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家庭料理しか作れないと追放された宮廷料理人ですが、 一汁三菜で辺境を建て直したら、 王都より豊かな領地になっていました  作者: 花結 紬


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第23話 料理は、嘘をつかない。

朝霧がまだ森を覆う頃。


 共同厨房では、野菜を刻む音だけが静かに響いていた。


 リディアは台所帳を閉じる。


 昨夜見つけた言葉。


『誰も信じるな。料理長でさえ。』


 その一文が頭から離れない。


 けれど、考えても答えは出ない。


「先生。」


 ノアが木箱を抱えて入ってくる。


「今日の野菜!」


 中には蕪、人参、玉ねぎ、青菜。


 どれも形は不揃いだが、みずみずしい。


「ありがとう。」


 リディアは一本の人参を手に取る。


「今日は、この子が主役ね。」


 しばらくして、セドリックとレオンも厨房へやって来た。


 テーブルの上には、昨夜の羊皮紙と台所帳が並べられている。


「何か分かったか?」


 セドリックが尋ねる。


 リディアは首を横に振った。


「まだ何も。」


「でも、一つだけ確かめたいことがあります。」


 そう言うと、包丁を手に取った。


「……料理?」


 レオンが少し驚いたように笑う。


「ええ。」


「料理人ですから。」


 リディアは人参を縦半分に切る。


 さらに斜めへ包丁を入れる。


 一定の角度。


 同じ厚み。


 音まで心地よい。


 ノアが目を丸くする。


「先生って、人参切るだけでも綺麗。」


「癖なの。」


「癖?」


「うん。」


「料理人にはね。」


 包丁を止めずに答える。


「みんな、それぞれ切り方が違うの。」


 レオンが腕を組んだ。


「面白い話ですね。」


「商人にも癖があります。」


「帳簿の付け方。」


「字。」


「値切る順番。」


「全部違う。」


「同じです。」


 リディアは頷いた。


「だから。」


 鍋へ野菜を入れながら言う。


「料理を見ると、誰が作ったか分かることがあります。」


 その言葉に、セドリックがふと顔を上げた。


「……待て。」


 リディアも手を止める。


「どうしました?」


「王都から届く祝いの料理。」


「祝い膳?」


「母上が生きていた頃。」


「年に一度だけ届いていた。」


「それが?」


「母上は毎年。」


 遠い記憶を辿るように目を閉じる。


「『今年もあの人の料理だ』と言っていた。」


 リディアは息を呑んだ。


「つまり。」


「料理だけで。」


「誰が作ったか分かった?」


「そうだ。」


 レオンが静かに口を開く。


「それなら。」


「台所帳を書いた人物も。」


「料理を見れば分かるかもしれません。」


 厨房が静まり返る。


 リディアの脳裏に、一つの料理が浮かぶ。


 台所帳の最初の献立。


 豆の汁。


 麦飯。


 蕪の葉の漬物。


「作ってみましょう。」


 昼過ぎ。


 共同厨房には懐かしい香りが漂っていた。


 先代領主夫人の献立。


 台所帳そのままの一汁三菜。


 リディアは余計な工夫を一切入れず、書かれた通りに作る。


 味見をする。


「……優しい。」


 宮廷料理のような派手さはない。


 でも、身体へ染み込む味だった。


「どうぞ。」


 セドリックへ椀を渡す。


 彼は一口飲み――動きを止めた。


「……母上だ。」


 その声は震えていた。


「この味だ。」


 もう一口。


 もう一口。


 静かに目を閉じる。


「忘れていた。」


「でも。」


「身体が覚えている。」


 リディアはその表情を見て確信する。


 料理は、言葉よりも深く人の記憶へ残る。


 その時。


 厨房の入口で、小さな音がした。


 マルタだった。


 椀を見つめたまま立ち尽くしている。


「その味……。」


 ゆっくり近付いてくる。


「昔。」


「お祭りの日だけ食べられた。」


「領主様の奥様が。」


「みんなへ振る舞ってくれた汁だ。」


 広場が静まり返る。


 村人たちも、一人、また一人と椀を手に取る。


 そして。


「懐かしい。」


「そうだ、この味だ。」


「母ちゃんが真似して作ってた。」


 誰かの一言が、次の記憶を呼ぶ。


 料理は、ただの料理ではなかった。


 ルーデンという村、そのものの記憶だった。


 その夜。


 王都。


 宮廷厨房。


 ガストンは一枚の報告書を読んでいた。


『ルーデンにて、先代領主夫人の献立が再現された』


 その一文を見た瞬間。


 彼の手が止まる。


「……馬鹿な。」


 思わず立ち上がる。


「台所帳は。」


「燃えたはずだ。」


 厨房中が静まり返る。


 副料理長が恐る恐る尋ねた。


「料理長……?」


 ガストンは何も答えない。


 ただ。


 暖炉の火を見つめながら、小さく呟いた。


「……残っていたのか。」


 その声には。


 怒りではなく。


 どこか、安堵にも似た響きが混じっていた。

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