↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家庭料理しか作れないと追放された宮廷料理人ですが、 一汁三菜で辺境を建て直したら、 王都より豊かな領地になっていました  作者: 花結 紬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/28

第22話 犯人は、証拠を残さない。

森を吹き抜ける風が止んだ。


 誰も言葉を発しない。


 リディアの手には、一枚の羊皮紙。


 そこに押された印章を、全員が見つめていた。


 宮廷料理長――ガストン・ヴァルツ。


 追放の日、冷たい目でリディアを見下ろしていた男。


「やっぱり、あいつが……!」


 バルドが拳を握り締める。


 ノアも悔しそうに唇を噛んだ。


「先生を追い出した人だよね!」


「そうだ。」


 バルドは今にも森を飛び出しそうな勢いだった。


「王都へ行こう!」


「問い詰めてやる!」


 しかし。


「待ってください。」


 リディアは静かだった。


 羊皮紙を裏返し、表へ戻し、もう一度印章を見る。


 その顔に怒りはない。


 あるのは、違和感だけだった。


「先生?」


 ノアが首を傾げる。


「どうしたの?」


 リディアは紙をレオンへ差し出した。


「見てもらえますか。」


 レオンは無言で受け取る。


 紙を光へかざし、指先で質感を確かめる。


 封蝋を爪で軽く叩き、しばらく考え込んだ。


「……おかしいですね。」


「何がだ。」


 セドリックが聞く。


「この紙。」


 レオンは紙を持ち上げた。


「王都の役所で使う羊皮紙です。」


「それが?」


「宮廷では使いません。」


 一瞬、空気が止まる。


「え?」


 ノアが聞き返す。


「同じじゃないの?」


 レオンは首を横へ振った。


「違います。」


「役所は山羊皮。」


「宮廷は子牛皮。」


「触れば分かります。」


 リディアも紙を撫でる。


 確かに。


 宮廷で毎日のように献立を書いていた羊皮紙とは、少し手触りが違う。


「印章は本物です。」


 レオンは続けた。


「ですが。」


「紙は違う。」


「つまり?」


 セドリックの問いに、レオンは短く答えた。


「誰かが、本物の印章を使って作った偽物です。」


 沈黙。


 誰も予想していなかった答えだった。


 バルドが頭を掻く。


「じゃあガストンじゃない?」


「そうとも言えません。」


 レオンは苦笑した。


「ガストン本人かもしれない。」


「誰かが盗んだのかもしれない。」


「偽造かもしれない。」


「今、この紙だけでは何も断定できません。」


 リディアはゆっくり頷いた。


 追放された日を思い出す。


 ガストンは嫌っていた。


 それは事実だ。


 でも。


 あの男は誇り高かった。


 こんな脅し文を書くのだろうか。


 違和感は、そこにもあった。


 その頃――王都。


 宮廷厨房では、普段なら昼食の支度で活気づく時間だった。


 しかし今日は、重苦しい空気が流れている。


「塩が強すぎる!」


「肉が固い!」


「ソースを作り直せ!」


 怒号が飛び交う。


 新しい副料理長は、額に汗を浮かべながら鍋をかき混ぜていた。


「違う……。」


「違うんだ……。」


 味は悪くない。


 だが、何かが足りない。


 その時、給仕長が駆け込んできた。


「大変です!」


「第三王子殿下が昼食をほとんど残されました!」


 厨房が静まり返る。


 料理長ガストンは皿を見つめた。


 残されていたのは、メインの鹿肉ではない。


 付け合わせの野菜だった。


 ほんの少しだけ口をつけて、そのまま残されている。


 ガストンは何も言わず、一切れ食べた。


 眉がわずかに動く。


「……。」


 新しい副料理長が恐る恐る尋ねる。


「どこが悪いのでしょうか。」


 ガストンは静かに答えた。


「悪くはない。」


「え?」


「だから駄目なんだ。」


 厨房中が首を傾げる。


「この料理には。」


 皿を見つめたまま続ける。


「食べる理由がない。」


 誰も意味を理解できなかった。


 ただ一人。


 窓の外を見つめるガストンだけが、小さく呟く。


「……お前なら。」


「この野菜を主役にしただろうな。」


 その言葉を聞いた料理人たちは顔を見合わせる。


 誰のことを言っているのか。


 聞ける者はいなかった。


 一方、ルーデン。


 リディアは台所帳を開き、果樹園の地図を見比べていた。


 ページの隅に、小さな余白がある。


 今までただの汚れだと思っていた黒い点。


 指でなぞる。


 かすかに盛り上がっている。


「インクじゃない……。」


 爪先でそっと削ると、小さな紙片が剥がれ落ちた。


 その下には、細い文字が隠されていた。


『誰も信じるな。料理長でさえ。』


 リディアの背筋に冷たいものが走る。


 料理長。


 それは、ガストンなのか。


 それとも――。


 もっと前の料理長なのか。


 台所帳は、まだ何かを隠している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。