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家庭料理しか作れないと追放された宮廷料理人ですが、 一汁三菜で辺境を建て直したら、 王都より豊かな領地になっていました  作者: 花結 紬


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第15話 値段を決めるのは、料理ではない

王都から来た商人は、一人だった。


 豪華な馬車も、従者もいない。


 茶色の外套に旅の埃をまとい、年齢は三十代半ばほど。


 腰には帳簿。


 右手には古びた革鞄。


 商人というより、旅人に近い印象だった。


「失礼。」


 男は帽子を取り、軽く頭を下げる。


「王都商会所属、レオン・アルバートと申します。」


 その所作だけで分かった。


 育ちがいい。


 礼儀を知っている。


 そして。


 相当な観察眼を持っている。


 彼は広場を見るなり、最初に食卓へ視線を向けた。


 次に鍋。


 最後にリディア。


「あなたが料理人ですね。」


「……ええ。」


「なるほど。」


 何が「なるほど」なのか。


 リディアには分からない。


「今日は何をご用件で?」


 セドリックが尋ねる。


 レオンは笑う。


「仕事です。」


「商売では?」


「商売は仕事です。」


 曖昧な返事だった。


「少しだけ料理を見せていただけますか。」


 リディアは迷った。


 徴税官。


 三日。


 果実酢。


 頭の中はそのことでいっぱいだ。


 だが。


 目の前の男は


 料理を買いに来たのではない。


 料理人を見に来た。


 そんな気がした。


「今あるのは昼食だけです。」


「十分です。」


 木椀へ


 麦飯。


 根菜の汁。


 漬けたばかりの葉。


 干し肉少々。


 昨日とほぼ同じ。


 豪華さはない。


 王都なら


 見向きもされない献立だ。


 レオンは


 まず汁を飲んだ。


 何も言わない。


 次に麦飯。


 最後に漬物。


 ようやく口を開く。


「美味しいですね。」


 リディアは少しだけ肩の力を抜いた。


 しかし。


 続く言葉は予想外だった。


「でも。」


 木椀を置く。


「これは売れません。」


 広場が静まり返る。


 ノアが立ち上がる。


「なんで!」


「美味しいじゃん!」


 レオンは頷く。


「ええ。」


「美味しいです。」


「だから売れません。」


 誰も意味が分からない。


「料理には二種類あります。」


 レオンは静かに話し始めた。


「食べる料理。」


「見せる料理。」


「これは前者です。」


 リディアは黙って聞いていた。


「王都で売れるのは後者です。」


「つまり?」


 セドリックが聞く。


「王都の貴族は空腹ではありません。」


 レオンは笑った。


「だから、お腹を満たす料理は買いません。」


「……。」


「彼らが買うのは。」


 少し間を置く。


「自慢できるものです。」


 その瞬間だった。


 リディアの中で


 一つの記憶が繋がる。


 宮廷。


 豪華な料理。


 金箔。


 珍しい香辛料。


 誰も


 味の話をしていなかった。


「そうか……。」


 小さく呟く。


「料理じゃない。」


 レオンが笑う。


「はい。」


「価値を売るんです。」


 その言葉で


 リディアは厨房へ走った。


 マルタも


 ノアも


 驚いて追い掛ける。


「先生?」


「果実酢!」


 リディアは小瓶を見る。


 まだ完成していない。


 でも。


 香りだけは


 昨日より濃い。


 木栓を抜く。


 ふわり。


 森の香り。


 爽やかな酸味。


 王都では嗅いだことがない香りだった。


「レオンさん。」


「はい。」


「これなら?」


 彼は瓶を受け取る。


 香りを嗅ぐ。


 目が変わった。


 初めて。


 商人の目になった。


「……これは。」


 今まで一番長い沈黙だった。


 レオンは


 もう一度香りを確かめる。


 そして


 ゆっくりと笑った。


「先生。」


 初めてそう呼んだ。


「これは料理ではありません。」


 リディアは首を傾げる。


「宝石です。」


 広場の空気が変わる。


 レオンは静かに言った。


「王都なら。」


 一本。


 銀貨五十枚。


 誰も。


 息をするのを忘れた。


 銀貨五十枚。


 徴税まであと二日。


 銀貨八百三十七枚。


 計算は。


 まだ足りない。


 でも。


 初めて。


 希望という数字が見えた。


 その時だった。


 レオンは瓶を返さず、


 ゆっくりと革鞄へしまった。


「……一本、お預かりします。」


 リディアは眉をひそめる。


「代金は?」


 レオンは笑う。


「まだ払いません。」


「え?」


「売れたら払います。」


 その笑顔は穏やかだった。


 だが。


 商人らしい鋭さも隠していない。


「先生。」


 レオンは振り返る。


「商売とは。」


 一拍置く。


「信用を売る仕事です。」


 そう言い残して歩き出す。


 リディアは小瓶が入った鞄を見つめた。


 もし。


 あの男が帰って来なければ。


 果実酢も。


 希望も。


 全部失う。


 それでも。


 リディアは追い掛けなかった。


 代わりに、小さく呟く。


「信じます。」


 その言葉を聞いていたセドリックが、


 静かに空を見上げる。


「俺はまだ、人をそんなに信じられない。」


 リディアは笑った。


「だから、一緒に確かめましょう。」


 その頃――。


 ルーデンから遠く離れた街道を、


 レオンは一人で馬を走らせていた。


 革鞄の中の小瓶を撫でながら、


 誰にも聞こえない声で呟く。


「……やっと見つけた。」


 その表情は、


 商売人というより、


 何かを探し続けていた旅人のようだった。

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