからでは?」
「知らないよ。二十年も前の話だ」
「では、確かめます」
リディアは若い蕪葉だけを選び、茎を折った。瑞々しい音がする。《食養眼》に強い濁りはない。
「おい」
セドリックが低く呼び止めた。
「自分で食べます。何かあれば、責任は私が取ります」
「追放された初日に死なれては、こちらの寝覚めが悪い」
「では、止めますか?」
セドリックはしばらく葉を見つめた。
「……必要な道具を言え」
共同厨房は長く使われていなかった。
石床には灰が積もり、竈の中には湿った薪が残っている。鍋は底が黒く焦げつき、木匙の先は割れていた。
リディアはまず、料理ではなく掃除から始めた。
「ノア、水を運べる?」
戸口から覗いていた少年が目を丸くする。
「俺が?」
「仕事をした人から味見できるわ」
「やる」
返事だけは早かった。
マルタは呆れたように鼻を鳴らしながらも、灰を掻き出す熊手を持ってきた。セドリックは無言で薪を割り始めた。
領主自ら斧を振るう姿に驚いたが、誰もそれを特別とは思っていないらしい。
鍋を磨き、湯を沸かす。蕪葉は傷んだ部分を除き、流水で何度も洗った。茎と葉を分け、硬い茎は細く刻む。
「そのまま煮るんじゃないのかい」
マルタが覗き込む。
「一度、短く湯に通します。強い苦味と土臭さを落とすためです」
「そんなことしたら味がなくなる」
「なくしたい味もあります」
湯通しした葉を冷水へ取り、しっかり絞る。鍋には豆の煮汁を入れた。朝、村人が豆を茹でた後に捨てるつもりだったものだ。
「そんな濁った水を?」
「豆の甘みが残っています。捨てる必要はありません」
薄く削った干し肉の端、刻んだ蕪の茎、潰した香草を加える。弱火で煮ると、最初は青臭かった湯気が、次第に柔らかな香りへ変わっていった。
最後に塩をひとつまみ。
リディアは小皿へ取り、まず自分で飲んだ。
豆の丸い甘さ。肉の塩気。蕪葉にはわずかな苦味が残っているが、それがかえって後味を引き締めている。
「一刻待ちます」
「冷めるよ」
「毒見です」
マルタは腕を組んだ。
一刻後、リディアは平然と立っていた。
「次は私だ」
セドリックが椀を取る。
「領主様!」
「彼女一人に責任を負わせるわけにはいかない」
彼は一口飲み、黙った。
その沈黙に、ノアが耐えられず身を乗り出す。
「まずいのか?」
「いや」
セドリックはもう一口飲んだ。
「葉だとは思えない」
「葉だよ」
マルタが疑わしげに椀を受け取る。
口へ運んだ瞬間、深い皺の間に驚きが走った。
「……昔、母ちゃんが作ってた味に似てる」
「食べたことがあるんですか?」
「もっと小さい頃だ。冬の終わりに、青いものが何もない時に」
マルタは遠い記憶を探すように鍋を見た。
「いつから毒だなんて言い始めたんだろうね」
ノアにも半椀だけ渡す。
少年は恐る恐る口をつけ、次の瞬間には夢中で飲み始めた。
「葉っぱなのに、肉の味がする!」
「肉の味を、葉が受け取ったの」
「じゃあ肉、少なくていい?」
その問いに、厨房が静かになった。
肉を減らすことは、貧しくなることだと誰もが思っていた。
「少ない肉でも、全員に味を分けられるわ」
リディアは鍋を見た。
「でも、汁だけでは足りません。明日は麦と豆も使います」
セドリックが訊く。
「何人分を作れる?」
「今ある捨て葉と煮汁を使えば、まず五十人分。やり方を覚える人が増えれば、もっと」
「村全員ではない」
「最初から三百人を救うと約束する料理人は、信用しないでください」
リディアは正直に言った。
「まず五十人。明日も同じ味で作れるか確かめます。その次に百人です」
セドリックはほんの少し、口元をゆるめた。
「三日間、共同厨房を任せる」
「三日?」
「三日で、偶然ではないと示せ」
短い猶予だった。
だが、十分でもある。
その夜、リディアが厨房の隅で寝床を整えていると、ノアが空の椀を抱えて現れた。
「明日も、これある?」
「同じものは作らないかもしれないわ」
「なんで」
「同じ材料が毎日あるとは限らないから」
ノアの顔が曇る。
リディアは料理帳を開いた。
「だから、明日はもっと腹にたまるものを作る」
ページの端へ、三つの言葉を書き込む。
汁。主食。小さなおかず。
この村ではまだ誰も知らない、毎日の食卓の形だった。
だが料理帳を閉じたとき、戸口に立つセドリックが告げた。
「明日までに、三百人分を作れると証明してもらう」




