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家庭料理しか作れないと追放された宮廷料理人ですが、 一汁三菜で辺境を建て直したら、 王都より豊かな領地になっていました  作者: 花結 紬


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第25話 この手紙は、あなたへ

夜が更けても、共同厨房の灯りだけは消えなかった。


 セドリックは腕を組み、レオンは静かに椅子へ腰掛ける。


 ノアは眠そうに何度も欠伸をしていたが、それでも帰ろうとはしない。


 全員の視線は、リディアの手元に集まっていた。


 古びた封筒。


 表には、たった一行。


『リディアへ――あなたが、この本を最後まで読んだなら。』


 リディアは深く息を吸う。


 封は蝋で閉じられていたが、年月を経て脆くなっている。


 指先でそっと割ると、小さな音を立てて開いた。


 中には、一枚だけ便箋が入っていた。


 丁寧な筆跡。


 女性の字だった。


 リディアはゆっくりと読み始める。


親愛なる料理人へ。


 最初の一文に、リディアの指が止まる。


「……料理人?」


 自分の名前ではない。


 けれど、続きを読まずにはいられなかった。


この本を最後まで読んだということは、ルーデンはまだ滅びていませんね。


 セドリックが息を呑む。


 リディアは続きを追う。


もし、この本が誰にも読まれず終わったなら、私は失敗したのでしょう。


ですが、あなたが読んでいるなら、私はもう一度だけ未来を信じます。


 ノアが小さく呟いた。


「未来……。」


 便箋を持つ手が、少しだけ震える。


 次の一文を見た瞬間だった。


あなたは、宮廷から追放された人ですね。


 部屋の空気が凍りついた。


「どうして……。」


 リディアは思わず声を漏らす。


 この手紙が書かれたのは、少なくとも十年前。


 その時、自分はまだ宮廷へも入っていない。


 追放される未来を知っているはずがない。


 レオンが静かに身を乗り出す。


「続きを。」


 リディアは頷き、読み進める。


安心してください。


私は未来を見る魔法使いではありません。


 少しだけ肩の力が抜ける。


 だが、次の一文で再び息が止まった。


ただ、宮廷は昔から、家庭料理を嫌う場所なのです。


 リディアの胸に、追放の日の光景が蘇る。


『家庭料理しか作れない料理人など不要だ』


 ガストンの冷たい声。


 笑う貴族たち。


 割れた皿。


 床へ散らばる料理。


 あの日の悔しさが、鮮明によみがえる。


だから、いつか同じ理由で追放される料理人が現れると思っていました。


「そんな……。」


 リディアは言葉を失う。


 自分だけじゃなかった。


 これは、自分一人の物語ではない。


 便箋はさらに続く。


お願いがあります。


どうか、ルーデンの料理を守ってください。


料理を守ることは、人を守ることです。


人を守ることは、この国を守ることです。


 そこまで読んだところで、不意に紙の端が切れていることに気付いた。


「あれ……?」


 最後の一枚ではない。


 途中で終わっている。


 便箋の下半分が、きれいに切り取られていた。


「続きがない……。」


 ノアが立ち上がる。


「なくなってる!」


 リディアは封筒の中をもう一度確認する。


 空だった。


 レオンが便箋を受け取り、切り口を見つめる。


「自然に破れたものではありません。」


「誰かが。」


「意図的に切っています。」


 セドリックが眉をひそめる。


「一番大事な部分だけ持ち去られたのか。」


 その時だった。


 ノアが封筒の内側を指差す。


「先生!」


「ここ!」


 封筒の裏側。


 小さな文字が、かすかに残っている。


 光へ透かさなければ見えないほど薄い。


 リディアは窓際へ歩き、月明かりにかざした。


 浮かび上がったのは、一つの印。


 料理の献立でも、紋章でもない。


 一本の木だった。


 根を大きく広げた、大樹の印。


 その下には、小さく文字が添えられている。


『銀樹会』


「銀樹会……?」


 セドリックが聞き返す。


 レオンは珍しく表情を変えた。


「まさか……。」


「知っているんですか?」


 レオンはゆっくり頷いた。


「名前だけです。」


「王都でも、存在を知る者はほとんどいません。」


「料理人たちの間では。」


 少し間を置く。


「伝説になっている組織です。」


「伝説?」


「ええ。」


 レオンは封筒から目を離さず言った。


「家庭料理を守るために作られた、秘密の料理人組織だと。」


 部屋中が静まり返る。


 家庭料理を守る組織。


 そんなものが、本当に存在するのか。


 その時――。


 厨房の外で、木の床がきしむ音がした。


 誰かがいる。


 セドリックが勢いよく扉を開ける。


「誰だ!」


 外には誰もいない。


 ただ、夜風だけが吹き抜けていく。


 足元には、一枚の白い花びらが落ちていた。


 リディアはそっと拾い上げる。


「……桜?」


 レオンは静かに首を振った。


「違います。」


「これは。」


 花びらを見つめる。


「銀樹会の印です。」


 誰かが。


 今も、この台所帳を見守っている。

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